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TRUST
4-7 come to me
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「そろそろ来る? 僕のもとへ」
YOSSY the CLOWNから飛び出した、耳を疑うような一言。まるで、その場だけ時が止まったかのような錯覚を全員がする。
「へ?」
口の端が引きつる若菜。YOSSY the CLOWNに焦点が合ったまま、動かすことが出来ずにいる。
「…………」
「…………」
薄い灰青色レンズ越しのその眼に居竦められ、更に、自身の背後の良二の気配に酷く動揺していた。
柳田良二の下から、YOSSY the CLOWNの下へと異動するということ。それはつまり──若菜はぐるぐる思考を廻らせる。
秘書業務、掃除、片付け、お茶汲み、缶コーヒーの補充、裏のアパート二棟の掃除、挨拶、近所付き合い、隣から花を貰う、窓拭き、ごみ捨て、ポケットティッシュ、電話番、留守番、漢字の間違い訂正、マジックの練習。
そして、柳田さんとの、どうでもいいようないつもの会話──。
「わたっ、し、あの」
はっきりと発したはずのその声が俯瞰的に聴こえて、不安が煽られる。
いやだ。失くしたくない。
まだ、マジックのひとつも、まともに出来ていないし、それに。
それに──。
ゾワゾワ、と鳥肌が脳天からかかとへと抜けた若菜。地面に足が着いていないような、平衡感覚を無視した浮遊感に呑まれそうになる。
「わ、私はい──」「ま、いっか」
振り絞った勇気だったものの、YOSSY the CLOWN自らによって遮られてしまった。そうしてあっけらかんと返されると、肩すかしを食らうもので。
重ねたまばたきの後に、YOSSY the CLOWNの視線が自分へ向いていないことに気が付く若菜。
「いやあ、まさかそんな顔されるとは思ってなかったから」
くすくす、と右手が口元で小刻みに揺れている。
「そんな顔」が自分のことであるはずなのに、背後の良二へ向けられているもののように思えてならなかった。ぐりんと振り返って今の良二の顔を見てやりたい、と思えるものの、結局動けない。
「その辺のこと、良かったらちょっと考えといてよ」
ね? と首を傾げられると、若菜は無意識に首肯を返していた。
はたして、パフォーマーとして呼ばれたのか、それとも、衣装制作係としてヘッドハンティングされたのだろうか。若菜は結局、すぐには答えに辿り着けなかった。背後の良二の表情を見るまでは一人で決めてはいけない、と考え至る。
「二人とも、お腹空かない?」
くるり、YOSSY the CLOWNはサムとエニーへ向いた。
「う、うん。緊張したし、お腹空いたかな」
「エニーも」
「うん、いい頃合いだ。じゃあ、今日はこれにて解散です」
善一はパアと明るく笑んで、手をひとつ叩いた。
「蜜葉、若菜、リョーちん。今日は来てくれてありがと」
サムの晴れやかな笑み。過去、漠然とした外の世界へ抱いていた黒い気持ちが、今回の路上公演にて吹っ切ることができたような。サムの年齢に相応しい無垢な笑みが、そこにあった。
「エニーたち、まだまだ、上手くなるように、頑張ります」
サムの左手を強く優しく握っている、エニー。見知らぬ人からの澄んだ賛辞を受け取って、エニーも先の目標を思い描けるようになったようで。
「なら──」
スラックスポケットに手を突っ込んだまま、良二は三歩でサムとエニーの前へ寄り、その細長い脚を折りしゃがむ。
「──次はこれ練習しろ」
二人の表情を見ているだけで、今日ここに来た意味があったのだと、密やかに胸中をじわりとさせていた良二。善一からは絶対に教えてもらえないものを、二人へ渡してもいい──むしろ渡したい、という気持ちの変化さえあった。
褒め言葉など、照れてしまって言えたものではない。しかし、ひとつの結果に対して次の結果を求めることで、前へ進む原動力を与え、自分たちを越えていく姿を見たいと、良二は無意識下で感じている。
「いいか。初歩の初歩だからな」
告げられ、一秒にも満たない間に、サムもエニーも頭が切り替わる。
観察、読み解こうとする能力、タイミング、トリック、手先や視線の動かし方に至るまで、良二から一度で『盗んで』やろうと、まなざしが変わる。
ポケットから手をそれぞれ抜いた良二。その左手に持っていたのは、赤と濃灰色と黒の一枚のタータンチェック柄ハンカチ。
裏表、と広げ見せ、左手でハンカチの中央付近をつまみ上げる。それをふわりと、拳にした右手へ被せ乗せ、ひとつ呟く。
「別に指鳴らすとかでもいい。何か合図ありゃいいだけだ。テメーらの『カッコつけ』でアレンジしろ」
小さな首肯のサムとエニー。
そうして視覚からコピーしている姿を見て、若菜は二人の能力値の高さを理解し、真顔になった。
「これ、取ってみろ」
良二が向けてきたそれに従い、言われたとおりにハンカチを取る、サム。
あらわになり、開けた良二の右掌に乗っていたものは、何もない。代わりに左手から、あめ玉がふたつ。
「ん。功労賞」
サムとエニーへそれぞれ渡されるあめ玉は、かつて事務所で渡したものと同じ種類。今回は、白桃味。
「あ、ありがと、リョーちん」
見事重なり揃う、謝辞。良二は折っていた膝を伸ばし、立ち上がる。
「理解したか」
「うん」
「ずっと持ってたんだね? 左手に」
スラックスポケットから手を引き抜いた時点で既に、その薬指と小指の内側にあめ玉を隠し持っていた。
「ん、ちゃんとわかってんな」
若菜は顎に手をやって「なるほど」と一言。見抜けていなかったのか、と密やかに蜜葉が苦笑い。
「いいか。テメーらの手ン中に収まる程度のもので、よく練習しろ」
「ハイ」
「見栄張って手に余るモンでは絶対にやるな。自分の身体に合ってるものを自分で理解すんだ。わかったな」
「ハイ」
至極真剣な二人の返答に、良二は満足そうに眉間を緩めた。
「次、事務所来るときまでに完璧にしとけ」
全員へ背を向ける良二。いつもの大股よりも半足分狭い歩幅で、五人から去っていく。
「え、ちょ、柳田さんっ」
置いていかれる、と慌てる若菜。サムとエニーへ笑みを向け、蜜葉の肩をひとつ叩き、YOSSY the CLOWNへ会釈をして、「じゃあまた!」と良二の背を追った。
「またねー、良二ぃ! ありがとー!」
去るその背に声を張る善一。代わりに若菜が、横顔を振り返りながら手を上げ応えた。
「かわいいよねぇ、リョーちんて」
「うん、かわいい」
同時にあめ玉の包みを開けるサムとエニーの呟き。
「今だって、『若菜に追いついてほしいから』ちょっと歩幅狭かったんだよね」
「うん、狭かった。リョーちんは、若菜の方から、追いかけてきて、ほしかったんだよね」
同時にあめ玉を口へ放り込む二人を見て、蜜葉は「へぇ」と頬を染めた。
「この後はいかがなさいますか、Signorina?」
左隣からかかる声へ、顔を向ける。
「あ、えーっと、そうですね……」
顎に手をやって、しかし母の剣幕が瞼の裏に焼き付き、帰宅しにくいのが素直な気持ちで。
「なにも予定ないなら一緒にランチしよーよ」
「うん。蜜葉も、ランチしよ、一緒に」
声を弾ませて提案する、サムとエニー。
「じゃあ俺作っちゃおうかなー! みんな何食べたい? パスタ? ピザ? パエリア?」
「えっ、えっ?!」
戸惑う蜜葉を、そのいつもの微笑みで無理矢理にも納得させてしまう。そのまま流れるように、蜜葉の左手をさらう。優しいながらも、半ば強引に引き、歩み出す。
「蜜葉はなに好きなの?」
空いている蜜葉の右手を掴まえるサム。
「ええっと、うー……あ。パスタです。中でも、たらこパスタが好きですっ」
「お、日本の女子高生っぽい」
「そ、そうでしょうか。ふふっ」
「蜜葉、『たらこ』って何?」
善一の左腕を掴まえているエニーの問いかけ。
「タラ、という魚の、卵です。バターとか、お醤油で和えると、風味が高まって、美味しいんですよ」
「タラの子で、タラコ?」
「エニーは勘がいいなぁ、さすが。アタリだよ」
「食べてみたい、たらこ」
「ボクもっ」
「よし、そしたら家でたらこパスタ作る感じで! この前パスタは買ったばっかりだから、たらこだけ買って帰ろうね」
「タラコは缶詰?」
「ううん、生で売ってるよ。見てみようね」
「あああのっ、わたし、ごじご自宅にっお邪魔してしまうことに、な、なりますがっ、あのっ」
「今更なに気にすることがあるのさ」
「そーそー、サムの言うとおり! 気にしなーい気にしなーい」
「蜜葉にも、見てもらいたい、絵があるんだよ。エニー、教えてあげる」
YOSSY the CLOWNから飛び出した、耳を疑うような一言。まるで、その場だけ時が止まったかのような錯覚を全員がする。
「へ?」
口の端が引きつる若菜。YOSSY the CLOWNに焦点が合ったまま、動かすことが出来ずにいる。
「…………」
「…………」
薄い灰青色レンズ越しのその眼に居竦められ、更に、自身の背後の良二の気配に酷く動揺していた。
柳田良二の下から、YOSSY the CLOWNの下へと異動するということ。それはつまり──若菜はぐるぐる思考を廻らせる。
秘書業務、掃除、片付け、お茶汲み、缶コーヒーの補充、裏のアパート二棟の掃除、挨拶、近所付き合い、隣から花を貰う、窓拭き、ごみ捨て、ポケットティッシュ、電話番、留守番、漢字の間違い訂正、マジックの練習。
そして、柳田さんとの、どうでもいいようないつもの会話──。
「わたっ、し、あの」
はっきりと発したはずのその声が俯瞰的に聴こえて、不安が煽られる。
いやだ。失くしたくない。
まだ、マジックのひとつも、まともに出来ていないし、それに。
それに──。
ゾワゾワ、と鳥肌が脳天からかかとへと抜けた若菜。地面に足が着いていないような、平衡感覚を無視した浮遊感に呑まれそうになる。
「わ、私はい──」「ま、いっか」
振り絞った勇気だったものの、YOSSY the CLOWN自らによって遮られてしまった。そうしてあっけらかんと返されると、肩すかしを食らうもので。
重ねたまばたきの後に、YOSSY the CLOWNの視線が自分へ向いていないことに気が付く若菜。
「いやあ、まさかそんな顔されるとは思ってなかったから」
くすくす、と右手が口元で小刻みに揺れている。
「そんな顔」が自分のことであるはずなのに、背後の良二へ向けられているもののように思えてならなかった。ぐりんと振り返って今の良二の顔を見てやりたい、と思えるものの、結局動けない。
「その辺のこと、良かったらちょっと考えといてよ」
ね? と首を傾げられると、若菜は無意識に首肯を返していた。
はたして、パフォーマーとして呼ばれたのか、それとも、衣装制作係としてヘッドハンティングされたのだろうか。若菜は結局、すぐには答えに辿り着けなかった。背後の良二の表情を見るまでは一人で決めてはいけない、と考え至る。
「二人とも、お腹空かない?」
くるり、YOSSY the CLOWNはサムとエニーへ向いた。
「う、うん。緊張したし、お腹空いたかな」
「エニーも」
「うん、いい頃合いだ。じゃあ、今日はこれにて解散です」
善一はパアと明るく笑んで、手をひとつ叩いた。
「蜜葉、若菜、リョーちん。今日は来てくれてありがと」
サムの晴れやかな笑み。過去、漠然とした外の世界へ抱いていた黒い気持ちが、今回の路上公演にて吹っ切ることができたような。サムの年齢に相応しい無垢な笑みが、そこにあった。
「エニーたち、まだまだ、上手くなるように、頑張ります」
サムの左手を強く優しく握っている、エニー。見知らぬ人からの澄んだ賛辞を受け取って、エニーも先の目標を思い描けるようになったようで。
「なら──」
スラックスポケットに手を突っ込んだまま、良二は三歩でサムとエニーの前へ寄り、その細長い脚を折りしゃがむ。
「──次はこれ練習しろ」
二人の表情を見ているだけで、今日ここに来た意味があったのだと、密やかに胸中をじわりとさせていた良二。善一からは絶対に教えてもらえないものを、二人へ渡してもいい──むしろ渡したい、という気持ちの変化さえあった。
褒め言葉など、照れてしまって言えたものではない。しかし、ひとつの結果に対して次の結果を求めることで、前へ進む原動力を与え、自分たちを越えていく姿を見たいと、良二は無意識下で感じている。
「いいか。初歩の初歩だからな」
告げられ、一秒にも満たない間に、サムもエニーも頭が切り替わる。
観察、読み解こうとする能力、タイミング、トリック、手先や視線の動かし方に至るまで、良二から一度で『盗んで』やろうと、まなざしが変わる。
ポケットから手をそれぞれ抜いた良二。その左手に持っていたのは、赤と濃灰色と黒の一枚のタータンチェック柄ハンカチ。
裏表、と広げ見せ、左手でハンカチの中央付近をつまみ上げる。それをふわりと、拳にした右手へ被せ乗せ、ひとつ呟く。
「別に指鳴らすとかでもいい。何か合図ありゃいいだけだ。テメーらの『カッコつけ』でアレンジしろ」
小さな首肯のサムとエニー。
そうして視覚からコピーしている姿を見て、若菜は二人の能力値の高さを理解し、真顔になった。
「これ、取ってみろ」
良二が向けてきたそれに従い、言われたとおりにハンカチを取る、サム。
あらわになり、開けた良二の右掌に乗っていたものは、何もない。代わりに左手から、あめ玉がふたつ。
「ん。功労賞」
サムとエニーへそれぞれ渡されるあめ玉は、かつて事務所で渡したものと同じ種類。今回は、白桃味。
「あ、ありがと、リョーちん」
見事重なり揃う、謝辞。良二は折っていた膝を伸ばし、立ち上がる。
「理解したか」
「うん」
「ずっと持ってたんだね? 左手に」
スラックスポケットから手を引き抜いた時点で既に、その薬指と小指の内側にあめ玉を隠し持っていた。
「ん、ちゃんとわかってんな」
若菜は顎に手をやって「なるほど」と一言。見抜けていなかったのか、と密やかに蜜葉が苦笑い。
「いいか。テメーらの手ン中に収まる程度のもので、よく練習しろ」
「ハイ」
「見栄張って手に余るモンでは絶対にやるな。自分の身体に合ってるものを自分で理解すんだ。わかったな」
「ハイ」
至極真剣な二人の返答に、良二は満足そうに眉間を緩めた。
「次、事務所来るときまでに完璧にしとけ」
全員へ背を向ける良二。いつもの大股よりも半足分狭い歩幅で、五人から去っていく。
「え、ちょ、柳田さんっ」
置いていかれる、と慌てる若菜。サムとエニーへ笑みを向け、蜜葉の肩をひとつ叩き、YOSSY the CLOWNへ会釈をして、「じゃあまた!」と良二の背を追った。
「またねー、良二ぃ! ありがとー!」
去るその背に声を張る善一。代わりに若菜が、横顔を振り返りながら手を上げ応えた。
「かわいいよねぇ、リョーちんて」
「うん、かわいい」
同時にあめ玉の包みを開けるサムとエニーの呟き。
「今だって、『若菜に追いついてほしいから』ちょっと歩幅狭かったんだよね」
「うん、狭かった。リョーちんは、若菜の方から、追いかけてきて、ほしかったんだよね」
同時にあめ玉を口へ放り込む二人を見て、蜜葉は「へぇ」と頬を染めた。
「この後はいかがなさいますか、Signorina?」
左隣からかかる声へ、顔を向ける。
「あ、えーっと、そうですね……」
顎に手をやって、しかし母の剣幕が瞼の裏に焼き付き、帰宅しにくいのが素直な気持ちで。
「なにも予定ないなら一緒にランチしよーよ」
「うん。蜜葉も、ランチしよ、一緒に」
声を弾ませて提案する、サムとエニー。
「じゃあ俺作っちゃおうかなー! みんな何食べたい? パスタ? ピザ? パエリア?」
「えっ、えっ?!」
戸惑う蜜葉を、そのいつもの微笑みで無理矢理にも納得させてしまう。そのまま流れるように、蜜葉の左手をさらう。優しいながらも、半ば強引に引き、歩み出す。
「蜜葉はなに好きなの?」
空いている蜜葉の右手を掴まえるサム。
「ええっと、うー……あ。パスタです。中でも、たらこパスタが好きですっ」
「お、日本の女子高生っぽい」
「そ、そうでしょうか。ふふっ」
「蜜葉、『たらこ』って何?」
善一の左腕を掴まえているエニーの問いかけ。
「タラ、という魚の、卵です。バターとか、お醤油で和えると、風味が高まって、美味しいんですよ」
「タラの子で、タラコ?」
「エニーは勘がいいなぁ、さすが。アタリだよ」
「食べてみたい、たらこ」
「ボクもっ」
「よし、そしたら家でたらこパスタ作る感じで! この前パスタは買ったばっかりだから、たらこだけ買って帰ろうね」
「タラコは缶詰?」
「ううん、生で売ってるよ。見てみようね」
「あああのっ、わたし、ごじご自宅にっお邪魔してしまうことに、な、なりますがっ、あのっ」
「今更なに気にすることがあるのさ」
「そーそー、サムの言うとおり! 気にしなーい気にしなーい」
「蜜葉にも、見てもらいたい、絵があるんだよ。エニー、教えてあげる」
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