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化け猫騒動(3)漁村
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与四郎たち3人は、漁師がかたまって暮らす集落を訪れた。
漁具を洗ったり修理したりするのんびりとした空気が流れ、磯の香りが立ち込める。
家は潮風と日にさらされてどれも傷んでおり、小魚やわかめが干されていた。漁師やその家族の着物は日に焼け、あまり暮らしは豊かではなさそうだが、そう困窮しているほどでもなさそうという印象だ。
その中の一軒、同じような傾いた家から若い男が出て来た。
着ているものは似たり寄ったりだが、かんざしを懐から出してニヤニヤと眺め、またそれを懐へ戻しながら歩いて行った。
「栄太のやつ、何か金回りがいいな。特に大漁続きだったわけでもねえのに」
「博打で儲けたとか言ってやがったけどな」
それを横目で見ていた漁師が、網の破れを繕いながら小声で言い合う。
チャンスとばかりに話を聞く。
「誰がどれだけ獲れたかとか、わかるもんですか?」
「そりゃあわかりますよ。漁から戻って来たら、獲って来たものはその場でお役人が見て、藩が買い上げることになっているものはそこで別に取って帳面に書くんですよ」
網を繕いながら漁師が言う。
「でも、その時に出さずに船に隠しておくとかは?」
啓三郎が言うと、彼らは眉を吊り上げた。
「はあ?厳しい財政をなんとかしようって、まだお若い殿様までわしらと同じような粗食に耐えていらっしゃるって時に、そんな真似をするようなやつ、いやしませんぜ。
まあ、しようったって、できねえとも言えますけどね」
「船はこの通り丸見え。さっさと網やらを下ろして、女達が片っ端から洗い始めるんですよ。へそくりも何でも見付けられるってわけでさ」
がははと彼らは笑い、3人も笑った。
「じゃあ、本当に賭博か何かかな。
それはそうと、夜釣りとかも行くんですか?」
与四郎が訊くのに、彼らは柔らかい顔で答える。
「季節によっては、夜に狙う魚もいるしなあ。
最近も夜に出るよ。新月以外なら」
「ほお。新月以外とは?」
啓三郎が訊くのに彼らは首を緩く振った。
「大潮は大抵の魚は釣れねえんですよ。だから、新月と満月は休むんでさ」
それから少し雑談をして、与四郎たちはその場を離れた。
そして与四郎は、懐から手拭いに挟んだ猫の毛とまたたびを出した。
「化け猫は、ただの猫だと思う。またたびに酔っていただけの」
啓三郎と康次はそれをじっくりと見てから、咳払いをした。
「そうであろうと思ったぞ。な、啓三郎殿」
「そうとも。化け猫なんてただのイタズラだと思っていたさ。な、康次殿」
「……随分仲良くなったね。
ところで、そうなるとあの火の玉もイタズラだと思っていいよね。あの足跡が犯人のものだろう。丸い痕は徳利かな。焼酎を染み込ませた布を竿にでもぶら下げて燃やしたとか」
与四郎が言うと、啓三郎と康次は怒り出した。
「くそ、騙しやがったのか」
「どこかで見て、驚くさまをあざ笑っていたのかもしれんな」
「どこのどいつだ!」
そんな怒る2人に構わず、与四郎は考えていた。
「でもさあ、何をしたかったんだろう。脅かして笑いたかったのかな。それだけ?」
啓三郎と康次は顔を見合わせた。
「まさか、あの漁師たちがイタズラの犯人なのか」
「いや、違うと思うよ。
まあ、ちょっと調べてみようよ」
与四郎は言って、涼しい顔で歩き出した。
漁具を洗ったり修理したりするのんびりとした空気が流れ、磯の香りが立ち込める。
家は潮風と日にさらされてどれも傷んでおり、小魚やわかめが干されていた。漁師やその家族の着物は日に焼け、あまり暮らしは豊かではなさそうだが、そう困窮しているほどでもなさそうという印象だ。
その中の一軒、同じような傾いた家から若い男が出て来た。
着ているものは似たり寄ったりだが、かんざしを懐から出してニヤニヤと眺め、またそれを懐へ戻しながら歩いて行った。
「栄太のやつ、何か金回りがいいな。特に大漁続きだったわけでもねえのに」
「博打で儲けたとか言ってやがったけどな」
それを横目で見ていた漁師が、網の破れを繕いながら小声で言い合う。
チャンスとばかりに話を聞く。
「誰がどれだけ獲れたかとか、わかるもんですか?」
「そりゃあわかりますよ。漁から戻って来たら、獲って来たものはその場でお役人が見て、藩が買い上げることになっているものはそこで別に取って帳面に書くんですよ」
網を繕いながら漁師が言う。
「でも、その時に出さずに船に隠しておくとかは?」
啓三郎が言うと、彼らは眉を吊り上げた。
「はあ?厳しい財政をなんとかしようって、まだお若い殿様までわしらと同じような粗食に耐えていらっしゃるって時に、そんな真似をするようなやつ、いやしませんぜ。
まあ、しようったって、できねえとも言えますけどね」
「船はこの通り丸見え。さっさと網やらを下ろして、女達が片っ端から洗い始めるんですよ。へそくりも何でも見付けられるってわけでさ」
がははと彼らは笑い、3人も笑った。
「じゃあ、本当に賭博か何かかな。
それはそうと、夜釣りとかも行くんですか?」
与四郎が訊くのに、彼らは柔らかい顔で答える。
「季節によっては、夜に狙う魚もいるしなあ。
最近も夜に出るよ。新月以外なら」
「ほお。新月以外とは?」
啓三郎が訊くのに彼らは首を緩く振った。
「大潮は大抵の魚は釣れねえんですよ。だから、新月と満月は休むんでさ」
それから少し雑談をして、与四郎たちはその場を離れた。
そして与四郎は、懐から手拭いに挟んだ猫の毛とまたたびを出した。
「化け猫は、ただの猫だと思う。またたびに酔っていただけの」
啓三郎と康次はそれをじっくりと見てから、咳払いをした。
「そうであろうと思ったぞ。な、啓三郎殿」
「そうとも。化け猫なんてただのイタズラだと思っていたさ。な、康次殿」
「……随分仲良くなったね。
ところで、そうなるとあの火の玉もイタズラだと思っていいよね。あの足跡が犯人のものだろう。丸い痕は徳利かな。焼酎を染み込ませた布を竿にでもぶら下げて燃やしたとか」
与四郎が言うと、啓三郎と康次は怒り出した。
「くそ、騙しやがったのか」
「どこかで見て、驚くさまをあざ笑っていたのかもしれんな」
「どこのどいつだ!」
そんな怒る2人に構わず、与四郎は考えていた。
「でもさあ、何をしたかったんだろう。脅かして笑いたかったのかな。それだけ?」
啓三郎と康次は顔を見合わせた。
「まさか、あの漁師たちがイタズラの犯人なのか」
「いや、違うと思うよ。
まあ、ちょっと調べてみようよ」
与四郎は言って、涼しい顔で歩き出した。
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