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美人番付(1)下馬評
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道場の外にある庭先にある井戸端では、稽古を終えた門下生が数人集まって雑談をしていた。
「美人番付か」
「江戸の美人を集めるんだろう。これに載る美人ってどんな女だろうな」
「たばこ屋のみよは美人だぞ」
「松屋の後妻の方が美人だろう。色気も凄いし」
「花魁も入るのか?」
近々発表されるという噂の、美人番付の話でわいていた。
道場主である田代倉之進は聞いていないが、師範代の梅津吉次郎は苦笑しながら聞いている。
「師範代は誰が横綱にになると思いますか」
勢い込んで聞く門弟たちだったが、別の門弟が答える。
「愛妻家の師範代に聞いたって、御妻女と答えるに決まってるじゃないか」
「あ、そうだな」
後を継げる見込みのない次男以下にとっては、嫁取りは夢のような話だ。
武芸を磨けばどこかの家から婿養子の話でも来るかも知れないと儚い夢を描いてはみても、その確率は高いとも言えない。
美人など、高嶺の花でしかない。
「あの後妻は気がきつそうだぞ」
「気のきつさは美人かどうかに関係はないだろう」
「顔だけなら菓子屋の三姉妹のつる殿だな。胸は小さいが」
「だったら茶店の娘はいい尻の形をしているぞ」
井戸端に出ていた道場主の娘佐和は、目をキッと吊り上げた。
「いやらしい。大体女の価値を顔で決めるものではないでしょうに」
それに気圧されそうになりながらも、ひとりが抗議する。
「でも女だって、番付を作って喜んでいるじゃないか。横綱は役者の菊五郎で、大関は火消しのタツだっけ」
「そうそう。佐和殿も菊五郎より華之丞だろうとか言っておったのを覚えているぞ」
思わぬ反撃に遭ってうろたえた佐和をおいて、話は進む。
「啓三郎。おぬしは誰が横綱だと思う」
「顔か、胸か、尻か。おぬしはどれが重要だ」
啓三郎と佐和は、同時にギョッとしたように互いを見、慌てて目をそらした。
「お、俺か。俺は、そうだな、ううむ、ああ、わからんが、」
言う啓三郎を横目で見て、佐和は眉を吊り上げた。
「もう、知りません!」
そしてプイッとそっぽを向くと、家へ入っていってしまった。
師範代は苦笑を浮かべ、パンパンと手を叩いた。
「そろそろおしまいだ!着替えて帰るぞ!」
それで門弟たちは話を切り上げ、帰る支度を始めた。
このように、どこもかしこも、美人番付の話題で持ちきりだった。
これに名を連ねるだけでも箔が付き、未婚の娘なら縁談も舞い込むに違いないし、いい家に奉公に上がって玉の輿というのも夢ではない。
与四郎は啓三郎と並んで帰途につきながら、そっと啓三郎を窺い見た。
「武家の娘は除外らしいが、もしそうでなかったら、佐和殿もきっと入っていただろうな」
啓三郎は途端に憎まれ口をきく。
「あんな気の強い跳ねっ返りがか」
「黙っていれば、お転婆はわからないからね。だから、そろそろどこかから婚姻の話が出ても不思議じゃ無いと思うな」
啓三郎は音がしそうなほどの勢いで与四郎の方へ顔を向け、それから天を見て、足下に目をやった。
啓三郎と佐和は互いに気になっているのが見え見えなのに、全く進展する様子がないのだ。それに与四郎はやきもきしていた。何せどちらも、子供の時分からの友なのだ。幸せになって欲しいと願うのは当たり前だ。
「ふ、ふうん。あれでも一応は、そういう年だな、そういえば。木登りして柿をとったり鶏を追いかけ回していたのになあ。ははは」
棒読みな返事に、与四郎は軽く嘆息した。
「あんまりのんびりしてると、知らないよ。
美人番付なんて発表されたら、一気に婚姻が増えそうだからな。
幸い今は、少ないとは言え、扶持もある。世間には内緒だけど、父上には報告されているし、師範も知っているし、一緒になれるんじゃないかな」
啓三郎は目を泳がせてうろたえ、真っ赤な顔で咳払いをして、
「そ、それより、そろそろ梅雨時だな」
とごまかした。
与四郎は仕方が無いな、と思いながらも、ごまかされてやることにしたのだった。
「美人番付か」
「江戸の美人を集めるんだろう。これに載る美人ってどんな女だろうな」
「たばこ屋のみよは美人だぞ」
「松屋の後妻の方が美人だろう。色気も凄いし」
「花魁も入るのか?」
近々発表されるという噂の、美人番付の話でわいていた。
道場主である田代倉之進は聞いていないが、師範代の梅津吉次郎は苦笑しながら聞いている。
「師範代は誰が横綱にになると思いますか」
勢い込んで聞く門弟たちだったが、別の門弟が答える。
「愛妻家の師範代に聞いたって、御妻女と答えるに決まってるじゃないか」
「あ、そうだな」
後を継げる見込みのない次男以下にとっては、嫁取りは夢のような話だ。
武芸を磨けばどこかの家から婿養子の話でも来るかも知れないと儚い夢を描いてはみても、その確率は高いとも言えない。
美人など、高嶺の花でしかない。
「あの後妻は気がきつそうだぞ」
「気のきつさは美人かどうかに関係はないだろう」
「顔だけなら菓子屋の三姉妹のつる殿だな。胸は小さいが」
「だったら茶店の娘はいい尻の形をしているぞ」
井戸端に出ていた道場主の娘佐和は、目をキッと吊り上げた。
「いやらしい。大体女の価値を顔で決めるものではないでしょうに」
それに気圧されそうになりながらも、ひとりが抗議する。
「でも女だって、番付を作って喜んでいるじゃないか。横綱は役者の菊五郎で、大関は火消しのタツだっけ」
「そうそう。佐和殿も菊五郎より華之丞だろうとか言っておったのを覚えているぞ」
思わぬ反撃に遭ってうろたえた佐和をおいて、話は進む。
「啓三郎。おぬしは誰が横綱だと思う」
「顔か、胸か、尻か。おぬしはどれが重要だ」
啓三郎と佐和は、同時にギョッとしたように互いを見、慌てて目をそらした。
「お、俺か。俺は、そうだな、ううむ、ああ、わからんが、」
言う啓三郎を横目で見て、佐和は眉を吊り上げた。
「もう、知りません!」
そしてプイッとそっぽを向くと、家へ入っていってしまった。
師範代は苦笑を浮かべ、パンパンと手を叩いた。
「そろそろおしまいだ!着替えて帰るぞ!」
それで門弟たちは話を切り上げ、帰る支度を始めた。
このように、どこもかしこも、美人番付の話題で持ちきりだった。
これに名を連ねるだけでも箔が付き、未婚の娘なら縁談も舞い込むに違いないし、いい家に奉公に上がって玉の輿というのも夢ではない。
与四郎は啓三郎と並んで帰途につきながら、そっと啓三郎を窺い見た。
「武家の娘は除外らしいが、もしそうでなかったら、佐和殿もきっと入っていただろうな」
啓三郎は途端に憎まれ口をきく。
「あんな気の強い跳ねっ返りがか」
「黙っていれば、お転婆はわからないからね。だから、そろそろどこかから婚姻の話が出ても不思議じゃ無いと思うな」
啓三郎は音がしそうなほどの勢いで与四郎の方へ顔を向け、それから天を見て、足下に目をやった。
啓三郎と佐和は互いに気になっているのが見え見えなのに、全く進展する様子がないのだ。それに与四郎はやきもきしていた。何せどちらも、子供の時分からの友なのだ。幸せになって欲しいと願うのは当たり前だ。
「ふ、ふうん。あれでも一応は、そういう年だな、そういえば。木登りして柿をとったり鶏を追いかけ回していたのになあ。ははは」
棒読みな返事に、与四郎は軽く嘆息した。
「あんまりのんびりしてると、知らないよ。
美人番付なんて発表されたら、一気に婚姻が増えそうだからな。
幸い今は、少ないとは言え、扶持もある。世間には内緒だけど、父上には報告されているし、師範も知っているし、一緒になれるんじゃないかな」
啓三郎は目を泳がせてうろたえ、真っ赤な顔で咳払いをして、
「そ、それより、そろそろ梅雨時だな」
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