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宴の後
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透明アンコウは、美味しかった。その貴重性だけでなく、味にも高い理由があった。
透明アンコウは歯以外残すところがない。肉は勿論、内臓も食べられるし、皮もプリプリとしている。ヒレは酒に入れて飲んだ後、パリパリの素揚げにして楽しめる。
「なのに、あんなに大きいのに一口も食べられなかったねえ」
ジンは名残惜しそうに、総入れ歯の如く残った歯を見て言った。
「透明アンコウを丸ごと買うくらいで家が建つとか言うもんな。よっぽど美味かったんだぜ」
カイは悔しそうに言った。
ナジムは機嫌が悪かったが、吊るし切りが始まるとそれに目を奪われていった。そしてせめてもの嫌がらせなのか、美味しそうに、見せつけるようにして連れて来たメンバーで食べ、小さい欠片も残すことなく完食して帰ったのだ。
「いちいち歯ごたえがどうの、香りがどうの、味がどうのと。お前は食レポの記者か」
「ああ、羨ましい!」
カイとジンが歯の前から離れない。
「まあ、上手く行ってよかった」
ユーリはホッと息をついた。
結果、ナジム達は食べるだけ食べて機嫌よく帰って行き、ほかに持ち帰った魚は、ニキータとミリアも呼んで銀花楼の皆で食べた。
それはそれで、高級魚もいて大変美味しかったが、透明アンコウが味わえなかった残念さは消えない。
「またあそこに生まれるのは30年先って言われてるしね。狙うなら別の場所じゃないと」
「ジン、やる気か?」
「もう、自信ないよね」
カイとジンは諦めたらしく肩を落とし、その隙にと、料理人が透明アンコウの歯を片付けた。
「これで今回は何とかなったねえ。皆、ご苦労さん」
カリムはにこにことして言い、皆は笑ってそれに応え、食堂を出て部屋へ戻って行った。
「今度、虹の鳥と明宵にも礼を言っておかないとな」
ユーリ達もそう言って、立ち上がった。
マシスは部屋へ帰ると、自分のベッドに座り込んだ。マシスはまだ、大部屋の身分なのだ。
「美味しかったね」
「うん。透明アンコウは、見られただけで自慢だよな」
「凄いなあ、銀月」
そんな事を言っている同室の遊妓達の声を聞きながら、マシスは歯ぎしりをした。
(何でだよ!僕は全然うまくいかないのに!)
マシスは叫び出したいのを堪えた。
ほんの少し前までは、大きい商会の跡取りとして、皆に坊ちゃん、坊ちゃんと大事にされていた。わがままを言っても大抵は許してもらえたし、本物には敵わなくても、中規模のその地方都市では、王侯貴族の如く振る舞うことが当たり前だった。
それが、いきなり変わった。
(捨て子だったというユーリも同じ境遇の筈だったのに、魔術の適性が出たために義務として高等学校へ行き、成績が良かったために帝国魔術団に入る話まで出た。それが無しになっても、セレムで探索者をして、自由に生きている。
何でだよ。僕はこんな目にあってるのに、あいつだけ何でだよ)
マシスはフラフラと立ち上がると、わずかな私物を納めるタンスの抽斗を開けた。
ユーリはカリムと立ち話をしていた。
「ほかの楼主には私から挨拶をしておくから、助けてくれたチームに、お礼を言っておくんですよ」
「はあい」
「それと、上手く敵を作らないように立ち回らないからこういうことになるんです。反省しなさい」
「はあい」
「反省する気はあるんですか」
「勿論ですよ、てて様」
カリムは嘆息し、
「全く。
まあ、よくやりましたね」
と笑顔を見せ、頭を撫でて歩いて行った。
「久々だなあ」
ユーリはカリムを見送って、部屋へ戻ろうかと踵を返しかけた。
その時、廊下の向こうから近付いて来ていたマシスに気付いた。
「どうかしたか」
顔から表情が抜け落ち、様子がおかしい。
「だから……くない……せい……」
何か言っているようだが、聴き取れもしない。
「おい、大丈夫か?具合でも悪いのか」
近寄って確認しようとしたところ、スッとマシスの手が上がって、ユーリは飛びのいた。
「危ないな。何のつもりだ」
マシスの手には、ペーパーナイフが握られていた。マシスの顔からは表情が抜け落ち、ただ目だけが、怒りと憎しみと絶望を湛えていた。
透明アンコウは歯以外残すところがない。肉は勿論、内臓も食べられるし、皮もプリプリとしている。ヒレは酒に入れて飲んだ後、パリパリの素揚げにして楽しめる。
「なのに、あんなに大きいのに一口も食べられなかったねえ」
ジンは名残惜しそうに、総入れ歯の如く残った歯を見て言った。
「透明アンコウを丸ごと買うくらいで家が建つとか言うもんな。よっぽど美味かったんだぜ」
カイは悔しそうに言った。
ナジムは機嫌が悪かったが、吊るし切りが始まるとそれに目を奪われていった。そしてせめてもの嫌がらせなのか、美味しそうに、見せつけるようにして連れて来たメンバーで食べ、小さい欠片も残すことなく完食して帰ったのだ。
「いちいち歯ごたえがどうの、香りがどうの、味がどうのと。お前は食レポの記者か」
「ああ、羨ましい!」
カイとジンが歯の前から離れない。
「まあ、上手く行ってよかった」
ユーリはホッと息をついた。
結果、ナジム達は食べるだけ食べて機嫌よく帰って行き、ほかに持ち帰った魚は、ニキータとミリアも呼んで銀花楼の皆で食べた。
それはそれで、高級魚もいて大変美味しかったが、透明アンコウが味わえなかった残念さは消えない。
「またあそこに生まれるのは30年先って言われてるしね。狙うなら別の場所じゃないと」
「ジン、やる気か?」
「もう、自信ないよね」
カイとジンは諦めたらしく肩を落とし、その隙にと、料理人が透明アンコウの歯を片付けた。
「これで今回は何とかなったねえ。皆、ご苦労さん」
カリムはにこにことして言い、皆は笑ってそれに応え、食堂を出て部屋へ戻って行った。
「今度、虹の鳥と明宵にも礼を言っておかないとな」
ユーリ達もそう言って、立ち上がった。
マシスは部屋へ帰ると、自分のベッドに座り込んだ。マシスはまだ、大部屋の身分なのだ。
「美味しかったね」
「うん。透明アンコウは、見られただけで自慢だよな」
「凄いなあ、銀月」
そんな事を言っている同室の遊妓達の声を聞きながら、マシスは歯ぎしりをした。
(何でだよ!僕は全然うまくいかないのに!)
マシスは叫び出したいのを堪えた。
ほんの少し前までは、大きい商会の跡取りとして、皆に坊ちゃん、坊ちゃんと大事にされていた。わがままを言っても大抵は許してもらえたし、本物には敵わなくても、中規模のその地方都市では、王侯貴族の如く振る舞うことが当たり前だった。
それが、いきなり変わった。
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何でだよ。僕はこんな目にあってるのに、あいつだけ何でだよ)
マシスはフラフラと立ち上がると、わずかな私物を納めるタンスの抽斗を開けた。
ユーリはカリムと立ち話をしていた。
「ほかの楼主には私から挨拶をしておくから、助けてくれたチームに、お礼を言っておくんですよ」
「はあい」
「それと、上手く敵を作らないように立ち回らないからこういうことになるんです。反省しなさい」
「はあい」
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カリムは嘆息し、
「全く。
まあ、よくやりましたね」
と笑顔を見せ、頭を撫でて歩いて行った。
「久々だなあ」
ユーリはカリムを見送って、部屋へ戻ろうかと踵を返しかけた。
その時、廊下の向こうから近付いて来ていたマシスに気付いた。
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「だから……くない……せい……」
何か言っているようだが、聴き取れもしない。
「おい、大丈夫か?具合でも悪いのか」
近寄って確認しようとしたところ、スッとマシスの手が上がって、ユーリは飛びのいた。
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