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美人番付(3)罠を張る
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美人番付の横綱候補が続けて殺されたとあって、瓦版はよく売れたし、どこへ行っても、寄ると触るとその噂になった。
「誰がやったんだろうな」
「横綱になりたい人間かな」
「もしくは、ひどいご面相の女が、美人番付に上がるような美人を妬んだとか」
「いやいや、あれは女には無理だろう。男に決まってる」
「娘を持つ豪商なんかは、念のためにって用心棒を雇っているらしいけどな」
「大した顔じゃなくても雇う家もあるそうだぜ」
「もったいないな。美人を殺すのももっともったいないけど」
不謹慎な話をするのをすれ違いざまに聞き、与四郎と啓三郎は溜息をついた。
残っためぼしい横綱候補は各々用心棒を雇ったようで、犯行は行われていない。無事なのは喜ばしいが、犯人に迫ることもできていない。
唯一用心棒を雇う事ができないでいた煮売り屋の看板娘たねをこっそりと見張っているが、たねは用心のために出歩かないようにしていた。
「これじゃあ下手人も近付いてこねえな」
与四郎と啓三郎は考え込んだ。
与四郎と啓三郎が見張っていると、同じように付近をウロウロとする浪人がいるのに気付いたのだが、ウロウロしているからと言って犯人扱いはできない。何も証拠がないのだ。
「ワナを張るか」
「まさか、たねさんを囮にするのか」
「それは危険すぎるだろ。でも、傍目にはたねさんだと思われればいいんだし」
啓三郎はぽんと手を打った。
「なあるほど。
ん? その、たねさんに思わせるのは?」
与四郎はにっこりと笑った。
たねが絵のモデルを頼まれて善田家に通うようになって数日経った。
店が終わってから善田家へ行き、暗くなってから帰宅する。危ないので家まで与四郎が送るようにしていたのだが、その日は事情が変わった。
与四郎へ客があり、送って行けなくなったのだ。それでまだそれほど遅くないので大丈夫だと玄関先で言って、たねが家を出たのだった。
まだ夜中とは言えない時間だが、人通りは少ない。その中を早足で、土産にと持たされた花の束を両手に持ち、たねは顔を伏せるようにして家へ急ぐ。
その後を、浪人が足音を忍ばせるようにして付いて行く。
いつも帰りがけに寄る神社に入り、今日はたね一人だけで拝殿の前へ立った。美人番付で横綱になれるようにと願っているのだろうか。
手を合わせるたねに、浪人は忍び寄っていき、静かに刀を抜いた。そして、たねに近付いていく。
と、たねがいきなり振り返った。
「殺気が漏れてバレバレなんだよ」
着物は確かにたねのものだが、声は男で、刀を構えている。そして足下には花が散らばっていた。
「なにっ!? あの女をつけてきたはず!?」
浪人はうろたえたが、たねの着物を着た男──啓三郎は、口の端を吊り上げた。
「残念だったな。一人で帰る絶好の機会を逃すはずはないと思ったぜ」
浪人は、
「おのれ、謀ったな!」
と言って刀を構えるが、背後に生じた気配に振り返った。
「いやいや。女を襲うやつに謀ったと責められるいわれはないだろう」
出てきた与四郎は苦笑してそう言う。
どちらがたねのふりをするかでは一悶着あったが、啓三郎の方が間違いなく剣の腕は良く、背後からの急襲にも対応できるからと、啓三郎になった。
明るいところで見ると仮装だが、暗い夜道だとどうにかごまかせるだろうという作戦だった。
「くそおお!」
浪人は刀を振り上げて、啓三郎に襲いかかった。
しかし、啓三郎はこれを難なく受け、右腕に切りつけて刀を取り落とさせた。そして続いて首筋に刀を突きつける。それで両腕を与四郎が縛り上げ、捕縛完了だ。
後は、たまたま現行犯で捕まえたと言って町方に引き渡せば、取り調べてもらえるだろう。
啓三郎の着替えを包んだ風呂敷を与四郎は背中から下ろして啓三郎に渡すと、啓三郎はそそくさと着替えてたねの着物を包み直した。
「さて、行くか」
やはり女装を見られるのは、我慢できなかったようである。
「誰がやったんだろうな」
「横綱になりたい人間かな」
「もしくは、ひどいご面相の女が、美人番付に上がるような美人を妬んだとか」
「いやいや、あれは女には無理だろう。男に決まってる」
「娘を持つ豪商なんかは、念のためにって用心棒を雇っているらしいけどな」
「大した顔じゃなくても雇う家もあるそうだぜ」
「もったいないな。美人を殺すのももっともったいないけど」
不謹慎な話をするのをすれ違いざまに聞き、与四郎と啓三郎は溜息をついた。
残っためぼしい横綱候補は各々用心棒を雇ったようで、犯行は行われていない。無事なのは喜ばしいが、犯人に迫ることもできていない。
唯一用心棒を雇う事ができないでいた煮売り屋の看板娘たねをこっそりと見張っているが、たねは用心のために出歩かないようにしていた。
「これじゃあ下手人も近付いてこねえな」
与四郎と啓三郎は考え込んだ。
与四郎と啓三郎が見張っていると、同じように付近をウロウロとする浪人がいるのに気付いたのだが、ウロウロしているからと言って犯人扱いはできない。何も証拠がないのだ。
「ワナを張るか」
「まさか、たねさんを囮にするのか」
「それは危険すぎるだろ。でも、傍目にはたねさんだと思われればいいんだし」
啓三郎はぽんと手を打った。
「なあるほど。
ん? その、たねさんに思わせるのは?」
与四郎はにっこりと笑った。
たねが絵のモデルを頼まれて善田家に通うようになって数日経った。
店が終わってから善田家へ行き、暗くなってから帰宅する。危ないので家まで与四郎が送るようにしていたのだが、その日は事情が変わった。
与四郎へ客があり、送って行けなくなったのだ。それでまだそれほど遅くないので大丈夫だと玄関先で言って、たねが家を出たのだった。
まだ夜中とは言えない時間だが、人通りは少ない。その中を早足で、土産にと持たされた花の束を両手に持ち、たねは顔を伏せるようにして家へ急ぐ。
その後を、浪人が足音を忍ばせるようにして付いて行く。
いつも帰りがけに寄る神社に入り、今日はたね一人だけで拝殿の前へ立った。美人番付で横綱になれるようにと願っているのだろうか。
手を合わせるたねに、浪人は忍び寄っていき、静かに刀を抜いた。そして、たねに近付いていく。
と、たねがいきなり振り返った。
「殺気が漏れてバレバレなんだよ」
着物は確かにたねのものだが、声は男で、刀を構えている。そして足下には花が散らばっていた。
「なにっ!? あの女をつけてきたはず!?」
浪人はうろたえたが、たねの着物を着た男──啓三郎は、口の端を吊り上げた。
「残念だったな。一人で帰る絶好の機会を逃すはずはないと思ったぜ」
浪人は、
「おのれ、謀ったな!」
と言って刀を構えるが、背後に生じた気配に振り返った。
「いやいや。女を襲うやつに謀ったと責められるいわれはないだろう」
出てきた与四郎は苦笑してそう言う。
どちらがたねのふりをするかでは一悶着あったが、啓三郎の方が間違いなく剣の腕は良く、背後からの急襲にも対応できるからと、啓三郎になった。
明るいところで見ると仮装だが、暗い夜道だとどうにかごまかせるだろうという作戦だった。
「くそおお!」
浪人は刀を振り上げて、啓三郎に襲いかかった。
しかし、啓三郎はこれを難なく受け、右腕に切りつけて刀を取り落とさせた。そして続いて首筋に刀を突きつける。それで両腕を与四郎が縛り上げ、捕縛完了だ。
後は、たまたま現行犯で捕まえたと言って町方に引き渡せば、取り調べてもらえるだろう。
啓三郎の着替えを包んだ風呂敷を与四郎は背中から下ろして啓三郎に渡すと、啓三郎はそそくさと着替えてたねの着物を包み直した。
「さて、行くか」
やはり女装を見られるのは、我慢できなかったようである。
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