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本編
5、真夜中過ぎの牢獄
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降参の名乗りと共にリリヤの姿が変わった。
あっという間にただの町娘から、人外のものへと変化したその姿は、この場にいる誰よりも美しかった。しかし、それは同時に少しの衝撃で脆くも崩れ去りそうな。そんな危うさと儚さ。そして刹那的な強さを兼ね備えた、まるで諸刃の剣のような印象を周りに与えた。
外見年齢的には町娘の姿のときと同じ。十六、七といったところだが、白の魔女は三百歳を越える長命の魔女である。見た目は全くあてにならない。
陶器のように滑らかな肌は雪のように白く、腰元まで伸びたプラチナブロンドの髪色と溶け合うように馴染んでいて。自然の木の実を連想させる赤い大きな瞳は、そこに写り込む景色すらも美しく瞳を輝かせている。
町娘の姿をしていたときには違和感を覚えた、肘まで覆うその特徴的な純白の長い手袋は。今の姿にとてもよく似合っていた。肩肘にふんわりとかけた薄手のストールと、白と緑を基調としたドレス姿の美しい女性──白の魔女と呼ばれる所以そのものの真白き姿は、一見するとエルフのように耳の先が少し尖っているのもあって。一目見ただけで人外を強く意識してしまう。
何もかもが規格外の娘だった。
「……だから人間は嫌い」
驚きに静まり返った大通りに。不機嫌にポツリと呟くリリヤの声が頼りなく響いた。
心細げで。まるで迷子の子供のような顔をしていることに、リリヤは気付いていなかった。それがオルグレンの目にどう映っているのかも。
(さようなら……レティ…………)
永遠に続く交流などあり得ないのだと、リリヤは悟った。
(きっと、レティのせいじゃないんだわ……私は……いいえ、私が。私が勝手に信頼して一方的に期待していただけ……)
もう町娘として生活していたときの暮らしには戻れない。正体を民の前に晒したということは友との決別を意味していた。
◇◇◇◇
──それから数時間後、
真夜中過ぎの王城の地下牢で、リリヤは鉄格子のはまった高い窓枠から零れる夜光と、夜空に輝く小さな煌めきを心静かに見上げていた。
サマースキル公国は黒の魔女の魔力によって一年中、温暖が続く魔女の国。季節が変わることはない。けれど、夜は少しだけ涼やかで。目を瞑ると虫たちの鳴く声が耳に心地良く聞こえてくる。
「──そうして立っていると。まるで神託が下るのを待つ祈りの聖女のようだな」
暗い牢獄の中で、手持ち無沙汰に両手を祈るように胸の前に組み。夜が深々と更けっていくのを望見していたリリヤに。
いつの間にやってきたのか。連行され、牢獄に入れられてからずっと姿を消していたオルグレンが、幾重にも厳重に鍵のかけられた重々しい鉄格子の扉越しに話し掛けてきた。
その後ろにはゆらゆらと揺らめく赤い松明の炎が見える。どうやらオルグレンの専任守備隊長、キエロがオルグレンの後方に控えているようだ。
「待たせてすまない。少し済ませなければならない用件があった」
「…………」
リリヤはオルグレンを冷たく一瞥すると直ぐに視線を外してしまった。
見る価値もないとでも言うように、オルグレンに背中を向けたリリヤに。オルグレンは暫しの間、そうして辛抱強くリリヤが応えるのを待っていたが、
「貴女はこのまま牢獄の奥に引きこもって口を利かないつもりなのか?」
一向に返事のないリリヤに痺れを切らしたようだ。オルグレンがまた感情のこもらない淡々とした口調で話しかけてきた。
(はぁ…………諦めないのね。このまま黙っててもこの子、あの調子で私が話をするまで待ってそうだし……妙に大人びてて問題児の扱いとか長期戦とかそういうの得意みたいだし──って、うっ不味い)
仕方なしに振り返ると。鉄格子越しにジーっとリリヤを見ていたオルグレンとばっちり目が合ってしまった。
それも、微動だにせず。オルグレンはリリヤの言葉を待っている。
(え、えーっと……あらっ?)
どうやらオルグレンは感情をあまり言葉に出さない性格らしい。代わりに雰囲気だけで思いを伝えてくる。
今のオルグレンは表情こそ無機質な人形のように変化はないものの。大通りで対面したときとはまるで様子が違っていた。
指名手配の魔女を相手に厳格な物言いで対処していたあのときは。完璧な公子そのものの振るまいと、高貴な公族の威厳に満ち溢れていたのに。今は責めるでもなく咎めるでもなく、ただただこちらの様子を見ているだけだ。そこに強制も強要もない。
(この子どうしてこんな……)
オルグレンの美しく整った顔立ちに浮かぶ表情は常に硬く。全く隙を見せようとしない。流れるような黒髪と紫暗の瞳──その落ち着いた色合いが、余計に真面目な印象を周囲に与えてしまう。
オルグレンは普段から公族としての体面を保つことを優先しなければならない。だからこそ、そんなオルグレンが民の前では見せなかった姿にリリヤはたじろいだ。
「どうかしたのか?」
無意識なのか。わざとなのか。はたまた巧妙に仕組まれた罠なのか。
言葉遣いこそ年長者のそれだが、
落ち着き払った権威ある大人のような話し方をするオルグレンは、リリヤの子供っぽい言動を注意するのとは裏腹に。どこまでも優しく、リリヤの意思を尊重していた。
あっという間にただの町娘から、人外のものへと変化したその姿は、この場にいる誰よりも美しかった。しかし、それは同時に少しの衝撃で脆くも崩れ去りそうな。そんな危うさと儚さ。そして刹那的な強さを兼ね備えた、まるで諸刃の剣のような印象を周りに与えた。
外見年齢的には町娘の姿のときと同じ。十六、七といったところだが、白の魔女は三百歳を越える長命の魔女である。見た目は全くあてにならない。
陶器のように滑らかな肌は雪のように白く、腰元まで伸びたプラチナブロンドの髪色と溶け合うように馴染んでいて。自然の木の実を連想させる赤い大きな瞳は、そこに写り込む景色すらも美しく瞳を輝かせている。
町娘の姿をしていたときには違和感を覚えた、肘まで覆うその特徴的な純白の長い手袋は。今の姿にとてもよく似合っていた。肩肘にふんわりとかけた薄手のストールと、白と緑を基調としたドレス姿の美しい女性──白の魔女と呼ばれる所以そのものの真白き姿は、一見するとエルフのように耳の先が少し尖っているのもあって。一目見ただけで人外を強く意識してしまう。
何もかもが規格外の娘だった。
「……だから人間は嫌い」
驚きに静まり返った大通りに。不機嫌にポツリと呟くリリヤの声が頼りなく響いた。
心細げで。まるで迷子の子供のような顔をしていることに、リリヤは気付いていなかった。それがオルグレンの目にどう映っているのかも。
(さようなら……レティ…………)
永遠に続く交流などあり得ないのだと、リリヤは悟った。
(きっと、レティのせいじゃないんだわ……私は……いいえ、私が。私が勝手に信頼して一方的に期待していただけ……)
もう町娘として生活していたときの暮らしには戻れない。正体を民の前に晒したということは友との決別を意味していた。
◇◇◇◇
──それから数時間後、
真夜中過ぎの王城の地下牢で、リリヤは鉄格子のはまった高い窓枠から零れる夜光と、夜空に輝く小さな煌めきを心静かに見上げていた。
サマースキル公国は黒の魔女の魔力によって一年中、温暖が続く魔女の国。季節が変わることはない。けれど、夜は少しだけ涼やかで。目を瞑ると虫たちの鳴く声が耳に心地良く聞こえてくる。
「──そうして立っていると。まるで神託が下るのを待つ祈りの聖女のようだな」
暗い牢獄の中で、手持ち無沙汰に両手を祈るように胸の前に組み。夜が深々と更けっていくのを望見していたリリヤに。
いつの間にやってきたのか。連行され、牢獄に入れられてからずっと姿を消していたオルグレンが、幾重にも厳重に鍵のかけられた重々しい鉄格子の扉越しに話し掛けてきた。
その後ろにはゆらゆらと揺らめく赤い松明の炎が見える。どうやらオルグレンの専任守備隊長、キエロがオルグレンの後方に控えているようだ。
「待たせてすまない。少し済ませなければならない用件があった」
「…………」
リリヤはオルグレンを冷たく一瞥すると直ぐに視線を外してしまった。
見る価値もないとでも言うように、オルグレンに背中を向けたリリヤに。オルグレンは暫しの間、そうして辛抱強くリリヤが応えるのを待っていたが、
「貴女はこのまま牢獄の奥に引きこもって口を利かないつもりなのか?」
一向に返事のないリリヤに痺れを切らしたようだ。オルグレンがまた感情のこもらない淡々とした口調で話しかけてきた。
(はぁ…………諦めないのね。このまま黙っててもこの子、あの調子で私が話をするまで待ってそうだし……妙に大人びてて問題児の扱いとか長期戦とかそういうの得意みたいだし──って、うっ不味い)
仕方なしに振り返ると。鉄格子越しにジーっとリリヤを見ていたオルグレンとばっちり目が合ってしまった。
それも、微動だにせず。オルグレンはリリヤの言葉を待っている。
(え、えーっと……あらっ?)
どうやらオルグレンは感情をあまり言葉に出さない性格らしい。代わりに雰囲気だけで思いを伝えてくる。
今のオルグレンは表情こそ無機質な人形のように変化はないものの。大通りで対面したときとはまるで様子が違っていた。
指名手配の魔女を相手に厳格な物言いで対処していたあのときは。完璧な公子そのものの振るまいと、高貴な公族の威厳に満ち溢れていたのに。今は責めるでもなく咎めるでもなく、ただただこちらの様子を見ているだけだ。そこに強制も強要もない。
(この子どうしてこんな……)
オルグレンの美しく整った顔立ちに浮かぶ表情は常に硬く。全く隙を見せようとしない。流れるような黒髪と紫暗の瞳──その落ち着いた色合いが、余計に真面目な印象を周囲に与えてしまう。
オルグレンは普段から公族としての体面を保つことを優先しなければならない。だからこそ、そんなオルグレンが民の前では見せなかった姿にリリヤはたじろいだ。
「どうかしたのか?」
無意識なのか。わざとなのか。はたまた巧妙に仕組まれた罠なのか。
言葉遣いこそ年長者のそれだが、
落ち着き払った権威ある大人のような話し方をするオルグレンは、リリヤの子供っぽい言動を注意するのとは裏腹に。どこまでも優しく、リリヤの意思を尊重していた。
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