ディメンション・アクシデント

JUN

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大脱走

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 戦火は確実に世界に広がり、世界大戦という規模になった。
 そして次元兵器が使用され、その報復にまた次元兵器が使用される。
 そのせいでアレン市はより危険になり、とうとうアクシルは臨時に首都を移転させ、市民もアレン市から退避させる事を検討し始めた。
 それでも、特殊次元対策課は、次元震が観測されると出動する。
 万が一友好的な異世界生物ならというわけだ。
 人が増えれば楽になるだろう。それでも篁文は、来て欲しくなかった。紗希も同じ事を言う。
「夢の広がる技術だと思ったのにねえ」
 空は、あの日と同じ、青く晴れ渡っていた。
「使い方次第でどうにでもなる。まさにその通りだな」
 篁文と紗希は、昼食後、窓際で空を見ていた。
 昼食とはいっても、もう2時だ。
「次元移送の兵器転用を禁止する条約はもう締結される見通しらしいから、この忙しさももう少しかな」
「だったらいいな。
 篁文。暇になったら、映画見に行こうよ」
「ホラーか?」
「篁文の見たいのでいいから。その代わり、その後で甘いもののバイキングと服を買うのに付き合ってよ」
「甘い物バイキング……胸焼けしそうだな。まあ、いいぞ。フードファイターの修行に付き合おう」
「違う!」
「冗談だ、冗談」
 笑い声を上げるのを部屋に入りかけたヨウゼは聞き、微笑んでそのまま廊下を戻って行った。

 次元震の現場に行くと、もう、檻の中で虎のような生き物がウロウロとし、庭先でつながれていて逃げ遅れたらしいペットの犬を貪り食っていた。
「もう出てるな。銃で外から狙う。
 紗希は裂け目から追加で出て来ないかの監視を」
 紗希は吐いたり棒立ちになったりしなくなったが、それでも下手だ。そして隙がある。
 それは、目をそらすからだ。殺す事に、慣れないでいる。
 篁文は、それでいいと思っている。慣れて欲しくないと願う。
「わかった」
 紗希はホッとしながらも、申し訳ないと思う。役に立てているとは、到底思えない。
 それでも、せめて一緒にいたい、隣に立ちたいと思っていた。
 唸り、吠え、細胞を膨張させて破裂すると、それを見ていたもう1頭が、警戒するように唸り、向こう側の次元に帰って行った。
「帰ったわねえ、虎」
「それがいい、お互いに」
 意外と楽に、その次元は閉じて行った。

 その日、篁文がトイレに立つと、ヨウゼが遅れてついて来た。
「課長」
「しぃーっ。流石にトイレと風呂場は監視されてないからね」
 ヨウゼはいたずらっぽく笑った。

 その夜、紗希はおでんの鍋を追いかける夢を見ていた。次元の裂け目から、おでん、カレー、おはぎ、あんみつが現れ、目の前をくるくると回りながら逃げるのだ。
 それを篁文は
「胸焼けがする」
とおはぎとあんみつを爆散させてしまい、おでんは守ろうと、紗希は必死で追いかけていたのだった。
「待てぇ、おでん。こんにゃくぅ、牛筋ぃ」
 枕を抱きしめて寝言を言った紗希は、フッと目を醒ました。
「ん、夢かあ」
「おでんがどうした」
「ぎゃっ、篁文!」
 暗い部屋の中に篁文がいて、紗希は驚いた。
 まさか夜這い――と思いかけ、瞬時に否定する。そうならこんなに苦労していない。
「静かに。
 課長に密かに呼ばれてる。着替えろ」
「え、ここで?今?」
「涎の付いたパジャマのままでいいなら構わないが」
「構うわ!」
 言うや、手渡されたジャージに急いで着替えだす。
「見ない――たまには見なさいよ」
「何か言ったか?」
「もういい」
 暗いままそっと廊下に出て、自販機のある方へ何気なく歩いて行き、不意に壁に貼りついたりしゃがんだり、急に止まったかと思うと、その後いきなりダッシュしたり。
「何、何なの?」
「監視カメラを避けている。これで大丈夫のはずだが」
 2人は研究室に来ていた。
「スパイ大作戦?」
「どっちかというと、大脱走かしら」
 コソッと、篁文とは違う声がした。
「ルルカ!」
「しいーっ!」
 紗希と篁文とヨウゼとルルカは、暗闇の中、輪になってしいーっとした。
「篁文、紗希。こんな事に巻き込んで本当に申し訳ない」
「君達次元事故の被害者に、ましてや未成年の君達に危険を押し付けて。この上更に戦争が本格化したら何を言って来るかわかったものじゃない。今のうちに、逃げなさい」
 ヨウゼとルルカが押し殺した声で言う。
「え、でも」
「紗希。事故の記録を見て、ルルカは一応のやり方を見付けたんだ。これまでの次元の接触の仕方、どうやって事故を故意に起こさせるか」
 篁文が言うと、紗希は目を丸くした。
「え……いつから?」
「セレエのあとでよ」
「もしかして、パセの時に篁文が謝ってたの」
「後1回しかチャンスがないかもって言われて、紗希を帰したかったが、それよりもパセを優先してしまった」
「そこでパセを後にしてたら、私怒ってたわよ、篁文」
「ああ。そうだとは思ってた」
 ヨウゼとルルカは少し笑った。
「それで、ルルカは無事釈放なの?」
「いいえ、脱獄よ。ヨウゼ課長の手引きでね」
「え」
「いやあ、ドキドキしました」
 ヨウゼとルルカはニカッと笑った。
「さあ、急いで。見つからない内に」
 床の真ん中にある5メートル四方の実験用プラットホームの上に、篁文と紗希が乗る。
「でも、大丈夫なんですか」
「心配ない。敵性生物だって、檻で囲めば何とかなるだろう」
「課長とルルカは」
「どうにでもなるさ」
 ヨウゼが笑い、ルルカが機械をいじっていると、外から扉が叩かれた。
「ここにいるのはわかってる!出て来い!」
 いつか特殊次元対策課に来た、軍人の声だった。
「た、篁文!」
「心配するな」
 紗希は篁文のジャージの裾をギュッと握った。
 軍人は、ドアを電気カッターで切り始めた。
「あと10秒」
 ルルカが言う。
 ドアに付けられた線が、ゆっくりと伸びて行く。それを、皆が見つめていた。
「紗希。ごめんな」
 紗希がギュッと篁文の腕を抱きかかえる。
「そう来ると思ってたわ!」
 その腕がフニャリとした。
「そうだとわかってた」
 篁文はジャージを脱いで、跳び退っていた。おまけに、とどめとばかりに紗希の足を引っかけて転ばせる。
「ひゃっ!」
「本当にすまん」
「篁文!!あんたねえ!!」
 手を伸ばした先で、景色が歪み、そして紗希はプラットホームから消えた。





 
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