608 / 1,046
ストリートビュー(4)帰宅
しおりを挟む
ラーメン、チョコ、クッキー、バター飴、ジンギスカンのたれ、ハスカップジャム、チーズ、鮭ジャーキー、キタキツネの小さいぬいぐるみ。
次々とお土産を出す。
「うわあ、いっぱい!美味しそう!キツネ、かわいい!!」
敬は、次々に出て来るものに喜ぶ。
「美味しそう!明日、どれから食べよう?」
冴子姉も、ウキウキとそれらを手に取っている。
御崎冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「ジャーキーも美味そうだな。
それより、何かあったのか?」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「いやあ、流石司さんだねえ、怜」
直が苦笑した。
「兄ちゃんに隠し事はできないんだよな。昔から」
言いながら、僕はリビングの広いスペースに行き、サクラリュウセオウを呼んだ。
「え?」
「サクラリュウセオウ。競走馬だ」
「お馬さん!」
ヒヒン!
「……怜、説明しなさい。流石に馬は飼えないぞ」
僕と直は兄に説明をしながら、大人しくしているサクラリュウセオウが背中に敬を乗せてゆっくり歩くのについて歩いていた。
敬はもう大喜びだ。
「その女の子はもう亡くなっているのか」
「そう。事故現場にもいなかったから、成仏してるかも。
まあ、父親に会ってお墓の場所を訊くよ」
「出所はしてるんだな」
「うん。出所後、隣の会社に勤務してて、ここの社宅にも定年まではいたらしいんだ」
「明日、行こうと思うんだねえ」
「そうか。成仏してる方がいいんだろうが、会わせてやりたい気もするな」
言いながら、もうおしまいと敬を下ろす。
「ええ。もうちょっとお馬さんに乗る」
「意外と後で筋肉痛になるんだ。お馬さんは人探しに来ただけだから、また、動物園に見に行こう、敬」
「迷子?」
「ん、そうかな」
「会えるといいね」
ブルン
サクラリュウセオウは鼻先で優しく敬をついて、敬は喜んで笑った。
と、不意に、何か気配がした。サクラリュウセオウも気付いたらしく、耳を立てた。
「外――消えた?」
サクラリュウセオウは僕を鼻先でベランダへと押しやって行く。
「え、何?今の気配がどうかしたのか?
あ、まさか」
「例の女の子かねえ?」
ヒヒンッ
「よし、追えるか?」
ヒンッ!
僕と直はサクラリュウセオウを連れ、慌てて外へ飛び出した。
男は、硬直していた。
電源も入れてないのに、パソコン画面にはストリートビューで見た元社宅が映っていて、そこから女が、出て来ていた。
文字通り、パソコンの向こうから、この部屋へ。
男は動く事もできずに、目を見開いてそれを見ているだけだ。
「あ……あ……」
女は完全に画面から体を抜き出すと、畳の上にスックと立った。
「……見つけた。お父さん」
「桜……」
桜と呼ばれた女は、男を睨むように見据えた。
「どうして、サクラリュウセオウを」
「全て手放しても、お母さんの治療費に足りなかった。ただでさえ借金があったし」
「だから、サクラリュウセオウに保険金をかけて、わざと蹄鉄を緩めてケガをさせて、安楽死させるようにしたっていうの」
「すまん。でも、それしかないと――」
「酷い」
「すまん」
「サクラリュウセオウは兄弟みたいな、私の半身だったのに」
「すまん」
「お母さんの治療費は、もっと、私が・・・無理ね。大学生に貸してくれる所なんてないわ」
「すまん。結局お母さんも死んで、お前も事故で死んで、俺もサギ未遂で捕まって。何も残らなかったなあ」
「お父さん……」
親子で、俯いて黙り込む。
その時、どこかから馬のいななきが聞こえた。
「ん?」
「サクラリュウセオウ?」
「あ」
パソコン画面から、何かが出て来る。
「何?狭い、どこ?」
「うわ、サクラリュウセオウ、ちょっと、説明をしてくれないかねえ」
呆然とパソコンを見る父と娘の霊の前に、パソコン画面から出て来た馬と、それにまたがる2人が現れた。
マンションの前で、サクラリュウセオウに乗れと示されて背に乗った僕と直だったが、その途端、走り出すかと思ったら、穴の中に身をねじ込み始めたのだ。
どう見ても怪しい次元の穴という感じで、狭いし、暗いし、出たと思ったら、四畳半の畳の間で、男と、霊の女とがいた。
「ええっと、こんばんわ」
「そのぉ、何と言いますか、ねえ」
「靴!靴!」
僕と直は男に言われて、靴を脱いで両手で持った。どこから見ても、不審者だ。
だが、男に見覚えがある。
「ん?木戸谷草吾さん?サクラリュウセオウの馬主の?」
「という事は、もしかして霊の方は、お嬢さんの桜さんですかねえ?」
女はサクラリュウセオウの首に腕を巻き付け、サクラリュウセオウは鼻面を彼女にこすりつけていた。訊くまでもない。
「警視庁陰陽課の御崎と申します」
「同じく町田と申しますぅ」
「北海道でサクラリュウセオウが桜さんを探して走り回っていたせいで交通事故を誘発していたので、祓いに行ったんですが」
「ただ会いたいだけだとわかったので、お墓の位置だけでも教えていただこうと思っていたんですがねえ」
「突然霊の気配がしたと思ったら、こういう事に」
「ええっと、これはどういう……?」
すると男は、毎夜位牌から娘の泣き声や怒る声がしてノイローゼになり、神社で位牌を封印してもらってビニールで包み、少しは牧場に似ているかと思って花壇に埋めたと言った。
そして、この頃のニュースを見て社宅が気になってストリートビューで見たら、なぜか映っていた娘が毎日少しずつこちらに近付いて来て、今夜とうとう、パソコン画面から出て来たらしい。
「サクラリュウセオウは桜さんとつながっていて、桜さんはお父さんとつながっていて、それがこういう現象を起こしたんでしょう」
「……驚きました……」
「ボク達もですねえ」
「桜さん、サクラリュウセオウ。ここに留まるのはお勧めできません。向こうへ逝きませんか」
木戸谷さんはピクリと肩を動かしたが、桜さんとサクラリュウセオウは、穏やかに頷いた。
「はい」
「待ってくれ、桜」
「お父さん、色々ごめんなさい。お父さんも辛かったのにね。
もう行くけど、元気でね」
ヒヒン
「済まなかった!桜、サクラリュウセオウ。済まなかった」
木戸谷さんは泣きながら頭を下げる。
「お見送りを」
言って、浄力を桜さんとサクラリュウセオウに当てる。キラキラと光って立ち昇るそれを両手を合わせて見送った木戸谷さんは、号泣した。
ややあって落ち着いたところで、僕達は切り出した。
「位牌は、引き取って下さい。それと、すみませんが、ここはどこでしょう?」
「いやあ、マンション前から直通で来ちゃって」
僕達は、力なく笑った。
外に出て、家に向かって歩き出す。
「今回は、随分距離の長い事件だったな」
「まあ、北海道土産と乗馬は悪くなかったけどねえ」
「ああ。無かった。無かったが……動物園のインドから来た象の霊とかごめんだぞ。本当に、面倒臭い」
想像したのか直は噴き出し、つられて僕も笑いだした。
「まあ、会えてよかったよ」
「はあ。一件落着だねえ」
雲の切れ目から、まばらな星が顔を出していた。
次々とお土産を出す。
「うわあ、いっぱい!美味しそう!キツネ、かわいい!!」
敬は、次々に出て来るものに喜ぶ。
「美味しそう!明日、どれから食べよう?」
冴子姉も、ウキウキとそれらを手に取っている。
御崎冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「ジャーキーも美味そうだな。
それより、何かあったのか?」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「いやあ、流石司さんだねえ、怜」
直が苦笑した。
「兄ちゃんに隠し事はできないんだよな。昔から」
言いながら、僕はリビングの広いスペースに行き、サクラリュウセオウを呼んだ。
「え?」
「サクラリュウセオウ。競走馬だ」
「お馬さん!」
ヒヒン!
「……怜、説明しなさい。流石に馬は飼えないぞ」
僕と直は兄に説明をしながら、大人しくしているサクラリュウセオウが背中に敬を乗せてゆっくり歩くのについて歩いていた。
敬はもう大喜びだ。
「その女の子はもう亡くなっているのか」
「そう。事故現場にもいなかったから、成仏してるかも。
まあ、父親に会ってお墓の場所を訊くよ」
「出所はしてるんだな」
「うん。出所後、隣の会社に勤務してて、ここの社宅にも定年まではいたらしいんだ」
「明日、行こうと思うんだねえ」
「そうか。成仏してる方がいいんだろうが、会わせてやりたい気もするな」
言いながら、もうおしまいと敬を下ろす。
「ええ。もうちょっとお馬さんに乗る」
「意外と後で筋肉痛になるんだ。お馬さんは人探しに来ただけだから、また、動物園に見に行こう、敬」
「迷子?」
「ん、そうかな」
「会えるといいね」
ブルン
サクラリュウセオウは鼻先で優しく敬をついて、敬は喜んで笑った。
と、不意に、何か気配がした。サクラリュウセオウも気付いたらしく、耳を立てた。
「外――消えた?」
サクラリュウセオウは僕を鼻先でベランダへと押しやって行く。
「え、何?今の気配がどうかしたのか?
あ、まさか」
「例の女の子かねえ?」
ヒヒンッ
「よし、追えるか?」
ヒンッ!
僕と直はサクラリュウセオウを連れ、慌てて外へ飛び出した。
男は、硬直していた。
電源も入れてないのに、パソコン画面にはストリートビューで見た元社宅が映っていて、そこから女が、出て来ていた。
文字通り、パソコンの向こうから、この部屋へ。
男は動く事もできずに、目を見開いてそれを見ているだけだ。
「あ……あ……」
女は完全に画面から体を抜き出すと、畳の上にスックと立った。
「……見つけた。お父さん」
「桜……」
桜と呼ばれた女は、男を睨むように見据えた。
「どうして、サクラリュウセオウを」
「全て手放しても、お母さんの治療費に足りなかった。ただでさえ借金があったし」
「だから、サクラリュウセオウに保険金をかけて、わざと蹄鉄を緩めてケガをさせて、安楽死させるようにしたっていうの」
「すまん。でも、それしかないと――」
「酷い」
「すまん」
「サクラリュウセオウは兄弟みたいな、私の半身だったのに」
「すまん」
「お母さんの治療費は、もっと、私が・・・無理ね。大学生に貸してくれる所なんてないわ」
「すまん。結局お母さんも死んで、お前も事故で死んで、俺もサギ未遂で捕まって。何も残らなかったなあ」
「お父さん……」
親子で、俯いて黙り込む。
その時、どこかから馬のいななきが聞こえた。
「ん?」
「サクラリュウセオウ?」
「あ」
パソコン画面から、何かが出て来る。
「何?狭い、どこ?」
「うわ、サクラリュウセオウ、ちょっと、説明をしてくれないかねえ」
呆然とパソコンを見る父と娘の霊の前に、パソコン画面から出て来た馬と、それにまたがる2人が現れた。
マンションの前で、サクラリュウセオウに乗れと示されて背に乗った僕と直だったが、その途端、走り出すかと思ったら、穴の中に身をねじ込み始めたのだ。
どう見ても怪しい次元の穴という感じで、狭いし、暗いし、出たと思ったら、四畳半の畳の間で、男と、霊の女とがいた。
「ええっと、こんばんわ」
「そのぉ、何と言いますか、ねえ」
「靴!靴!」
僕と直は男に言われて、靴を脱いで両手で持った。どこから見ても、不審者だ。
だが、男に見覚えがある。
「ん?木戸谷草吾さん?サクラリュウセオウの馬主の?」
「という事は、もしかして霊の方は、お嬢さんの桜さんですかねえ?」
女はサクラリュウセオウの首に腕を巻き付け、サクラリュウセオウは鼻面を彼女にこすりつけていた。訊くまでもない。
「警視庁陰陽課の御崎と申します」
「同じく町田と申しますぅ」
「北海道でサクラリュウセオウが桜さんを探して走り回っていたせいで交通事故を誘発していたので、祓いに行ったんですが」
「ただ会いたいだけだとわかったので、お墓の位置だけでも教えていただこうと思っていたんですがねえ」
「突然霊の気配がしたと思ったら、こういう事に」
「ええっと、これはどういう……?」
すると男は、毎夜位牌から娘の泣き声や怒る声がしてノイローゼになり、神社で位牌を封印してもらってビニールで包み、少しは牧場に似ているかと思って花壇に埋めたと言った。
そして、この頃のニュースを見て社宅が気になってストリートビューで見たら、なぜか映っていた娘が毎日少しずつこちらに近付いて来て、今夜とうとう、パソコン画面から出て来たらしい。
「サクラリュウセオウは桜さんとつながっていて、桜さんはお父さんとつながっていて、それがこういう現象を起こしたんでしょう」
「……驚きました……」
「ボク達もですねえ」
「桜さん、サクラリュウセオウ。ここに留まるのはお勧めできません。向こうへ逝きませんか」
木戸谷さんはピクリと肩を動かしたが、桜さんとサクラリュウセオウは、穏やかに頷いた。
「はい」
「待ってくれ、桜」
「お父さん、色々ごめんなさい。お父さんも辛かったのにね。
もう行くけど、元気でね」
ヒヒン
「済まなかった!桜、サクラリュウセオウ。済まなかった」
木戸谷さんは泣きながら頭を下げる。
「お見送りを」
言って、浄力を桜さんとサクラリュウセオウに当てる。キラキラと光って立ち昇るそれを両手を合わせて見送った木戸谷さんは、号泣した。
ややあって落ち着いたところで、僕達は切り出した。
「位牌は、引き取って下さい。それと、すみませんが、ここはどこでしょう?」
「いやあ、マンション前から直通で来ちゃって」
僕達は、力なく笑った。
外に出て、家に向かって歩き出す。
「今回は、随分距離の長い事件だったな」
「まあ、北海道土産と乗馬は悪くなかったけどねえ」
「ああ。無かった。無かったが……動物園のインドから来た象の霊とかごめんだぞ。本当に、面倒臭い」
想像したのか直は噴き出し、つられて僕も笑いだした。
「まあ、会えてよかったよ」
「はあ。一件落着だねえ」
雲の切れ目から、まばらな星が顔を出していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
200
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる