体質が変わったので

JUN

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ストリートビュー(1)佇む女

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 隣の社宅跡は、きれいさっぱり更地になっていた。
 何も無い敷地の片隅に大きな砂山があり、まるで、巨人の砂場のように見えてくる。それは多くの人も同じなのか、子供など高い確率で、ここを通ると、巨人の出て来る有名アニメの歌を鼻歌で歌いだすのだ。
 しかし現場では、作業員達が、出て来たそれを囲んで眉間にしわを寄せていた。出て来るのは、鼻歌ではない。溜め息だった。
「どうするよ、これ」
「どうするって……無視?」
「無視はまずいだろう」
 建築前には必ず掘って調査を行わなければならないのだが、よくこれで、土器などの文化財が出て、作業が遅れる事がある。
 しかし、彼らの視線の先にあるものは、土器でもなければ瓦でもないし、人骨でもなかった。
 位牌である。ビニールで包まれた何かが出て来て、持ち上げたら古くなっていたせいかビニールが破れて中の紙の貼られた何かが現れ、何かと思ってビニールを完全に取ったらついでにその紙も破れた。そしてその紙がお札で、位牌をお札で包んだものだとわかったのだ。
「ゴミとして捨てるのはバチが当たりそうだな」
「どこから出たんだ?大体の位置で、住人がわかるんじゃないか?」
「庭の花壇の中です」
「よく、湿気で腐ったりしなかったな」
「何かお札でグルグル巻かれてたから、それでですかね」
「お札……これ、処分に困って捨てたんじゃなくて、もしかして……」
「幽霊が出るのに困って埋めたんじゃ・・・」
「……」
 一気に静かになって、1歩下がってジーッとその位牌を見た。
「と、とにかく、会社に連絡しよう。上に何とかしてもらおう」
 現場監督が言って、目で命令された下っ端がその位牌をお菓子の空き箱に恐々入れて、テーブルの端に置いた。

 新築物件の販売は、よく考えたら変わっている。現物が存在しない状態で、モデルルームを見て判断しなければいけない。
 モデルルームの間取りは確かに建つ予定の間取りにしても、置いてある家具などの小道具は随分とおしゃれで、自分の家の家具と置き換えて考えるのは難しい。更に、絶対にそのクオリティで完成するとの約束の元、契約を交わすのだ。
 その値段は、何かあった時、ちょっと失敗では済まない額であるにもかかわらず。
 モデルルームを数件回って、僕もいい加減疲れた。モデルルームの中は、見に来た人達で、ちょっとしたバーゲン会場状態だ。
「不景気でも、こんなにマンションを買おうと思ってる人はいるんだな」
 御崎 怜みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「まあね。ここは人気だから」
 霜月美里しもつき みさと、若手ナンバーワンのトップ女優だ。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれている。現在、婚約状態にある。
「人気?」
「そう。駅から近い、最寄り駅は大きな乗換駅まですぐ、幹線道路も高速のインターチェンジも近い。スーパーもたくさんあるし病院もある。警察は裏だし、隣は敬君達もいるし」
「最後は個人的な意見だろ。まあ、その条件は僕もいいとは思ってたけどな。皆そう思うんだな」
 僕は言って、美里は、
「素直に、司さんと敬君が近い方がいいって言いなさいよ」
と笑った。
 もう1つ理由を上げると、ここの土地を持っていた会社がそのままここの管理までするというので、価格、管理費が比較的安いのだ。
 まあ、安いと言っても高い。モデルルームを続けて見ていると、3500万円とか4800万円とかの数字が、ただの3500円や4800円に見えて来るから怖い。
 美里は一応変装してはいるが、皆、モデルルーム見学でそれどころじゃなさそうだ。
「まあ、ここだな」
「そうね。あとは部屋タイプね」
「3階の、テラスの広い所がいいかな、僕は」
「いいわね。私もそう思うわ」
「よし。申し込もう。後問題は、クジ運か」
 買いたくても希望者が多くて、クジ引きで決まるものらしい。だから家族全員の名前で申し込んで当たる確率を上げるのだと、不動産会社の御曹司真先輩も言っていた。
 営業マンに声をかけ、商談テーブルへ行くと、そこにいた人物と視線があった。
「あ、やっぱりここか」
「あはは。そうなんだよねえ」
 直が笑う。
 町田 直まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「お互い、あとはクジ運が問題か」
「ギャンブルの神を接待したらどうなの?」
 町田千穂まちだちほ、交通課の警察官だ。仕事ではミニパトで安全且つ大人しい運転をしなければいけないストレスからなのか、オフでハンドルを握ると別人のようになってしまうスピード狂だったが、執事の運転に魅せられて、安全で滑らかな運転に変化した。直よりも1つ年上の姉さん女房だ。
「千穂さん、それはいいアイデアだわ」
「いやいやいや、待って。それはズルだろ」
「マズイねえ。祈るだけだねえ」
「そう。祈るのは、皆してるから、セーフ」
「セーフだねえ」
 僕と直はそう言って、ニヤリと笑って頷き合った。
 
 その男は、パソコンを見ていた。
 かつて住んでいた所がマンションになるらしい。それで、ちょっと見て見たくなったのだ。
 が、実際に行く気はない。ストリートビューだ。
「便利な世の中になったもんだなあ」
 言いながら、その場所を呼び出す。
「ん?」
 完全に更地なのはともかく、その門のあった辺りに立つ女性がいた。
 たまたまそこにいた車や人が写り込むのは普通だ。だから、それは構わない。ただ、こちらを正面から見るその人物が、良く知る人物に見えたのだ。
「まさかな」
 彼は乾いた笑いを浮かべ、電源を落とす事にした。


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