責任とって婿にします!

薄影メガネ

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本編

33、物騒な言葉

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「キエロ……」

「はい」

「お前はどう思う? 彼女は……」

「混乱されているようですね」

「そのようだな……」

 リリヤの変化をつぶさに見極めながら、オルグレンは様子を観察し続けていた。
 興味深く、けれど淡々と会話をこなし。オルグレンは目の前で酷く機嫌を損ねているリリヤの考えを知ろうとしていた。

「それもリリヤ様はユハナ様にキスの誓いまでされたのですよ!」

「ヒルダ!?」

 一緒に帰ってきたにもかかわらず。オルグレン達の剣幕けんまくされて黙っていたヒルダが、最悪のタイミングで口を出した。
 隣に並ぶクリスまでもが訳知り顔で頷いている。

「キスの誓い……?」

 リリヤに向き直ったオルグレンの綺麗な眉が、いよいよつり上がってきたのを見て。リリヤは無意識にも自分で自分を抱き締めていた。

 ゆっくりとリリヤの方へ向かって歩いてくるオルグレンが。リリヤの鼻先まできて止まった。
 
「キスの誓いとはいったいどういうことだ?」

 鉄格子に追い詰められる格好になったリリヤの額に浮かぶ汗。
 暗雲が立ち込める牢獄で。オルグレンがリリヤの後方にある鉄格子をグッとつかんだ。

 ひるんだリリヤをのぞき込むオルグレンの影がリリヤの顔に重なり。リリヤの視界を埋めるのはオルグレンの整った美しい顔だけになった。 

「あの……実際にキスした訳ではないのですよ?」

「……当たり前だ」

 ならどうしてそんなに怖い顔をしているのか。
 両脇からがっちりとオルグレンの腕に挟まれて身動きがとれず。呆れたように返すオルグレンの息が頬にかかりそうなくらい近い。

 この体勢は物凄くリリヤの心臓に悪いようだ。
 止まらない動悸どうきとオルグレンの色気に追い詰められて。リリヤはどうにかしてオルグレンから逃げ出したくてたまらなくなっていた──と、そんなところに。外野からとどめの一撃が繰り出された。

「リリヤ様はユハナ様とお約束されたのですわ! 殿下の延命に関わる材料をユハナ様が先に手に入れることができたら唇を許すと!」

「ひっヒルダっ!? お願いこれ以上誤解されるようなことを言わないで頂戴っ!」

 突然の告白。それも本人ではなく部外者からの報告に。リリヤは息を詰まらせる。

 ここにきてまたヒルダがわめき出すとは。
 口には出さずにいたが、実はユハナの件を相当怒っていたようだ。
 言っちゃダメと口をぱくぱくさせているリリヤに構わず。ヒルダは先を続けてしまった。

「嘘ではありませんわ。ユハナ様がリリヤ様をおしたいしているとおっしゃっておりましたのをわたくし聞きましたもの!」

「きゃあっ!? ヒルダっ! 何てことをオルグレン様に報告するのです!? ユハナとのことはオルグレン様には関係ないではありませんかっ!」

 オロオロするばかりのリリヤにヒルダは容赦ない。

 主人への不義ふぎを働こうとしてる婚約者に怒るのは分かるが。興奮したヒルダを何とかなだめようと。リリヤはオルグレンの腕に挟まれた体勢から抜け出そうとして──血の気が引いた。

「関係ない、か……」

 殺気立ったオルグレンの瞳に映るのは怯えた自分の姿。

「──それで貴女は了承したのか?」

 下手な返事をしたら唇を奪われるだけではすまされない気がした。

「は、はい……でも、オルグレン様が延命できれば私は用済みになりますからユハナとキスしても別段、問題はないかと思ったのです……」

「問題はないだと?」

「申し訳ございませ──きゃっ!」

 怒りのままリリヤの頬に伸ばした手を。触れる寸前までいって──けれどオルグレンはリリヤに触れることなく引っ込めてしまった。
 こらえるように手を強く握りしめている。

「お、オルグレン様……?」

 困ったことに話せば話すほど。事態が悪化していく。

 怯えて萎縮いしゅくしたリリヤに。触れることを諦めたオルグレンのギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。
 ここまでの反応をオルグレンが示すとは。まるでリリヤを本気で愛しているように見えるではないか。

「……貴女には当面の間、外出を禁止する」

「当面の間? それは……いったいいつまでですか?」

 リリヤの質問には答えず。オルグレンが手を差し出してきた。

「手袋を外しなさい。今すぐに」

「え……? どうしてですか?」

「リリヤ」

「……はい」

 有無を言わせぬ強い口調にリリヤは従い。素直にそれを手渡した。

 すると、手袋をどうするつもりなのか。いぶかしげな顔をするリリヤの前で、オルグレンは手袋を破り捨ててしまった。

「──そんなっ!!」

 あっという間の出来事に成す術もなく。
 ビリビリに破かれてしまった手袋の残骸が床に散らばっていく。
 壁と同じ。薄墨色うすずみいろの岩の地面に散乱した白地の手袋──もはや布の断片となったそれをしゃがみながら拾い上げて。リリヤは涙ぐんだ赤い瞳をキッとオルグレンに向けた。

「貴女は命の一部を奪った責任を取って本当に俺と結婚するつもりがあるのか? 手袋をしていなければ相手の感情を読み取ってしまうからと。人に触れることのできない貴女が他の男に唇を許す約束をしたのはどういうことだ?」

「それは……」

「その男が好きなのか?」

「え……?」

 好きかと聞かれれば。嫌いになれる要素など一つもないくらいユハナは優しい。
 一緒にいると不思議と安心する。

 それが恋愛の好きなのかと言われると少し違う気がしたが。
 そんな気持ちを持っているとオルグレンに知れれば。今度はいったいどれだけ怖い反応をされるのだろう。そうリリヤが逡巡しゅんじゅんしていると、

「……貴女が他の男に触れることを許すなら。俺は躊躇ためらいなくその機会をつぶす」

 答えなかったことで誤解をさせてしまったのかもしれない。
 リリヤに向けられた怒りを含んだ眼差まなざしの強さと。オルグレンの口から出た物騒ぶっそうな言葉に。リリヤはビクリと肩を震わせた。
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