責任とって婿にします!

薄影メガネ

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本編

2、公子との対面

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 魔女の使う魔術は基本的に無音魔術と言われており。呪文の詠唱といった手続きは特段、必要ない。だからこそ魔女の使用している魔術の効力を見極めるのは困難と言われている。

「複製、複写、擬態、模造……複数の魔力構成による別の人物の姿を投影した借り物の姿か……それを保つために使われるのは幻──貴女が今使っている魔術は術者の理想郷を体現するために用いられる幻術のようだが……」

 それをあっさり見破ったのは一人の少年。
 多彩な容姿のサマースキル公国には珍しい、からすの濡れ羽色の艶めく黒髪に角度によっては紫にも見える黒──紫暗しあんの瞳を所持しており。遠目に見える凛然りんぜんとした立ち姿は黒の貴公子と名高く。均整のとれた中肉中背の肢体にすんなりと伸びた手足、繊細な輪郭に映える目鼻立ちは少女のように可憐で美しい。
 サマースキル公国の一般的な履き物である革のサンダルに、腹部の露出した細かな刺繍が施されている豪奢な薄布を身にまとい、片側の肩だけに掛けられたマントが風になびく姿は改めて確認するまでもない。

「……第三公子オルグレン・リード・レイヴンズクロフト」

「いかにも」

 驚きに目を見張り唖然とその名を口にしたリリヤに。オルグレンは静かに頷き大人びた表情を向けてきた。

 弱冠じゃっかん十六歳にして、公族の中でも一、二を争う人気の。公国の女達を魅了してやまない美少年の登場に。女達の熱い視線が注がれるのと同時にキャーっと歓喜の悲鳴があちこちから聞こえてくる。

 ただでさえ騒ぎを聞きつけた人々で大通りには人垣ができてきているというのに。離れた場所からでも分かるその整った顔立ちは、行き交う人々の目を釘付けにした。

(不味い……これ以上下手に目立ちたくないのに…………)

 リリヤと兵士達を囲う見物人の数が増していく。リリヤはごくりと唾を飲み。更なる緊張にキュッと口元を引き締めた。

 白の魔女リリヤに命の一部を奪われた公子直々の登場に、誰より驚いていたのはリリヤだった。
 公子の命を奪ったのは、まだろくに目も開いていないような乳飲み子──公子が生まれて間もない頃の話だ。こうして成長した公子と対面するのはこれが初めてだった。

 嫌われているのか。敵だと思われているのか。それとも殺したいほど憎まれているのか。正直、この綺麗な公子からどのような扱いを受けるのか、リリヤには全く想像がつかなかった。

(少なくとも丁重に扱われることはない、ですよね……)

 被害者である公子の反応をリリヤが思考している最中にも。サマースキル公国の誇りそのものと名高き公子が、悠然とリリヤの方へ向かって歩いてくる。そうして臆することなく公子、オルグレンは四方にリリヤを囲む兵士達の先頭に立った。
 といってもまだリリヤとの距離は大分ある。魔女の魔力を恐れて兵士達が警戒に距離を空けていたからだ。

「貴女が俺の探していた魔女であることに相違ないようだが……今一度尋ねよう。貴女は白の魔女、リリヤ・ソールズベリーであることに間違いはないか?」

 自然と人波がオルグレンを中心に開かれていくような存在感カリスマ性は生まれ持ったものだろう。遠目からも分かる程の美貌と、オルグレンの洗練された紳士な態度に魅せられて、普通の町娘なら軽くほだされてしまうところだが、

「いいえ、残念ですが……違います。私は確かに魔女ですが別の魔女です。そのような名ではないと先程もそこの兵士に話したはず」

 オルグレンの後方に控えるキエロを見やり、リリヤは小さくかぶりを振って、魅惑的な公子の質問をかたくなに否定した。

「では、どのような名だかお聞かせ願いたい」

 自分の正体が白の魔女だと確信させてはならない。だからリリヤは更なるオルグレンの問いかけには答えず、わざと小馬鹿にしたように笑った。

「第三公子の尊き御身が何故ここに? それとも王城はよほど人手不足なのですか?」

 リリヤは己の潔白を示すため。自分は白の魔女ではなく普通の魔女だと、無関係を演じ切らなければならなかったのだが……

「公国の治世は黒の魔女の采配さいはいによって保たれている。人間も魔女も等しく尊き民とする国政はけして失われてはならないものだ。国を愛し、女王に信頼を寄せる民を守るため尽力するのに市民も公族こうぞくも何ら違いはない」

「黒の魔女の統治を維持するためのこれは一端だと? 私は公子様のおっしゃる秩序を保つための見せしめということですか」

「……貴女は自分を魔女だということは認めても。魔女の誇りを守るつもりはないのだな」

「っ!」

 残念なことに思惑おもわくは初っぱなから失敗した。

 オルグレンはリリヤの皮肉混じりの呟きに、誤魔化しが混ざるのを見逃さなかった。更にはリリヤの行動は同族をおとしめている。そう暗に言われたことへの恥辱に頬がカッと熱くなる。

「……だから来たというのですか? 公子様直々に?」

 相手をあなどり見破られたことへの不満をあらわに。オルグレンの命令することに慣れた口調に反応して、緊張に頬が引きつりそうになるのをリリヤは必死にこらえていた。

「警戒する気持ちは分かるが。これも公務の一環だ。民の安全を守るのは我ら公族に課せられた義務でもある」

「…………」

 リリヤはミスをした。
 オルグレンの若く純粋な雰囲気に油断して、単純な挑発がつい口から零れるなんて力量が知れるというものだ。

 これほど惨めな対面があるだろうか。
 全てが見透かされているのだ。この年若き公子に。こんな年下の少年にやり込められた悔しさと、情けなさと、自身への失望に。リリヤは強く手を握り締めた。
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