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継嗣決定(1)菖蒲打ち
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道場へ行くと、ある先輩を囲んで、皆がわいわいと騒いでいた。
「どうかしたのですか」
慶仁と哲之助は、早速近寄って行った。
「おう、慶仁と哲之助か。吉田に婿養子の話が来たそうだ。相手は与力らしい」
「冷や飯食いからおさらばだな」
「きっと、剣術の腕を見込まれたんですね。おめでとうございます!」
「ありがとう」
吉田は、照れたように笑った。
この時代、後を継げる嫡男以外は「冷や飯食い」と呼ばれ、肩身の狭い思いをしていた。仕官の口などはそうそうないので、婿養子や養子の口があるなら上々だ。その為、二男、三男などは、学問所や道場で熱心に己を磨いたものだった。
その日は皆一層稽古にも熱が入り、祝いの時のアルコール抜きの定番、甘味処で吉田を祝ってから、帰宅の途についた。
ただ単に寄り道するなら蕎麦屋や茶店、慶仁と哲之助がいない祝いの時はアルコールの置いてある店になるのだ。
慶仁と哲之助と竹下は、河原に座って話していた。
「将来か。どうなるんだろうなあ」
慶仁が言うと、哲之助も頷く。
「俺も、二男だしな。何か考えないとな。
竹下さんは、隠居相続ですか」
「いえ、跡目相続です」
親が亡くなったことで家督を継ぐ事を跡目相続、親が隠居して家督を譲る事を隠居相続という。
「私が十四の時に病を得まして、急いで元服をし、それを見届けるかの如く亡くなりました。
そう言えば、二人共、元服は今年、十四だったのですね」
竹下が思いついたように言い、二人は頷いた。
「何か、兄上が『今年行う』って言ったから」
「それを聞いた父が、『同じ時がお前もいいだろう』と」
「へえ。本当に仲がいいんですね」
三人でにこにことする。
と、「グワッ」と声が聞こえた。
「ん?」
今のは何だと思っていると、不意にガサガサと葦が揺れ、何かが飛び出して来た。
「うわあっ」
「慶仁!?」
「あひるですよ!」
ぐわっ、ぐわっ。
飛び出して来たあひるは、慶仁の膝の上に着地し、キョトンとしたように見廻している。
「あひる?」
しげしげと眺めてみた。にわとりとは、足も、くちばしも違う。
と、遅れて少年が飛び出して来た。
「あひるかあ。かわいいなあ」
「そうか、わかるか!」
「え?」
四人は顔を見合わせた。
「ぐわっ?」
少し年下のその少年は、
「よ──いや、福と呼んで欲しい」
と言ったので、
「じゃあ、俺は『慶』な!」
「じゃあ、俺は『哲』で」
「え、なら、私は『新』と」
となり、あひるの事や馬の事などの話を始めたのだった。
一方、少年を探していた供の者は、それを見付けて驚いた。
「ひえっ!?」
慶福ともう少し年上の少年らとの四人が、菖蒲打ちと呼ばれる遊びに興じていたのである。
菖蒲打ちとは、菖蒲の葉を地面に打ち付けて音の大きさを競う遊びで、武士の子は皆したことのある遊びだ。彼が驚いたのは慶福がそれをしていた事ではなく、実に楽しそうに声を立てて、最近見せる事の無かった笑顔を浮かべていた事だった。
それを見ていると、いつの間にか、上役がそばに立っていた。
「あ、すぐに──」
「少し待て。しばらくならいいだろう」
彼も、柔和な顔を遊ぶ四人に向けていた。
さんざん遊んで、あひるの水かきをしげしげと観察し、暑くなったので川へ入ろうかとしたところで、福を探しに来た供侍が出て来て止められた。
「慶、哲、新、楽しかった」
「おう。またな!」
福は名残惜し気にしながらも、あひるを連れて去って行った。
侍も丁寧に頭を下げて帰って行き、
「じゃあ、俺達も帰るかあ」
と、三人も帰る事にした。
そして夜、慶仁は祐磨の帰りを待って、あひるを連れた変な子供の事を話した。
「あひるか。そう言えば、紀州様も動物がお好きだとか聞いたなあ。ん?とみ?まさか慶福……まさかな」
「兄上?」
「何でもない。それで、あひるはどうだった」
「はい!あの水かきに似たものを作れば、人ももっと遠くまで泳げるかも知れません」
「やるなよ」
「……はい」
「どうかしたのですか」
慶仁と哲之助は、早速近寄って行った。
「おう、慶仁と哲之助か。吉田に婿養子の話が来たそうだ。相手は与力らしい」
「冷や飯食いからおさらばだな」
「きっと、剣術の腕を見込まれたんですね。おめでとうございます!」
「ありがとう」
吉田は、照れたように笑った。
この時代、後を継げる嫡男以外は「冷や飯食い」と呼ばれ、肩身の狭い思いをしていた。仕官の口などはそうそうないので、婿養子や養子の口があるなら上々だ。その為、二男、三男などは、学問所や道場で熱心に己を磨いたものだった。
その日は皆一層稽古にも熱が入り、祝いの時のアルコール抜きの定番、甘味処で吉田を祝ってから、帰宅の途についた。
ただ単に寄り道するなら蕎麦屋や茶店、慶仁と哲之助がいない祝いの時はアルコールの置いてある店になるのだ。
慶仁と哲之助と竹下は、河原に座って話していた。
「将来か。どうなるんだろうなあ」
慶仁が言うと、哲之助も頷く。
「俺も、二男だしな。何か考えないとな。
竹下さんは、隠居相続ですか」
「いえ、跡目相続です」
親が亡くなったことで家督を継ぐ事を跡目相続、親が隠居して家督を譲る事を隠居相続という。
「私が十四の時に病を得まして、急いで元服をし、それを見届けるかの如く亡くなりました。
そう言えば、二人共、元服は今年、十四だったのですね」
竹下が思いついたように言い、二人は頷いた。
「何か、兄上が『今年行う』って言ったから」
「それを聞いた父が、『同じ時がお前もいいだろう』と」
「へえ。本当に仲がいいんですね」
三人でにこにことする。
と、「グワッ」と声が聞こえた。
「ん?」
今のは何だと思っていると、不意にガサガサと葦が揺れ、何かが飛び出して来た。
「うわあっ」
「慶仁!?」
「あひるですよ!」
ぐわっ、ぐわっ。
飛び出して来たあひるは、慶仁の膝の上に着地し、キョトンとしたように見廻している。
「あひる?」
しげしげと眺めてみた。にわとりとは、足も、くちばしも違う。
と、遅れて少年が飛び出して来た。
「あひるかあ。かわいいなあ」
「そうか、わかるか!」
「え?」
四人は顔を見合わせた。
「ぐわっ?」
少し年下のその少年は、
「よ──いや、福と呼んで欲しい」
と言ったので、
「じゃあ、俺は『慶』な!」
「じゃあ、俺は『哲』で」
「え、なら、私は『新』と」
となり、あひるの事や馬の事などの話を始めたのだった。
一方、少年を探していた供の者は、それを見付けて驚いた。
「ひえっ!?」
慶福ともう少し年上の少年らとの四人が、菖蒲打ちと呼ばれる遊びに興じていたのである。
菖蒲打ちとは、菖蒲の葉を地面に打ち付けて音の大きさを競う遊びで、武士の子は皆したことのある遊びだ。彼が驚いたのは慶福がそれをしていた事ではなく、実に楽しそうに声を立てて、最近見せる事の無かった笑顔を浮かべていた事だった。
それを見ていると、いつの間にか、上役がそばに立っていた。
「あ、すぐに──」
「少し待て。しばらくならいいだろう」
彼も、柔和な顔を遊ぶ四人に向けていた。
さんざん遊んで、あひるの水かきをしげしげと観察し、暑くなったので川へ入ろうかとしたところで、福を探しに来た供侍が出て来て止められた。
「慶、哲、新、楽しかった」
「おう。またな!」
福は名残惜し気にしながらも、あひるを連れて去って行った。
侍も丁寧に頭を下げて帰って行き、
「じゃあ、俺達も帰るかあ」
と、三人も帰る事にした。
そして夜、慶仁は祐磨の帰りを待って、あひるを連れた変な子供の事を話した。
「あひるか。そう言えば、紀州様も動物がお好きだとか聞いたなあ。ん?とみ?まさか慶福……まさかな」
「兄上?」
「何でもない。それで、あひるはどうだった」
「はい!あの水かきに似たものを作れば、人ももっと遠くまで泳げるかも知れません」
「やるなよ」
「……はい」
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