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新門下生の男(2)新しい門下生
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とある武家屋敷の一室で、旅装の若い男が、藩の留守居役に報告をしていた。
「それで、偶然目にしたその武家の子供が、早紀様に瓜二つと言ってもよいお顔立ちで」
「なに!?それで、どこの誰なのかはわかったのか」
「はい。頼藤家の子弟か鳥羽家の子弟かのどちらかというところまではつきとめました」
「頼藤……確か若年寄に頼藤殿がいらして、弟御が元服を済ませたばかりだった筈。鳥羽家の方はわからぬな」
「しかし二人は仲が良い様子。頼藤家を見張っていれば、自ずと知れましょう」
「うむ、そうだな。早速、身元、生い立ちを調べ上げよ」
「ははっ!」
そしてその上の天井裏から、すうーっと音もなく忍びが離れて行った事は、誰も気づかなかったのである。
道場には、武家の子弟の他、藩に仕官している武士も来れば、町人も来る。
慶仁達が通う道場にも、新しい門下生がやって来た。
上総の藩に仕官している藩士二名と、岩代の藩に仕官している藩士だ。
「強いな、あいつ」
岩代の方を見ながら、慶仁が目を輝かせる。上総の片方と試合をしているが、岩代の方が強いというのは、誰の目にも明らかだった。そしてその大方の予想通り、勝ったのはその岩代の方だったのである。
その後はいつものように、打ち合いの稽古をし、師範代に見て貰い、掃除をして解散となる。
「ご一緒しても?」
慶仁と哲之助に話しかけて来たのは、岩代の方だった。
「拙者は、竹下新之丞と申します。以後、お見知りおきを」
「俺は頼藤義人です。よろしくお願いいたします」
「俺は鳥羽哲之助です。よろしくお願いいたします」
三人は互いに頭を下げ合った。
「実は江戸に着いた日に、飯屋の前で頼藤殿と鳥羽殿が立ち回りをするのを見かけたのだ。それが、思いがけなく今日ここで見かけて、驚いた」
「あはは。見られていたとは。恥ずかしい」
慶仁は笑った。
「いやあ、見ていてスカッとしました」
「何の話だ?」
他の門下生も加わり、先日の一件を話す事となった。
「慶仁と哲之助らしいなあ」
一人が言うと、皆も笑って同意する。
「この二人は昔からこの調子だからな」
「好奇心の塊で、無鉄砲」
「悪戯小僧改め鉄砲玉若様」
「え、酷いなあ」
「で、勝ったんだろうな、二人共」
「勿論です!」
「ようし、よくやった!祝杯だ。あんみつ屋へ行くぞ!」
道場の皆は揃って、近くの甘味処へ繰り出した。ここか蕎麦屋が定番である。
ワイワイと話しながら、竹下も皆に打ち解けていく。
「今日立ち会って思ったのですが、こう言っては何だが、見かけはかわいい顔をして、なかなか思い切ったというか」
「ははは!言いたい事はわかるぞ、竹下。元服前まではそれこそ、女子のようなものだったしな。それなのに、猫に悪戯はする、屋根に上って雷見物をする、空を飛ぼうとムササビのように手足に布を括りつけて屋根から──」
「飛び降りたので!?」
「流石に引きずり降ろされて、じい殿だけでなく兄上殿からも姉上殿からも、こってりと絞られたらしい」
「ああ。驚いた……」
ホッと息をつく竹下に、門下生が大笑いする。
「竹刀を持って立ち合わせたら、それこそお主が感じたように、大抵の相手はあの顔に油断する。そこへ思いもかけない鋭い竹刀さばきだ。初見の相手は、大概、呆然とするな。だから、竹下は恥じる事は無いぞ」
「はあ。しかしそれでは、さぞやご両親も、何かと心配なされたでしょう」
「遅くに生まれた末っ子だしな。頻繁に家を抜け出す慶仁を、お母上はよく『紀代松、紀代松』と探しておられたから、すっかりあのあたりでは名前が先に有名になっていたくらいだ」
「目に浮かぶようです」
「ちょっと!変な事を吹き込まないで下さいよ!」
「心配いらん。真実しか教えとらん」
「それが心配なんだよな、慶仁も哲之助も」
あははと快活に笑う声が、店に響いた。
この道場は兄祐磨も通った道場で、慶仁も正式に入門する前から出入りしており、弟のようにかわいがってくれる者が多いのはありがたいが、色々な武勇伝も知られているのが困りものだと、しみじみ思う慶仁だった。
その夜、竹下は留守居役の岡本斉之助と向かい合っていた。
「で、どうであった」
「は。件の人物は、頼藤慶仁様。御幼名は紀代松様。後南朝、早紀様、熊沢家、いずれにも関心を寄せる様子はございませんでした」
「そうか。しかし、頼藤家に預けられたという事はないか」
「赤子の頃より知られていた御様子ではありますが、引き続き、訊き込んで参ります」
「うむ」
天井裏でそのやり取りを見聞きしていた忍びは、部屋から二人が出て行くと、フッと嘆息して呟いた。
「全く。危なっかしい若様だこと」
それは、茜屋のお咲だった。
「それで、偶然目にしたその武家の子供が、早紀様に瓜二つと言ってもよいお顔立ちで」
「なに!?それで、どこの誰なのかはわかったのか」
「はい。頼藤家の子弟か鳥羽家の子弟かのどちらかというところまではつきとめました」
「頼藤……確か若年寄に頼藤殿がいらして、弟御が元服を済ませたばかりだった筈。鳥羽家の方はわからぬな」
「しかし二人は仲が良い様子。頼藤家を見張っていれば、自ずと知れましょう」
「うむ、そうだな。早速、身元、生い立ちを調べ上げよ」
「ははっ!」
そしてその上の天井裏から、すうーっと音もなく忍びが離れて行った事は、誰も気づかなかったのである。
道場には、武家の子弟の他、藩に仕官している武士も来れば、町人も来る。
慶仁達が通う道場にも、新しい門下生がやって来た。
上総の藩に仕官している藩士二名と、岩代の藩に仕官している藩士だ。
「強いな、あいつ」
岩代の方を見ながら、慶仁が目を輝かせる。上総の片方と試合をしているが、岩代の方が強いというのは、誰の目にも明らかだった。そしてその大方の予想通り、勝ったのはその岩代の方だったのである。
その後はいつものように、打ち合いの稽古をし、師範代に見て貰い、掃除をして解散となる。
「ご一緒しても?」
慶仁と哲之助に話しかけて来たのは、岩代の方だった。
「拙者は、竹下新之丞と申します。以後、お見知りおきを」
「俺は頼藤義人です。よろしくお願いいたします」
「俺は鳥羽哲之助です。よろしくお願いいたします」
三人は互いに頭を下げ合った。
「実は江戸に着いた日に、飯屋の前で頼藤殿と鳥羽殿が立ち回りをするのを見かけたのだ。それが、思いがけなく今日ここで見かけて、驚いた」
「あはは。見られていたとは。恥ずかしい」
慶仁は笑った。
「いやあ、見ていてスカッとしました」
「何の話だ?」
他の門下生も加わり、先日の一件を話す事となった。
「慶仁と哲之助らしいなあ」
一人が言うと、皆も笑って同意する。
「この二人は昔からこの調子だからな」
「好奇心の塊で、無鉄砲」
「悪戯小僧改め鉄砲玉若様」
「え、酷いなあ」
「で、勝ったんだろうな、二人共」
「勿論です!」
「ようし、よくやった!祝杯だ。あんみつ屋へ行くぞ!」
道場の皆は揃って、近くの甘味処へ繰り出した。ここか蕎麦屋が定番である。
ワイワイと話しながら、竹下も皆に打ち解けていく。
「今日立ち会って思ったのですが、こう言っては何だが、見かけはかわいい顔をして、なかなか思い切ったというか」
「ははは!言いたい事はわかるぞ、竹下。元服前まではそれこそ、女子のようなものだったしな。それなのに、猫に悪戯はする、屋根に上って雷見物をする、空を飛ぼうとムササビのように手足に布を括りつけて屋根から──」
「飛び降りたので!?」
「流石に引きずり降ろされて、じい殿だけでなく兄上殿からも姉上殿からも、こってりと絞られたらしい」
「ああ。驚いた……」
ホッと息をつく竹下に、門下生が大笑いする。
「竹刀を持って立ち合わせたら、それこそお主が感じたように、大抵の相手はあの顔に油断する。そこへ思いもかけない鋭い竹刀さばきだ。初見の相手は、大概、呆然とするな。だから、竹下は恥じる事は無いぞ」
「はあ。しかしそれでは、さぞやご両親も、何かと心配なされたでしょう」
「遅くに生まれた末っ子だしな。頻繁に家を抜け出す慶仁を、お母上はよく『紀代松、紀代松』と探しておられたから、すっかりあのあたりでは名前が先に有名になっていたくらいだ」
「目に浮かぶようです」
「ちょっと!変な事を吹き込まないで下さいよ!」
「心配いらん。真実しか教えとらん」
「それが心配なんだよな、慶仁も哲之助も」
あははと快活に笑う声が、店に響いた。
この道場は兄祐磨も通った道場で、慶仁も正式に入門する前から出入りしており、弟のようにかわいがってくれる者が多いのはありがたいが、色々な武勇伝も知られているのが困りものだと、しみじみ思う慶仁だった。
その夜、竹下は留守居役の岡本斉之助と向かい合っていた。
「で、どうであった」
「は。件の人物は、頼藤慶仁様。御幼名は紀代松様。後南朝、早紀様、熊沢家、いずれにも関心を寄せる様子はございませんでした」
「そうか。しかし、頼藤家に預けられたという事はないか」
「赤子の頃より知られていた御様子ではありますが、引き続き、訊き込んで参ります」
「うむ」
天井裏でそのやり取りを見聞きしていた忍びは、部屋から二人が出て行くと、フッと嘆息して呟いた。
「全く。危なっかしい若様だこと」
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