皇帝にプロポーズされても断り続ける最強オメガ

手塚エマ

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第一章 必ず勝てる賭け

第10話 貧民窟の日常茶飯事

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「よう、兄ちゃん」

 次々吹き出す思いに囚われ、いつしか歩幅が落ちていた。

 警戒心のトゲを張り、隙を見せずにいることで、自衛をしてきたはずなのに、わずかな緩みを衝くようにして野太い声をかけられた。


 はっとして肩を揺らしたサリオンは、唇をぎゅっと引き締める。

 ここは貧民窟の裏通り。
 脳裏に描いた公娼ではない。
 酔客すいきゃくもいればスリもいる。強盗も強姦魔も、ただ単に、視界に入った人間を痛めつけたい奴もいる。

 見知らぬ男の下世話な声は、右斜め前方向から聞こえたが、かろうじて顔を向けずに済んでいた。男の姿形は視界の端に捉えたが、視線は前に据え置いた。
 奴らは文字通り、野獣と同等。
 目が合えば、食ってかかってくるだろう。

 それも圧倒的な体格差を武器にして、建物の陰に引きずり込み、殴り倒して金を奪い、オメガとわかれば、ついでとばかりに犯して楽しみ、用が済んだら殺して捨てる。


 オメガでいるより、犬や猫の喧嘩の方がまだましだ。
 サリオンは聞こえなかった振りをした。

 この国では、自分も見た目はベータの下層階級で押し通せる。フェロモンを抑制する経口剤も服用し、アルファやベータを発情させることもない。

 一方、男は体格からしてオメガではない。
 貧民窟の裏路地を巣にして暮らす、ベータの下層階級だ。

 それなら目的は強姦ではなく、金か暴力に絞られる。

 軟弱そうな若い男をいたぶって、憂さ晴らしでもしたくなっただけだろう。通りに面した娼館の入り口付近に、どっかと腰を据えている。
 サリオンは、あえて急がず、例の男の目の前を行き過ぎようとした時だ。

「聞こえてんだろ? お前だよ。そこのキレイな仔猫ちゃん」


 雄牛のような大男が建物の前をゆらりと離れる気配がした。最初の声より苛立ちと怒気が増した言い方だ。それでもサリオンは無視をした。

 足を止めたら『聞こえた』ことを認めてしまう。

 認めなければ、酔客達の喧騒で『聞こえていない』振りができる。それなら男の方にも『無視した』と、つけ入る理由を与えずに済む。

 男の面子めんつは保ちつつ、身の安全も保持できる。


 このまま大通りにまで出て行けば、そこまで男も深追いしたりしないだろう。
 こんなことは貧民窟の裏通りの立ち呑み屋に足しげく通っていたなら、日常茶飯事。
 慣れてしまいかけている。

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