手出しさせてやろうじゃないの! ~公爵令嬢の幼なじみは王子様~

薄影メガネ

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番外編

①落ちたひな鳥

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 これは、幼き日に王城の秘密の庭園で何時いつものようにエルフリーデとジュードが無邪気に時を重ねていた頃のお話──



「あれっ? ジュードなにかジメンにおちてるよ?」
「えっ?」

 エルフリーデに言われて見下ろした場所には、少し薄汚れた灰色の毛玉が落ちていた。よくよく見るとそれはもふもふした羽の生えている小さな鳥だった。

「ああ、鳥のひなだね」
「ヒ、ナ?」
「鳥の赤ちゃんだよ」
「アカちゃん……」
「うん、どうやら木の上から落ちてきたみたいだね。ほらっあそこに巣が見える」
「す?」
「うん、沢山小枝が重なっている場所があるでしょ? あれが鳥の巣だよ」

 日差しを避けてまぶしそうに手を額にかざしながら眺めているジュードの視線の先には巨大な大木があった。

「このこ、ないてるよ?」

 エルフリーデが怖々とした様子で拾い上げるとひな鳥は口を大きく開けてピーピー鳴きだしてしまった。 

「そうだね。巣に戻りたがってるんだ。それに戻れないとこのままでは死んでしまうからね」
「アカちゃんもどらないとしんじゃうの?」
「うん、僕が登って戻すからその雛を渡し……ん? リー? いったい何処どこへ──って」

 会話の途中で忽然こつぜんと姿を消した婚約者を探していたジュードの視界に、次の瞬間驚くべきものが入ってきた。それはもう半ばまで木を登り始めているエルフリーデの姿で。どうやらジュードから巣の話を聞いた時にはもう、エルフリーデはひな鳥を片手に目の前の大木を登り始めていたようだ。
 それにしても話ながら登っていたとは以外と器用だなと余計なことを考えつつ、普段は物静かで大人なジュードにしては珍しく声を張り上げて制止の声をかけた。

「リー!? 何してるのっ!?」
「もどすの。アカちゃん」
「それは僕がやるから! 駄目だよリー! 降りてきて!」
「や~だ~」
「可愛く言っても駄目だよ! ほらっ早く降りて!」
「あとね。もうちょっとなの」 
「リー! 駄目だって……──っ!」

 エルフリーデが猿のようにするすると身軽に登って、あっという間に巣の前まで到達したまではよかった。問題はその後だ。ひな鳥を巣に戻せたことに安心してジュードを振り返った時に、エルフリーデは足を踏み外してしまった。

「リ──────ッ!」

 落下してくる小さな身体をジュードは全身で何とか受け止めてその場に尻餅をついた。受け止めた時、瞬間的にズシンと重みと衝撃を感じて。それから少しして我に返ると、ジュードはその柔らかくてふわふわしたエルフリーデの身体に傷がないか確かめた。エルフリーデはジュードの上でビックリして目をパチパチしているものの。幸い無傷だった。

「あはは、おちちゃったね~」

 呑気のんきにもお気楽な口調でエルフリーデにそう言われてジュードの回りの空気が一瞬凍った。それもジュードの身体が少しだけれたようにも見えるけれど気のせいだろうか? とエルフリーデが首を不思議そうにかしげていると──

「リー……リーはもう木登り禁止だ」
「えっ? どおして?」
「どうしても。とにかく、木登りは今後一切禁止」
「ふぇっ……やぁ~だぁ~」

 口調はつたなくそしてものすごく緩いがエルフリーデの思いは本物だった。必死にチョコレートを連想させるふわふわの栗色の髪を振って、目に涙を溜め込みながらジュードに何度も緩い口調で嫌だと言って抱きついてくる。

「可愛く言っても駄目だからね?」
「じゅ、ジュードぉ~」
「リー、駄目だよ」
「ふわーん」
「泣いても駄目だよ」

 何時も優しいジュードに注意されて行動を規制されたことにビックリして。それからエルフリーデはその決定事項に逆らえないことにいきどおりを感じるよりも、遊びが減ったことが悲しくて泣き出してしまった。それも盛大に可愛らしく。ジュードの胸元で両手を目に押し当てながら泣きじゃくっている。

「ひっく、うっく、どおして、ひっく、ダメなの?」
「リーが怪我するからだよ」
「ケガ、ひっく、しないように、ひっく、したらいい? エルフリーデきにのぼっても、ひっく、いい?」
「リー……」

 ジュードは胸元で泣いている婚約者の身体を引き寄せて抱き締めた。好きな人を泣かせるのは嫌だが。怪我をされるのはもっと嫌だった。だからこればかりはエルフリーデに言い聞かせるしかないとジュードは腹をくくった。

「リーは僕に怪我して欲しいと思う?」
「えっ? ひっく、なあに?」
「僕が木に登って怪我したら嫌じゃないかな?」
「ジュードが、……ケガするの?」
「うん」
「……やだ」
「なら僕が駄目って言ったの聞いてくれる?」
「…………」
「リー?」
「どっちもやっ!」
「…………」

 ぷくっと頬を膨らませてムーとしている婚約者の顔を見ながら、どこでそんな返しを覚えたんだとジュードは頭を悩ませた。

「分かったよ。じゃあ交換条件はどうかな?」
「こうかんじょおけん?」

 なあに? とジュードの膝上でチョコンと座って、それから可愛く首を傾げてエルフリーデはジュードの言葉を待っている。エルフリーデの頭の中はジュードが提示した交換条件とやらですっかり一杯になっていて、変わり身早く涙は止まっていた。

「リーが木に登りたくなったら、僕が代わりにリーを抱き上げるってどうかな?」
「だっこ?」
「うん」
「…………」

 エルフリーデはすごく迷っていた。大好きなジュードが木に登りたいと言ったらその代わりに抱き上げてくれる。両親ですら職務に忙しくてなかなかエルフリーデを抱き上げたり触れてくることは少ないのに、そう言う度に大好きな人が抱き上げてくれるのは正直なところエルフリーデにとって相当に魅力的な交換条件だった。

「ジュード」
「ん?」
「き、のぼりたい」
「……それって抱き上げて欲しいってことかな?」
 
 ジュードにそう聞かれてエルフリーデがコクリと小さな頭を下げる。ジュードは要望通りにエルフリーデの身体をそっと掴んで抱き上げた。

「ジュードすき~」

 嬉しそうに頬を寄せて抱きついてくる愛しい婚約者の背中に手を回しながら、ジュードは素直に交換条件を聞き入れてくれた泣き虫な婚約者の告白に優しく返事を返した。

「うん、僕もリーのこと好きだよ」

 こうして少しずつエルフリーデは幼い頃から交換条件を提示されてジュードに行動を規制されていった。
 そして現在の口うるさい幼なじみが出来上がっていくことになるのだが。致命的にもエルフリーデは自分の行動が原因だという自覚を一切持たないまま成長して大人になった。
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