女心より魚心~釣り修行は人生修行に通ず

JUN

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銀色の幽霊

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 終業式前の教室は、そこここで生徒同士が集まって、騒がしい。バカ話をするものや、ヒソヒソと恋バナをするもの、色々だ。
「何か、里中って変わったよな」
 突然、友人が言い出した。
「そうかな」
「春までは、周りに合わせて一生懸命って言うか、自分の意見を言うより人の意見に合わせるタイプだっただろ」
 ああ。そうだった。
「なのに、何か、余裕みたいなものがあるんだよなあ」
「ああ、わかる。意見は言うけど、うるさく主張はしないしな」
「一人だけ、大人って言うか」
「それはあれだ。修行のせいだな」
 僕が言うと、彼らは目を丸くした。
「釣りって、人生に似てるんだよなあ」
「はあ。そうなのか・・・?」
 首を傾ける彼らに、僕はフッと小さく笑った。

 それを、女子のグループが見ていた。
「ねえ。里中って、変わったよね」
「うん。他の男子みたいにガキっぽくないのよねえ」
「彼女?」
「どうだろ。春までは美奈と付き合ってたけど」
「美奈が振ったってきいたわ」
「いや、それ反対じゃない?」
「成績も、何か上がってるらしいよ」
「いいかも」
 ヒソヒソと、姦しく。

 放課後、委員会の用事で遅くなった僕は、帰宅しようと校舎を出た。
 と、鈴木さんが声をかけて来た。鈴木美奈、元カノだ。
「里中君、ちょっといい?」
「え?いいけど・・・」
 何だろう。今夜の釣りの為に、早く帰りたいんだけどな。
「里中君、いつかはごめんね」
「は?何の事?」
 キョトンとした。
「何か、不安だったっていうか?それで、別れようだなんて言って」
「ああ。いや、別に」
 何かと思った。
「やっぱり、里中君がいいかなって思って。もう一度、付き合いましょ」
 ええーっ。何言ってるんだ?女の子って、本当にわからない。
「悪いけど、そんな気はないから。ごめんね」
「え。でも、試しにとか、ほら」
「いやあ、本当に、悪いけど」
 僕はこれ以上言われるのも面倒だし、さっさと離れる事にした。鈴木さんは呆然としてたけど。
 お試し?冗談じゃない。北倉さんも言ってた。食べない魚はリリースしろってね。
 そんな事より、釣りだ。明日からの夏休みは、宿題、バイト、釣りだ。竿にリール、小物、レインウエア、防寒着。欲しい者はたくさんあるので、バイトできる時にしておかないとな。エサ代や渡船代だってかかるしな。
 その前に、今日の釣りだ。僕はウキウキとしながら、家に帰った。

 時間ピッタリに迎えに来てくれた北倉さんの車に道具を積み込み、母が礼を言いながら「出張土産」といって明太子を渡し、北倉さんの家に向かう。
「いつもすいません」
「気にするなよ。暇だから。自転車にこれだけ積んで走るのは危ないからなあ。昔やってみて、下りる時に上手く下りれずに転んで、ざっくりと唇噛み切って、肘は擦りむいて、向う脛は打撲で腫れあがったよ。いやあ、痛いのなんの。はっはっはっ」
「痛そう~」
 僕は想像して震えあがった。
「でも、車の免許欲しいなあ。18になったら、やっぱり取りたい」
「釣りには便利だよなあ、やっぱり。
 今2年だから17か」
「誕生日が3月なんで、16です」
「まだまだだな。ま、俺と行く時は心配すんな」
「はい。お願いします」
 言っているうちに、マンションに着く。2人で駐車場から部屋へ上がって行くと、ドアの前に、しゃがみ込む女の子がいた。
「ん?」
 北倉さんが足を止める。
「女子高生ですね」
 と、彼女がこちらを見る。
「遅い!」
 え?
「早織?何で?」
 おお?
「家出してきちゃった。パパんちに置いて」
「ええーっ!?」
 僕と北倉さんは、同時に声を上げた。

 時任早織ときとうさおり、高校2年生。離婚した元奥さんと暮らしている一人娘だそうだ。
「暑かったじゃないの」
 早織さんは不機嫌そうに冷たいお茶を飲んで、文句を言った。
「聞いてないからな。留守にしてもっと帰らなかったらどうするつもりだったんだよ」
 北倉さんが言った時、電話が鳴り出して、相手を見た北倉さんは少し困ったような顔をしてから、出た。
「はい。ああ、久しぶりだな、弓江」
 そこで、早織さんは、大声を張り上げた。
「私、帰らないから!」
「・・・聞こえただろ。いるよ。今来たところ。--ああ、まあ、夏休みだし、預かるよ。まだ話も聞いてないから、全く何が何やらわからん」
 どうやら、しばらく早織さんはここにいるらしい。
 電話を切った北倉さんに、僕は恐る恐る切り出した。
「あの、事情があるみたいですし、今日の所は中止という事で帰りましょうか」
「え?何言ってんの、航平。行くよ?」
「え?でも、え?」
「話はおいおい聞く。だが、早織、言っておく。ここにいてもいいけど、俺は釣りに行く。お前も、宿題はしなさい。取り敢えず今は、そのくらいかな」
 早織さんは頷いて、
「わかった。
 ねえ、釣り、今日行くの?私も行きたい。やってみたい!」
 早織さんが乗り気になって、3人での釣行が決まったのであった。

 波止の夜釣りで、タチウオを狙う。
 タチウオという名前は、太刀に似ているからとも、立って泳ぐからだともいわれている。歯が鋭く、指をかまれたら千切れてしまう程だ。だから注意するようにと、しっかりと言われた。
 仕掛けはテンヤ。ちょうど、マンガで出て来る魚の頭と背骨のアレによく似たもので、ここにイワシを置いて、付属のワイヤーでグルグルと巻いて留める。これを沖に投げては手前に引いて来る、引き釣りという方法だ。
「タチウオは夜行性で、昼間でも釣れるが、夜の方が、エサを油断して食べるから釣りやすいんだよ。
 それからな、タチウオは別名幽霊魚とも言うんだぞ」
「ゆ、幽霊ですか?」
 薄暗くなってきた波止で、何を言い出すんだ。
「タチウオは移動して、突然消えたり現れたりするように見えるから、幽霊ってわけだ。いつもそこにあると思っていたら大間違いってわけだ。はああ。食べたら祟るとかってことじゃないぞ、航平」
「び、びっくりしたあ」
「いちいち魚が化けて出たら大変じゃない。
 さあ、釣るわよ!」
 勢いよく早織は竿を振り、そして仕掛けは、すぐ目の前の海面に叩きつけられた。
「早織さん、ベールが」
「ベール?」
「リールの、ここ。針金みたいなとこ。これを倒したら糸はどんどん出るし、戻したら、出なくなって、巻取り方向のみになるんだよ。
 こう、倒しておいて、指で引っかけておいて、竿を時計の10時から2時くらいの角度に振る。力はいらないよ。水面に仕掛けが落ちて、糸が出なくなったら・・・ああ、今だね。そうしたら、ベールを戻して、リールを巻いて行く。
 で、いいんですよね、悠介さん」
「OK、OK。航平も頼もしくなって来たなあ。
 後は今のを繰り返すだけだ。さあ、釣るぞ」
 3人で並んで、釣る。
 しばらくしたら、竿にグッとあたりが来た。すかさず合わせて、リールを巻く。
「タチウオだあ!」
 銀色の細長い魚体をクニャリとさせて暴れる。牙みたいな歯が見えた。
「うわあ。本当に凄い歯ねえ」
「冗談抜きで、本当に気を付けろよ」
 言っているそばで、早織さんにも来た。
「わっ、何かビクッてなった!」
「巻いて、巻いて」
 巻いて来て引き上げる。
「初めての釣り?だったら写真撮る?僕も初めての時、写真撮ってもらったんだ」
「そうね。記念に」
 タチウオをぶら下げた早織さんを、スマホで撮る。
「お、こっちも来たぞ。これは大きい・・・おお」
 北倉さんもすぐに掛けたが、これが大きい。
 タチウオは体の幅で、呼び方を変える。指2本程度なら「ベルト」、4本か5本に達すれば「ドラゴン」だ。北倉さんのは、まさしくドラゴンだった。
「おお、ドラゴン!凄い!写真、撮りましょう!」
 早織さんのスマホで、そのまま、北倉さんも撮る。
「いい引きだったんだよなあ」
「羨ましい!よし、僕も是非頑張るぞ」
「ふふっ、勝負だ、航平」
「師匠、胸をお借りします!」
「・・・バカなの?」
 僕達は夜通し、タチウオを狙った。

 まな板の上のタチウオは、やたらと長かった。
「ドラゴンなら刺身もいけるが、細いのはちょっとなあ。
 よし。ベルトはホイル焼きとロールだな。ドラゴンは刺身で」
 タチウオの背びれの付け根にずーっと包丁を入れる。そしてそこから、背骨に沿わせて包丁を入れ、身を剥がすようにして捌いて行く。腹側も、ヒレの付け根に包丁を入れて同様にし、ヒレの無い腹部分は、ヒレのところまで開く。裏面も同様にすると、背ビレを引っ張って、付け根の小骨毎引き抜く。腹ビレも同様に。これで、刺身用になった。
「いつものやり方でこの銀色の皮を取ってもいいが、タチウオの身は繊維が縦になってるから、皮を取ったら4つに分かれてバラバラになるんだ。だから今日は炙りでいこう」
 皮を料理用のバーナーで炙って軽く焦げ目を付け、サッと氷水で冷やして、切って行く。
 他の料理を仕上げ、今日は3人で宴となる。
「いただきまあす!・・・うわ、美味しい!」
「パパにこんな特技があったなんて・・・!」
「フフン」
 夏休み初日、最高の幕開けとなった。



『ロール』
   身だけにしたタチウオで人参といんげんを巻いたり、青じそと叩いた梅干しを
   巻いたり、、チーズを巻いたりして、爪楊枝で留める。それを、焼くか、衣を
   付けて天ぷらにするか、パン粉を付けてフライにする。
『ホイル焼き』
   アルミホイルに味噌を塗り、えのき、人参、玉ねぎ、ピーマンなどを乗せ、筒
   切りにしたタチウオを乗せ、味噌を乗せて、アルミホイルを閉じる。これを、
   オーブンやトースターで焼けばOK。味噌を抜いて、出来上がりにポン酢をか
   けても美味しい。





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