殿様の隠密

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化け猫騒動(6)清風会

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「驚いただろう」
 殿こと康次が楽しそうに言い、その脇で、国家老の松本勝信が顔をしかめて嘆息していた。
「ヤス……いや、それも偽名だったのか……」
 殿ならば、上原明石守康清。
「完全に、だまされた……」
 思わず呟いたら、康清は嬉しそうに笑った。
 隣の松本は、嘆息して頭を抱えている。
「どうだ、私の変装もたいしたものだろう」
「いいえ、殿。この者らは殿のお顔を知らなかったのですから、わからなくて当然です」
 言い返されて、康清はちょっと眉を不満げに寄せた。
 それを見ると、与四郎と啓三郎は緊張しているのが心の底からばかばかしくなった。
「ああ、それで、用とは?」
「驚いただろうってところか?」
 言うと、康清は
「それも当然ある」
と言ってから、居住まいをやや正した。
「知っての通り、私は自由に藩内を見回るわけにはいかない。もちろん役人がいて、報告は聞くことはできるが、それは専門の部署に上がって、適当に取り繕われてから届くことになる。切り捨てられた話もあるだろう。
 でもな。私は生の声が聞きたい。庶民のそのままの姿を知りたいのだ。不都合なことも、不満もな」
 そこで松本が口を挟む。
「だからといって警護をまいて城下に気ままにお忍びに出る言い訳になされては困りますな」
 与四郎と啓三郎は、それも尤もだと松本に憐憫の目を向けた。
「コ、コホン。話を進めるぞ。
 で、だ。松本もこう言うし、私は参勤交代もある。だから、代わりに藩内の様子を探って、おかしな事は無いか、民の暮らしはどうか、私の代わりに調査し、報告してもらう役目を作ることにした。まあ、隠密部隊になるな」
 少し、啓三郎の目が輝いてきた。
「隠密部隊、ですか」
「うむ。それで二人にその任を引き受けてもらいたいのだが」
 面白そうではある。しかし、懸念もあった。
「この前の捕り物のような場合、二人では調べも捕り物も手が足りないかと思われますが」
 与四郎が懸念を伝えると、康清は考え、松本に顔を向けた。
「その時は松本がそれに応じた助けを送れるようにしてくれ」
「ははっ。かしこましてござりまする」
「ではよいな、与四郎、啓三郎」
 それで「否」は言えないし、こんな面白そうなこと、否という気も無い。
「ははっ。ふつつか者なれど、精一杯励みましてございまする」
 与四郎と啓三郎はそう言って頭を下げながら、上目遣いで康清を目を合わせ、互いにニヤリとした。

 連絡場所は、城の剣術道場。与四郎と啓三郎の師は藩の剣術指南役でもあり、今後は師に同行し、報告も命令もこの時に行う事にするとのことになった。
 師にはこのことを話しておくとのことで、もし急ぎで連絡を取る必要があれば、松本の名を出せと言われた。
「決まったなあ」
「楽しそうだな、与四郎」
「まあな」
 ウキウキはする。
 しかし問題もある。役目を引き受け、一応禄ももらえることになる。しかし表向きは、冷や飯食いのままだ。嫁の来ても望めそうにない。
 与四郎はちらりと啓三郎を見た。
 自分はともかく、この啓三郎には、好きな相手がいるのだ。
「まあ、何とかなるかな」
「ん、何がだ?」
「いや、何でも無い。気にするな」
 それで与四郎は先の心配はやめ、まずは与えられた一つ目の命令に取りかかることにした。
「行くぞ、啓三郎」
「ああ。腕が鳴るぜ」
 こうして藩の秘密部署は稼働し始めた。





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