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新門下生の男(3)立ち合い
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慶仁と哲之助と竹下は、時々一緒に出掛けるようになった。今日も、馬場で馬術の稽古をして、並んで帰って来たところだった。
道を塞ぐように、浪人が六人ほど、現れる。
「この前はよくも恥をかかせてくれたな」
言われ、思い出した。飯屋の一件の浪人である。助っ人を頼んで、待ち伏せをしていたのだ。
「何か用か」
竹下が、二人の前に出て言う。
「このままで済むとか思ってないよなあ」
「俺は、間違ったことはしていないぞ」
「慶仁殿。破落戸に正論は通じません」
竹下の言う事は正しいが、この場合、火に油を注いだだけである。
「破落戸だあ?言ってくれるじゃねえか」
「世間の常識は、きれいごとじゃあ済まなくてねえ」
「ガキにやられたまんまじゃあ、困るんだよなあ」
「と言うわけだ。死んでくれ」
六人が、てんでに刀を抜いた。どうやら本気らしく、殺気が放射されている。
慶仁と哲之助は、目を見交わした。
二人共、真剣で斬り合った事も、人を殺した事も無い。その戸惑いはどうしても伝わるもので、浪人達には余裕を、竹下には焦りを感じさせた。
「正気ですか」
「勿論だとも」
「楽しませてくれや」
「その前に、別のいい事で楽しませてくれてもいいんだぜ」
「ん?別のいい事?それは何だろう?」
「慶仁。それは今はいいから、忘れろ。な」
「わかった」
わからないまま、取り敢えずはわかったと哲之助に答えた。
「二人共、無理なら下がっていて下さい。やるなら、絶対に躊躇してはいけない」
「やる」
「俺も、やる」
「そうですか。では」
慶仁と哲之助と竹下も、刀を抜く。
怖くは無いし、緊張でも無い。高揚、だろうか。
刀を構えた者同士が、彫像のように立つ。そして、いきなり動き出す。
「てやあー!」
段上に構えたまま突っ込んで来る最初の一人を、竹下が踏み込んで迎えうつ。すかさず飛び込んで来た後続を、慶仁と哲之助が各々受ける。
重い。殺気の分だけ、重かった。刃と刃が当たって火花が飛ぶ。それで、頭の芯が、すうっと冷えた。
刃を倒して力をそらし、離れた所を、即座に駆け抜けるようにして胴を抜く。
稽古では決して聞いた事のない音がした。
息を詰める声にチラリと振り返り、浪人が倒れ伏すのを確認する。と、即座に声がかかる。
「前!」
その声と同時に殺気が膨れ上がって叩きつけられていたので、慶仁は、次の相手を見据えていた。この前、胴を抜いた相手だった。
相手の男の目が、吊り上がっている。
その目が小さく眇められて、片足にグッと体重が乗った。
それを見た時、反射的に体は動いて左へ回り込んでおり、相手は、さっきまで慶仁のいたところに刀を振り下ろしていた。
ホッとしたのも柄の間、返す刀で跳ね返るように凶刃がこちらへ斬り上げられて来る。それを躱して相手と正対すると、男はニヤリと口元を歪めた。
「へえ。初見でこれを避けたか」
そして、ペロリと唇を舐める。
慶仁の中で、ガンガンと警鐘が鳴らされている。
相手は刀を隙無く構え、こちらを瞬きもせずに見ている。こちらを、舐めてかかる気はないらしい。
と、フッと息を止めるのがわかって、「来る」と感じた。
同時に、体を低く沈めて素早く接近し、斬り上げる。
「消え──何!?」
いきなり消えたように見え、そしてまたいきなり現れたように見えて硬直するその一瞬に、斬りかかったのだ。
何とも言えない、音と手ごたえがした。
「ぐ──!!」
男は変な形で硬直し、こちらを睨みつけると、何かを言いたげに口を動かしてから、地面に膝をつき、ゆっくりと倒れて行った。
「慶仁様、お怪我は!?」
竹下が自分の担当二人を斬って、こちらを向く。
「慶仁。大丈夫そうだな」
まだ、興奮しているような顔で、哲之助がこちらを見た。
刀を見ると、血脂が付いている。
「慶仁さ──慶仁殿。そのままではいけません。取り敢えず血脂を拭き取ってから鞘に納め、可能な限り早く手入れをしなければ──ああ……家の者に、預けて下さい」
そう教えてくれる竹下を、慶仁は、随分冷静だなあ、と感じた。
哲之助はそのアドバイスを聞き、若干震える手で懐紙を取り出して刀の刃を拭い、鞘へ納める。冷静であろうとしているのが、よくわかった。
慶仁は懐紙で刀を拭ってからそれを鞘に戻し、思った。
これが、命の重さか。慣れてはいけないな、と。
その後は、これこれこういう事があったと知らせ、同心が検分をしてから問題なしとして帰っていいと言われると、各々、その場を後にした。
まず、竹下が分かれ道で別れて行った。
「じゃあ、また道場で」
そう言って別れて行った後は、慶仁と哲之助はお互いに会話も無いままいつもの辻に着き、
「じゃあ」
と別れて家へ向かう。そしていつも通りに
「ただいま帰りました」
と声をかけたのだが、すすぎの水を持って来た小物が、妙な顔をして青山を呼んだ。そして青山は慶仁の顔付きを見ると、佐倉と祐磨が話をしていたところへと急ぎ足で慶仁を連れて行く。
「お話し中失礼いたします。火急の要件にございます」
それを聞きながら、慶仁はどこにも返り血が跳んでいない事を確認し、何でわかったのだろうと首を捻った。
何事かとこちらを見る二人にあった事を話すと、ケガが無い事を確認してから、刀を渡すようにと言われた。
「かけたり曲がったりすることがあるし、研いでおかないと、だめになるのだ。覚えておきなさい」
「はい」
慶仁はその後二、三やり取りをしてから部屋に戻り、座り込んだ。
「兄上の顔をみたらホッとしたなあ。哲之助は平静を装っていたけど、どうしてるかな。お父上が戻られたのかなあ。
あれ?何か、途中でおかしいと思ったことがあったんだけど、何だったかなあ?」
そんな事を考えながらごろんと横になって天井を見ているうちに、いつの間にか、眠っていたのだった。
道を塞ぐように、浪人が六人ほど、現れる。
「この前はよくも恥をかかせてくれたな」
言われ、思い出した。飯屋の一件の浪人である。助っ人を頼んで、待ち伏せをしていたのだ。
「何か用か」
竹下が、二人の前に出て言う。
「このままで済むとか思ってないよなあ」
「俺は、間違ったことはしていないぞ」
「慶仁殿。破落戸に正論は通じません」
竹下の言う事は正しいが、この場合、火に油を注いだだけである。
「破落戸だあ?言ってくれるじゃねえか」
「世間の常識は、きれいごとじゃあ済まなくてねえ」
「ガキにやられたまんまじゃあ、困るんだよなあ」
「と言うわけだ。死んでくれ」
六人が、てんでに刀を抜いた。どうやら本気らしく、殺気が放射されている。
慶仁と哲之助は、目を見交わした。
二人共、真剣で斬り合った事も、人を殺した事も無い。その戸惑いはどうしても伝わるもので、浪人達には余裕を、竹下には焦りを感じさせた。
「正気ですか」
「勿論だとも」
「楽しませてくれや」
「その前に、別のいい事で楽しませてくれてもいいんだぜ」
「ん?別のいい事?それは何だろう?」
「慶仁。それは今はいいから、忘れろ。な」
「わかった」
わからないまま、取り敢えずはわかったと哲之助に答えた。
「二人共、無理なら下がっていて下さい。やるなら、絶対に躊躇してはいけない」
「やる」
「俺も、やる」
「そうですか。では」
慶仁と哲之助と竹下も、刀を抜く。
怖くは無いし、緊張でも無い。高揚、だろうか。
刀を構えた者同士が、彫像のように立つ。そして、いきなり動き出す。
「てやあー!」
段上に構えたまま突っ込んで来る最初の一人を、竹下が踏み込んで迎えうつ。すかさず飛び込んで来た後続を、慶仁と哲之助が各々受ける。
重い。殺気の分だけ、重かった。刃と刃が当たって火花が飛ぶ。それで、頭の芯が、すうっと冷えた。
刃を倒して力をそらし、離れた所を、即座に駆け抜けるようにして胴を抜く。
稽古では決して聞いた事のない音がした。
息を詰める声にチラリと振り返り、浪人が倒れ伏すのを確認する。と、即座に声がかかる。
「前!」
その声と同時に殺気が膨れ上がって叩きつけられていたので、慶仁は、次の相手を見据えていた。この前、胴を抜いた相手だった。
相手の男の目が、吊り上がっている。
その目が小さく眇められて、片足にグッと体重が乗った。
それを見た時、反射的に体は動いて左へ回り込んでおり、相手は、さっきまで慶仁のいたところに刀を振り下ろしていた。
ホッとしたのも柄の間、返す刀で跳ね返るように凶刃がこちらへ斬り上げられて来る。それを躱して相手と正対すると、男はニヤリと口元を歪めた。
「へえ。初見でこれを避けたか」
そして、ペロリと唇を舐める。
慶仁の中で、ガンガンと警鐘が鳴らされている。
相手は刀を隙無く構え、こちらを瞬きもせずに見ている。こちらを、舐めてかかる気はないらしい。
と、フッと息を止めるのがわかって、「来る」と感じた。
同時に、体を低く沈めて素早く接近し、斬り上げる。
「消え──何!?」
いきなり消えたように見え、そしてまたいきなり現れたように見えて硬直するその一瞬に、斬りかかったのだ。
何とも言えない、音と手ごたえがした。
「ぐ──!!」
男は変な形で硬直し、こちらを睨みつけると、何かを言いたげに口を動かしてから、地面に膝をつき、ゆっくりと倒れて行った。
「慶仁様、お怪我は!?」
竹下が自分の担当二人を斬って、こちらを向く。
「慶仁。大丈夫そうだな」
まだ、興奮しているような顔で、哲之助がこちらを見た。
刀を見ると、血脂が付いている。
「慶仁さ──慶仁殿。そのままではいけません。取り敢えず血脂を拭き取ってから鞘に納め、可能な限り早く手入れをしなければ──ああ……家の者に、預けて下さい」
そう教えてくれる竹下を、慶仁は、随分冷静だなあ、と感じた。
哲之助はそのアドバイスを聞き、若干震える手で懐紙を取り出して刀の刃を拭い、鞘へ納める。冷静であろうとしているのが、よくわかった。
慶仁は懐紙で刀を拭ってからそれを鞘に戻し、思った。
これが、命の重さか。慣れてはいけないな、と。
その後は、これこれこういう事があったと知らせ、同心が検分をしてから問題なしとして帰っていいと言われると、各々、その場を後にした。
まず、竹下が分かれ道で別れて行った。
「じゃあ、また道場で」
そう言って別れて行った後は、慶仁と哲之助はお互いに会話も無いままいつもの辻に着き、
「じゃあ」
と別れて家へ向かう。そしていつも通りに
「ただいま帰りました」
と声をかけたのだが、すすぎの水を持って来た小物が、妙な顔をして青山を呼んだ。そして青山は慶仁の顔付きを見ると、佐倉と祐磨が話をしていたところへと急ぎ足で慶仁を連れて行く。
「お話し中失礼いたします。火急の要件にございます」
それを聞きながら、慶仁はどこにも返り血が跳んでいない事を確認し、何でわかったのだろうと首を捻った。
何事かとこちらを見る二人にあった事を話すと、ケガが無い事を確認してから、刀を渡すようにと言われた。
「かけたり曲がったりすることがあるし、研いでおかないと、だめになるのだ。覚えておきなさい」
「はい」
慶仁はその後二、三やり取りをしてから部屋に戻り、座り込んだ。
「兄上の顔をみたらホッとしたなあ。哲之助は平静を装っていたけど、どうしてるかな。お父上が戻られたのかなあ。
あれ?何か、途中でおかしいと思ったことがあったんだけど、何だったかなあ?」
そんな事を考えながらごろんと横になって天井を見ているうちに、いつの間にか、眠っていたのだった。
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