殿様の隠密

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美人番付(2)殺し

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 しばらく雨が続き、晴れ間がのぞいたある日の事だった。
「呉服問屋の娘のきぬが殺されたらしいぞ」
 歩いているとすれ違った人の話が耳に入った。
「呉服問屋のきぬって、番付で横綱候補の一人じゃなかったか」
「ああ、そういう前評判だった。それで、惜しい美人を亡くしたって騒いでたよ」
 与四郎と啓三郎は顔を見合わせた。
「この前も『美人な小唄の師匠』が襲われたばかりだったな」
「話を聞きに行くか」
 与四郎と啓三郎は連れだって歩き出した。向かうは城の、松永のところである。

 松永と小部屋で会った与四郎と啓三郎は、松永から詳しい資料を借りた。
「最初に殺されたのは小唄の師匠をしていた奈津。稽古に来た生徒が正面から胸を一突きにされて絶命しているのを発見。一人暮らしだったので、詳しいことはわからず。
 元は芸者で、浮名も流してきた。旦那は数年前に病死しており、今は親しい男もなし。
 今朝見つかったのは、呉服問屋の娘きぬ。芝居見物に出かけて付き人とはぐれ、行方がわからなかったが、芝居小屋のあった神社の裏手にある林に隠されるようにして放り出されていたところを見つかった。
 こちらも胸を一突きにされていた、か」
 ううむと唸る。
「これだけか」
 啓三郎が落胆するように言ったが、与四郎が考えながら言う。
「小唄の師匠の方は、客として上がったのか。それとも忍び込んだのかな。それにきぬの方は、おとなしく付いて行ったのか、それとも引き込まれたのか。それによって下手人の絞り込み方が変わるぞ」
 与四郎と啓三郎が来たと聞きつけて顔を出した康清が、少し考えて、ああと頷いた。
「確かに同じ女なら上がり込むのも林の奥に誘い込むのも油断させやすいな」
「まあ、顔見知りなら男でも安心するかも知れないから、その場合は下手人は共通の知り合いになるだろうな」
 与四郎が言うと、啓三郎はやる気に満ちた顔をした。
「よし。じゃあ、共通の知り合いを探すか。
 とはいえ、俺たちがどういう理由でそれを訊いて回れるんだ?」
 それには、三人とも黙り込んだ。
「では私から町方に伝えて調べさせましょう」
 松永が言い、康清は、
「うむ。頼む」
と頷いた。
「じゃあ、俺たちはそれ以外に何かないか訊いてみようぜ」
「そうだな。二人とも美人番付の横綱候補だったらしいからな。ほかの横綱候補も気になるな」
 それで与四郎と啓三郎は、城を出た。
「ほかの横綱候補って誰がいるんだっけ」
 啓三郎が言い、与四郎は考えたが、よくわからない。
「平蔵なら知ってるだろう」
 与四郎の絵を買い取ってくれる版元の息子である。絵を書く対象として女が大好きで、もしかして領内の女全員を知っているのではないかというくらい女に詳しいし、番付にも協力していると聞いた。
「ああ、そうだな。女のことは平蔵だな」
 二人は早速平蔵の元へ急いだ。

「横綱候補ですか」
 平蔵はキラリと目を輝かせた。
「小唄の師匠奈津は、小粋で色気があって玄人好み。少々年上の者にも人気がありましたね。
 呉服問屋のきぬはとにかくかわいらしい。うぶな男にはたまらないでしょうな。
 あとは煮売り屋の看板娘たね。明るくてはきはきとしていて、幅広い層に受けていますね。
 酒問屋の娘たえもいい。正統派の美人というやつで気品がある。
 薬種問屋のたねも、きつくてわがままな性格だが、顔立ちはいい。
 ほかにも美人はたくさんいるが、横綱候補といえばこの辺りですかね」
 圧倒される思いで与四郎と啓三郎は聞いていたが、礼を言った。
「そ、そうか。さすが、詳しいな」
「ありがとう」
 礼を言って立ち上がった与四郎と啓三郎は、お腹いっぱいという気分で外に出た。
 そして、気を取り直して人気のない河原にしゃがみ込んで相談する。
「美人番付ねえ。そんなにいいもんかねえ。そりゃあ美人というお墨付きが付くんだから、反対のお墨付きが付くよりいいだろうけど」
 啓三郎が言う。
「でも、美人となれば婚姻の申し込みだってたくさん来るだろう。それも、裕福な商家とか、家格のいい武家とか」
「まあなあ。ひょっとすると、城の奥に行儀見習いに出てあわよくば殿の目にとまるかも、なんて思うかも」
「そこまででなくとも、売り上げが増えたりするだろうしな」
「うわあ。本人だけでなく、家にも影響するんだな」
 そこで与四郎は表情を引き締めた。
「犯人は、『一番の美人と認められたい』っていう女だけでなく、それを狙う家の者ってこともあるのか。
 これは、まだ続くかもしれないな。早く解決しないと」
 浮ついた美人番付のイメージが、途端に生臭く重いものに感じられてきた。


 

 
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