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第四章 野分

第三話 嫉妬されるぐらいなら

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「足りなくなったら、また、いつでもいらっしゃい」
 
 慣れない肘掛け椅子にちんまりと腰を据え、テーブルを前にして畏まる沖田の前に、千尋は百発入りの箱を三つ、積み上げた。

 千尋の隣で憮然としていた佑輔が、

「それで、どうしてわざわざ沖田さんに千尋さんが指南までするんです? あなたは新撰組に何をされたか忘れたんですか?」
 
 子供の『おいた』を叱りつける母親のように目尻を吊り上げ、糾弾した。
 しかし千尋は女中が用意した茶をすすり、事もなげに言い放つ。


「沖田君があまりに下手くそだったからさ」
「新撰組にも洋銃指南者ぐらい、いらっしゃるでしょう」
「いえ、それが。お恥ずかしい話ですが、短銃の扱いに慣れた者はいなくて」


 肩身をいっそう狭くする、沖田の落ち着きない目を佑輔が正面から凝視した。

 沖田は銃を千尋からもらったことは口が裂けても言うまいと心した。
 そして、千尋にもそれを言ってくれるなと念じていた。
 このうえ千尋にもらったことを知られたら、目の前の少年はどんなに怒り狂うに決まっている。

 そして、その嫉妬にも似た鋭い敵意は、そのまま自分に向けられるのだ。
 

「沖田君のは俺のリボルバーだから、俺が一番扱い慣れている。俺が教えるのが一番さ。銃には癖があるってことぐらい、お前も知ってるだろう」
「あげたですって? あの銃をですか?」
 
 
 沖田の祈りも虚しく散り失せ、千尋の隣に座していた佑輔が、椅子を蹴って立ち上がる。


「あれが一体幾らしたと思ってるんです! グリップに久藤家の紋章を金箔貼りした逸品なんです。千尋さんにはそんな義理が、この人におありなんですか!」
 
 黒漆塗りのテーブルを平手で叩く佑輔に、千尋は静かに一瞥をくれた。


「御客人に失礼だろう。口を慎め」

 湯飲みを茶卓に戻しつつ、年若い彼をたしなめる。

「あの……」

 しかし、沖田は内懐から銃を取り出し、紫紺色のふくさごとテーブルの上にそっと置く。


「どうやら私には分不相応な物のようです。せっかくのご好意でしたが、お返しした方が良さそうだ」
 
 意気消沈して眉尻を下げ、沖田は苦笑してみせた。
 新撰組へというよりは、自分に対する久藤の反感を増幅させるだけならば、千尋から距離を取りたいと、心の中で呟いた。

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