宝石の街〜精霊の宿るもの〜

霧乃

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4 宝を探して

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今日も客は来ない。
 窓から見える通りに誰かが歩いているのが見えたが、こちらに来る様子はなかった。

(教会関係者も混ざっているんだろうな)

 商品の棚を片付けながら、エルツはぼんやりと考える。
 昨日預かることになった忘れ形見の少女は、自身の姉を捜しにどこか遠いところからたったひとりで来たらしい。身体に貴石を宿した姿は目立つだろうに、よく無事だったものだ、と他人ながら心配してしまった。

 そう、他人なのだ。
 一昨日変な縁で会ってしまった、赤の他人。姉など知る由もない。
 当の彼女は、そんなことを言っても聞かず、この家と決めつけている。

 適当に店番をしていれば、クリューが色々聞いて来るので、とてもぼうっとしていることは出来なかった。すっかり慣れたブルガに巻きつきながら、興味深そうに彼を見上げる。

「ほう! おまえは鉱石加工をする職人なのか!」
「まだ見習いだ。ここでは教会で行われる試験に合格しないと正式に貴工職人と名乗れないんだ。合格してもやっとスタートラインで…」

 一流の職人への厳しい道を説くエルツに解っているのかないのか、クリューはふーんと相槌を打つ。

「教会はなにをしているんだ?」
「…教会は職人である貴工職人と、町の外れの鉱山で石を掘る坑夫、それに石を扱う商人達…石に関わる人間の間に入って仲介して取りまとめている。石は貴重だから、どこかが損をしてどこかが得をするようなことを防がないといけない。それと…」
「それと?」
「貴石の精霊たちを崇めている」
「ふむ?」

 イルダの教会が伝える、ひとつの伝説。
 その昔、魔法石を求め旅をしていたひとりの男が山の中で道に迷った。獣と魔物に追われ、あわやここまで、と思った時、ひとりの貴石の精霊が現れて、男に手を差し伸べた。
 精霊の神秘に獣も魔物も逃げ出し、そして男は聖霊に導かれイルダにたどり着く。
 そこは貴石に溢れる豊かな地だった…ーーー。

 その伝説が真実であるかは不明だが、この街は昔から豊かで、且つ山々に囲まれているため他国にも攻め入られても無事だった経緯がある。教会が精霊を崇めているのもそう言った伝説があるからだ。

「ふむ…それで原初の精霊はどこにいったのだ?」
「ん? もう精霊は姿をめったに表さないって話だし、元の世界に帰ったとかじゃないか…?」

 興味津々な彼女の質問に答えていたら、それだけで日が暮れそうだ、とエルツは思った。客が来ないからと言ってやることがないわけではない。掃除も買い出しもやらないといけない。

「それで、お前の姉さんの手掛かりは見つかったのか?」
「そうなのだ! この家をくまなく見たところ、怪しいところがふたつ、あった」
「そんなにあったのか…?」

 予想外の言葉に、エルツは眉間にシワを寄せる。

「ひとつはここだ!」

軽い足取り駆けていったクリューがどーん、と大げさに指差した先は店のすぐ奥、作業場の、鍵のかかった引き出しだった。

「こ、ここか…?」
「そうなのだ。ここからは魔力の匂いがする。わたしの姉さまは魔力が強い人だったから、なにか手掛かりがあるかもしれない」
「いや、それはどうだろうな…」

 エルツがポケットから取り出した鍵で引き出しを開ければ、青に仄かに輝く魔法石があった。
 この鍵は本来、父親が大事に金庫にしまっていたものだが、エルツがこっそりと拝借していたものだった。

「魔法石だ!」
「どいつもこいつも、なんで分かるんだろうな…」

 エルツは髪を掻き揚げて頭を捻る。
 そこには紫色に仄かに輝く、拳より小さい貴石が保管されていた。クリューはそれを覗き込む。彼女の翠色の瞳がキラッと煌めく。

「これは?」
「これは親父の魔法石だよ。貴工職人の試験に合格すると、こいつを与えられて、加工用の魔道具を使えるようになるんだ。魔法石は希少だから、基本的に教会が管理している」
「おまえみたいな見習いとやらはどうしてるんだ?」
「見習いは貴工師の監視の元で魔法石を使うか、あとは水車とか、自然の力で動く道具を使う」
「ふむ」

…故に、教会の騎士である兄貴分に使っていることがバレているのはかなり、まずいのだ。最初は注意ですむかも知れないが、魔法石が暴発でもしたら父親の免許が剥奪と言う話にもなりかねない。
 昨日の会話を思い出し、エルツは身震いした。

「それでなんだ、関係ありそうなのか?」
「うむ…微かに姉さまの気配は感じるが、小さすぎてよく分からない」
「じゃあ後はどこなんだ?」
「こっちだ!」


**

 彼女が意気揚々と立ち止まったのは、簡素な木の扉の前。
 見覚えがありすぎるそこは。

「このカギのかかった部屋だ! ここが怪しい!」
「ここは俺の部屋だ」
「そうなのか! なら話が早い、はやく開けてくれ。朝おまえの部屋に入った時からなんだか感じるものがあったが…。やはり気になる」
「だめだ」
「なぜだ?」
「ここにはお前の期待するようなものはなにもないからだ」

 きっぱりと言い放ち、眉間にしわを寄せ譲らない態度のエルツに、クリューは唇を尖らせる。彼女もまた譲れないのだろう、しばらく睨み合う。
 先に動いたのは、クリューの方だった。ふうっと幼い外見に似合わず落ち着き払って息をつき。翠の瞳をエルツに向けた。

「それはうそだ。わたしには自信がある」

 その美しい貴石の瞳に、うっと息を詰まらせる。
 色は違えど見覚えがある。その煌めきに。

『ねえエルツ…私の瞳キレイじゃない?』

 そう言って笑う瞳は鮮やかな紫の煌めきだった。今でも忘れることはない…その瞳。
 エルツは翠を瞳を見つめながら、痛々しく目を細めた。
 
「なあ…お前も忘れ形見だろ。
 …遠からずその石に呑まれて死んでしまうんだ…怖くないのか?」

 忘れ形見は短命である。
 人の身に発現するのは強い力を持った貴石で、忘れ形見は遅かれ早かれ、全身が石になるか、人としての生命維持が出来ずに若くて命を散らす。
 今ではもう、出現が噂されればすぐに教会が保護するので事実今どうなっているか一般人に知られることはないが、それは誰もが認識している事実だった。
 それでも人は、忘れ形見と崇めている。教会がそう仕向けている。
 エルツはぎゅっと目を閉じる。

 唐突に紡がれた言葉に、クリューは首を傾げた。
 心底言っている意味が分からないという風に。

「? わたしは死なない」

ああこいつは。

「そんなこと…」

 あるはずない、忘れ形見とはそういうものだから…そう続けようとした言葉は、続かなかった。
 鍵のかかった扉の向こう側から、とんでもない破壊音が聞こえたからだった。
 ドカーン! と、まさしくそういう、鉱山で岩山を砕く爆破用の魔道具が弾けるような、そんな音が部屋の中で響いた。ビリビリと余韻が家を揺さぶり、キーンと響いた耳を押さえ、エルツは呆然と扉を見つめた。

「え? は!?」
「大変だエルツ! なにかものすごい魔力の塊がつっこんできたぞ!!」
 
 クリューの言葉に慌てて扉の鍵を開ければ、閉められた窓が盛大に壊れていて、すっかり粉々になっていた。そして無残に部屋に散らばっていた。

「あら! バレちゃった? でも目的は無事達成したから! これ、いただいていくわね!」

 そこにいたのは、手に箒をもち、暗い闇色のローブを身につけ、そして魔力を帯びたアクセサリーをつけた女…それは魔女だった。
 魔法石で自分の魔力を増幅し、魔法を扱う人々。この町では魔法石は採掘されるが、一括して教会が管理しており一般には出回らないため、そうそう表舞台に出てこない裏の世界の者たち。
 正規の取引を求めて、教会に出入りしている闇色のローブは自体はエルツは何度か見たことがあるが、話したことなどなかった。

 エルツが驚きで固まっていると、クリューが一歩踏み出した。

「おまえっその手に持っているのは!」
「ふふ! あなたを泳がせておいて正解だったわ! あなたのその魔力を帯びた石も魅力的だけど、生身を連れ歩くのは面倒だからいらないの。これは私がいただいていくから!」
「それは…!」

 エルツははっと顔を上げる。魔女が手に持っていたのは、エルツの部屋に保管されていた魔法石だった。
 
「待て! それは俺のだ!」

 叫ぶ声も虚しく、魔女は颯爽と箒に跨り、破壊されて広がった窓から逃れていった。
 エルツはそこから身を乗り出して魔女の姿を追ったが、空には鳥がのんびり飛ぶばかりで魔女の姿はどこにも見えなかった。
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