8 / 8
誕生
しおりを挟む
大地が雪に覆われた。一斉に出羽の各大名の動きが止まった。雪国にあって雪に抗うことは命取りになりかねない。静かに英気を養いながら春を待つのが最良の方策だ。
そして春が訪れた。
「産婆が奥に詰めているそうだ。そろそろ御生まれになるのだろう」
「もう生まれたと聞いたぞ。確かに赤児の泣き声が聞こえたそうだ」
「どっちだ、男子か姫か。何故知らせがない。重臣たちは何を考えておる」
「聞いても誰も言わない、どうしたことか。また、病弱なお子なのか」
城内に困惑の声が広まった。
「まずは成功ですな。今のところ、誰にも漏れていません」
「産婆が誰にも言わなければ漏れることはない。口止めはしているが念のためだ、奥に暫く留め置くことも当初の手筈通りが良かろう」
「はい。まあ、いずれにしろ信頼のおける産婆ですので心配は無用です」
長久と六郎左衛門が顔を突き合わせて声を潜めている。
「ところで最上の動きはどうだ」
「馬と鷹はおおよそ整えたようです。その他刀や槍なども大量に用意しています。白鳥よりも信長への贈り物を豪華にするつもりでしょう。出発も間近ではないかと思われる様子とのこと」
「なるほど。本気で出羽守の地位を狙っているな」
「それと、これらとは別に何やら贈り物らしきものを用意しているとのこと」
「ほう」
数日後、氏家守棟が谷地城を訪れた。
「この度は布姫様に御子が誕生されたということで、まことに御めでとうございます」
長久と布姫が応対している。
「これはかたじけない。わざわざ足を運んでもらって恐縮だ」
「義光公にとっては御孫様、いち早く祝意を伝えることがなにより」
「しかも、多大な贈り物までいただいて、重ね重ね礼を申す」
「ほんの心ばかりのもの。どうぞ最上の気持ちとして受け止められお納めください」
「しかしながら耳が早い。まだ、この谷地城内でも皆には知らせていないのに最上まで伝わったのが不思議だ」
「まあ、噂の伝わるのは弓矢よりも早いと申します。良い知らせなのですから早く伝わるのは喜ぶべきことではないですか、ははは」
守棟が胸を張りながら満面に笑みを浮かべた。
「確かに良い知らせではあるから早く伝わることに越したことはないが、どうせ伝わるのなら正確に伝わって欲しかったな」
守棟が真顔になった。
「正確とは」
長久が布姫に顔を向けた。布姫がにこやかに微笑んだ。
「先ほど見せてもらったら頂いたのは陣羽織に刀や鯉のぼりなど、まるで男子への贈り物ばかり。もしかしたら男子が生まれたと伝わってしまったのかと心配しております」
「男子ではないのですか」
「姫なのよ、それがねぇ」
「しかし、その・・」
守棟が言葉に詰まった。布姫がその様子をじっと見た。
「お腹の子があまりに元気よく動き回るので男子だと思っていて、ついそのつもりでいたのよ。ですから周りにもそう言ってしまったの。これは男子だ。男子に違いないとね。でも、誕生したのは姫だった訳」
長久が布姫をみた。
「なるほど。布の思い込みが噂で伝わってしまったようだな」
「ほんに、不思議ですねぇ」
長久が守棟に視線を移した。
「守棟、案ずる事はない。最上には非はない。噂が悪かっただけだ、噂が」
守棟が拳を握りしめた。
襖が開いて六郎左衛門が入ってきた。
「殿、御取り込み中失礼します。先ほど清光と国口が戻りました」
守棟が驚いたように六郎左衛門を見た。長久がポンと右手で膝を叩いた。
「おう、戻ったか。信長公よりの書状は受け取ったのか」
「はい。しかし、この場では何ですから、守棟殿がお帰りになられてからに致しますか」
「構わぬ」
長久が守棟を見た。
「守棟、折角だから其方も知るが良かろう。この結果は御義父上もご関心があろう」
六郎左衛門がすました顔で頷いた。
「左様ですか。では。こちらへお持ちしております」
六郎左衛門が書状を差し出し長久が受け取った。その様子を守棟が食い入るように見ている。
「もしかして最上に伝わった噂では、白鳥が信長公に鷹を献上するのはこの春となるということだったかもしれないが、既に昨年雪が降る直前に鷹を持たせて使者を送った。その使者二人が今帰ってきた訳だ」
布姫が長久を見た。
「あら、殿は私にはこの春に使者を送るって仰っていらしたわよ。だから、私は周りのものにはそう言っていたの」
「そうだったな。それはすまないことをした、許せ。わしもころころと気が変わるところがある。善は急げと直ぐに使者を送ったが布に言うのを忘れていた。とにかく信長公からの書状を見てみよう」
「良い知らせだったら許してあげるわよ」
長久がじっくりと書状に目を通した。
「おう、喜べ。これを見よ」
長久が書状を広げて突き出した。
「出羽守白鳥十郎長久殿と書いてある」
守棟がブルブルと肩を震わせて顔面蒼白になった。
天正六年(一五七八年)のことである。
その後、天正十年(一五八二年)に信長が明智光秀に本能寺で討たれる。この二年後の天正十二年(一五八四年)に長久が義光に霞ヶ城に呼び出されて暗殺される。
そして春が訪れた。
「産婆が奥に詰めているそうだ。そろそろ御生まれになるのだろう」
「もう生まれたと聞いたぞ。確かに赤児の泣き声が聞こえたそうだ」
「どっちだ、男子か姫か。何故知らせがない。重臣たちは何を考えておる」
「聞いても誰も言わない、どうしたことか。また、病弱なお子なのか」
城内に困惑の声が広まった。
「まずは成功ですな。今のところ、誰にも漏れていません」
「産婆が誰にも言わなければ漏れることはない。口止めはしているが念のためだ、奥に暫く留め置くことも当初の手筈通りが良かろう」
「はい。まあ、いずれにしろ信頼のおける産婆ですので心配は無用です」
長久と六郎左衛門が顔を突き合わせて声を潜めている。
「ところで最上の動きはどうだ」
「馬と鷹はおおよそ整えたようです。その他刀や槍なども大量に用意しています。白鳥よりも信長への贈り物を豪華にするつもりでしょう。出発も間近ではないかと思われる様子とのこと」
「なるほど。本気で出羽守の地位を狙っているな」
「それと、これらとは別に何やら贈り物らしきものを用意しているとのこと」
「ほう」
数日後、氏家守棟が谷地城を訪れた。
「この度は布姫様に御子が誕生されたということで、まことに御めでとうございます」
長久と布姫が応対している。
「これはかたじけない。わざわざ足を運んでもらって恐縮だ」
「義光公にとっては御孫様、いち早く祝意を伝えることがなにより」
「しかも、多大な贈り物までいただいて、重ね重ね礼を申す」
「ほんの心ばかりのもの。どうぞ最上の気持ちとして受け止められお納めください」
「しかしながら耳が早い。まだ、この谷地城内でも皆には知らせていないのに最上まで伝わったのが不思議だ」
「まあ、噂の伝わるのは弓矢よりも早いと申します。良い知らせなのですから早く伝わるのは喜ぶべきことではないですか、ははは」
守棟が胸を張りながら満面に笑みを浮かべた。
「確かに良い知らせではあるから早く伝わることに越したことはないが、どうせ伝わるのなら正確に伝わって欲しかったな」
守棟が真顔になった。
「正確とは」
長久が布姫に顔を向けた。布姫がにこやかに微笑んだ。
「先ほど見せてもらったら頂いたのは陣羽織に刀や鯉のぼりなど、まるで男子への贈り物ばかり。もしかしたら男子が生まれたと伝わってしまったのかと心配しております」
「男子ではないのですか」
「姫なのよ、それがねぇ」
「しかし、その・・」
守棟が言葉に詰まった。布姫がその様子をじっと見た。
「お腹の子があまりに元気よく動き回るので男子だと思っていて、ついそのつもりでいたのよ。ですから周りにもそう言ってしまったの。これは男子だ。男子に違いないとね。でも、誕生したのは姫だった訳」
長久が布姫をみた。
「なるほど。布の思い込みが噂で伝わってしまったようだな」
「ほんに、不思議ですねぇ」
長久が守棟に視線を移した。
「守棟、案ずる事はない。最上には非はない。噂が悪かっただけだ、噂が」
守棟が拳を握りしめた。
襖が開いて六郎左衛門が入ってきた。
「殿、御取り込み中失礼します。先ほど清光と国口が戻りました」
守棟が驚いたように六郎左衛門を見た。長久がポンと右手で膝を叩いた。
「おう、戻ったか。信長公よりの書状は受け取ったのか」
「はい。しかし、この場では何ですから、守棟殿がお帰りになられてからに致しますか」
「構わぬ」
長久が守棟を見た。
「守棟、折角だから其方も知るが良かろう。この結果は御義父上もご関心があろう」
六郎左衛門がすました顔で頷いた。
「左様ですか。では。こちらへお持ちしております」
六郎左衛門が書状を差し出し長久が受け取った。その様子を守棟が食い入るように見ている。
「もしかして最上に伝わった噂では、白鳥が信長公に鷹を献上するのはこの春となるということだったかもしれないが、既に昨年雪が降る直前に鷹を持たせて使者を送った。その使者二人が今帰ってきた訳だ」
布姫が長久を見た。
「あら、殿は私にはこの春に使者を送るって仰っていらしたわよ。だから、私は周りのものにはそう言っていたの」
「そうだったな。それはすまないことをした、許せ。わしもころころと気が変わるところがある。善は急げと直ぐに使者を送ったが布に言うのを忘れていた。とにかく信長公からの書状を見てみよう」
「良い知らせだったら許してあげるわよ」
長久がじっくりと書状に目を通した。
「おう、喜べ。これを見よ」
長久が書状を広げて突き出した。
「出羽守白鳥十郎長久殿と書いてある」
守棟がブルブルと肩を震わせて顔面蒼白になった。
天正六年(一五七八年)のことである。
その後、天正十年(一五八二年)に信長が明智光秀に本能寺で討たれる。この二年後の天正十二年(一五八四年)に長久が義光に霞ヶ城に呼び出されて暗殺される。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる