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第四章 野分
第四話 千尋の思惑
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「ほら見ろ。沖田君が恐縮してしまったじゃないか。お前がさもしい事を言うからだ」
「だって。……だって、あれは、私が初めてあなたに贈った物なのに……。あなたのために私が紋の図案も考えて……。なのに、それを他人にやるなんて……」
言い募りながら佑輔の澄んだ目が潤み出し、つれない千尋を可憐に睨みつけている。
崩れるように再び椅子にへたり込み、丸めた背中は年相応に、いとけなく、沖田は思わず頬をゆるめる。
すると千尋は平然として膝を打ち、 頓狂に声を張り上げた。
「そうか! そういえば、あれは元はお前の銃だったか」
「そういえばって……、あなた、まさか忘れてたんですか!?」
「忘れていた」
「あなたって人は、もう本当に甲斐がない! せっかく私が苦労して、やっと手に入れた銃なのに!」
天井を仰ぎ見た佑輔が喚きたて、両手で顔を覆っている。
耳の先まで真っ赤に染めあげ、信じられない、なんてひどいと千尋を責めては、彼の肩口を掴んで揺さ振り、子供のようにごねている。
そして千尋は目を閉ざし、されるがままになっている。
沖田は佑輔がこんなにも感情を顕わにする 類の人間だとは思いもよらない事だった。
ひとつひとつに目を見張るような思いがした。
「だったら、いっそお前が 指南をしたらどうだ? 銃は俺よりお前のほうが歴も長いし、腕も達つ」
「いいえ、そんな! それに私は弾を取りに来ただけです。指南のお願いに上がったんじゃありません」
「そんな遠慮は無用ですよ、沖田君。それとも先程の佑輔の失礼が、やはりお気に 障られましたか」
突如として千尋の声音が変容した。
佑輔にばかり気を取られていた沖田は、はっとして彼の隣に座る千尋に目を向ける。
千尋は今しがたまで軽口を叩き、佑輔を翻弄し、甘く戒める千尋の顔ではなくなった。
鋭い牙を剥き出しにして、獲物を見据える獣の目だ。
テーブルに膝を付き、組んだ両手で口元を隠す彼は狩猟者だ。
彼がまた何か策を、講じてきているようだった。
沖田は涼やかに千尋を注視して、唇の端を横に引く。それは苦笑とも諦観とも、どちらにでも取れる笑みだった。
「千尋さん。ですが、この人は新撰組の……」
討幕派である薩摩についた千尋が、どうして新撰組の沖田の銃の腕を磨いてやれと言うのかと、佑輔は沖田自身も抱いた疑問を訴える。
しかし、伏し目がちに笑んだ千尋は答えない。黙って椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、沖田君の指南はお前に任せたぞ? ただ、お前がどうしても嫌だと言うなら、俺が指南する」
「いいえ。でしたら私が致します」
千尋と二人きりにさせるよりは、自分が引き受けようと即答する。
佑輔の言葉に我が意を得たりと、悪どい笑みをのぼらせて、千尋は座敷を後にする。
からりと襖が開けられて、後ろ手に閉じられた。
それきり座敷は森閑とした静寂に包まれる。
遠退く彼の足音は聞こえない。
彼は手練れの剣士さながらに、気配を消す 術に 長けている。
そして、気づいたときには誰もが 術中にはまっている。
こうなれば理由はともかく、久藤佑輔に指南を仰ぐしかないようだ。
半身を捻り、閉ざされた襖を見つめる彼に沖田は問いかける。
「……どう致しましょうか。久藤様」
「様付けは結構。私は堤の塾生の一人です」
彼はまだ襖を見つめたままだった。千尋への鬱憤を晴らすように尖った声で返された。
「では、久藤さん」
「仕方がありません。あの人がそう言うのなら、私はそれに従うまでです」
佑輔は憤然として言い放つ。
確かにそうだと、沖田も胸中で頷いた。
千尋がそれを望むからには、誰もがそれに従うしかない。
そのように仕組まれてしまっている。
「だって。……だって、あれは、私が初めてあなたに贈った物なのに……。あなたのために私が紋の図案も考えて……。なのに、それを他人にやるなんて……」
言い募りながら佑輔の澄んだ目が潤み出し、つれない千尋を可憐に睨みつけている。
崩れるように再び椅子にへたり込み、丸めた背中は年相応に、いとけなく、沖田は思わず頬をゆるめる。
すると千尋は平然として膝を打ち、 頓狂に声を張り上げた。
「そうか! そういえば、あれは元はお前の銃だったか」
「そういえばって……、あなた、まさか忘れてたんですか!?」
「忘れていた」
「あなたって人は、もう本当に甲斐がない! せっかく私が苦労して、やっと手に入れた銃なのに!」
天井を仰ぎ見た佑輔が喚きたて、両手で顔を覆っている。
耳の先まで真っ赤に染めあげ、信じられない、なんてひどいと千尋を責めては、彼の肩口を掴んで揺さ振り、子供のようにごねている。
そして千尋は目を閉ざし、されるがままになっている。
沖田は佑輔がこんなにも感情を顕わにする 類の人間だとは思いもよらない事だった。
ひとつひとつに目を見張るような思いがした。
「だったら、いっそお前が 指南をしたらどうだ? 銃は俺よりお前のほうが歴も長いし、腕も達つ」
「いいえ、そんな! それに私は弾を取りに来ただけです。指南のお願いに上がったんじゃありません」
「そんな遠慮は無用ですよ、沖田君。それとも先程の佑輔の失礼が、やはりお気に 障られましたか」
突如として千尋の声音が変容した。
佑輔にばかり気を取られていた沖田は、はっとして彼の隣に座る千尋に目を向ける。
千尋は今しがたまで軽口を叩き、佑輔を翻弄し、甘く戒める千尋の顔ではなくなった。
鋭い牙を剥き出しにして、獲物を見据える獣の目だ。
テーブルに膝を付き、組んだ両手で口元を隠す彼は狩猟者だ。
彼がまた何か策を、講じてきているようだった。
沖田は涼やかに千尋を注視して、唇の端を横に引く。それは苦笑とも諦観とも、どちらにでも取れる笑みだった。
「千尋さん。ですが、この人は新撰組の……」
討幕派である薩摩についた千尋が、どうして新撰組の沖田の銃の腕を磨いてやれと言うのかと、佑輔は沖田自身も抱いた疑問を訴える。
しかし、伏し目がちに笑んだ千尋は答えない。黙って椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、沖田君の指南はお前に任せたぞ? ただ、お前がどうしても嫌だと言うなら、俺が指南する」
「いいえ。でしたら私が致します」
千尋と二人きりにさせるよりは、自分が引き受けようと即答する。
佑輔の言葉に我が意を得たりと、悪どい笑みをのぼらせて、千尋は座敷を後にする。
からりと襖が開けられて、後ろ手に閉じられた。
それきり座敷は森閑とした静寂に包まれる。
遠退く彼の足音は聞こえない。
彼は手練れの剣士さながらに、気配を消す 術に 長けている。
そして、気づいたときには誰もが 術中にはまっている。
こうなれば理由はともかく、久藤佑輔に指南を仰ぐしかないようだ。
半身を捻り、閉ざされた襖を見つめる彼に沖田は問いかける。
「……どう致しましょうか。久藤様」
「様付けは結構。私は堤の塾生の一人です」
彼はまだ襖を見つめたままだった。千尋への鬱憤を晴らすように尖った声で返された。
「では、久藤さん」
「仕方がありません。あの人がそう言うのなら、私はそれに従うまでです」
佑輔は憤然として言い放つ。
確かにそうだと、沖田も胸中で頷いた。
千尋がそれを望むからには、誰もがそれに従うしかない。
そのように仕組まれてしまっている。
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