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第三章 恢復の旅路
第4話 雲行きと風向き
しおりを挟むそりゃ、そういう反応をすることは予想していたけれど、そんなに驚くなんて。どうやらラウラの反応で感覚が麻痺してしまったようだ。死人が生き返っているのだ。誰だってこんな反応をするに決まってる。
「えっ、幽霊ぇ!? ラウラ様を慕いすぎたあまりに亡霊にぃ!? いやなんでダーシュ様がここにいるんですかぁぁぁあ!?」
白い猫耳族のミャーナが慌てふためいて、まさに死人を見たかのような表情をした。
黒い方のリューリは驚きのあまりに声を失っているようだ。開いた口が塞がらないと言った様子で尻もちをついたままダーシュのことを見つめている。
ミャーナは物凄い勢いでダーシュに近付いた。そのままダーシュの身体をまさぐり始める。
「えっ!? さわれる!? 幽霊じゃ、……ない!? えっどういうことっすかぁ!? えっ!? ってちょっと!! 耳が取れてるじゃないっすか!! うぇっ!? それに……尻尾もない!? どうしたんすかこれ下劣極悪非道な勇者どもにもぎ取られたんですか!? あぁぁぁぁん!! ダーシュ様の耳と尻尾返してぇええ!! うぇえぇぇぇん!!」
「うるさい」
「あいてっ」
ダーシュの手刀がミャーナの脳天に直撃して白猫の暴走はようやく止まった。ミャーナは頭を抑えたままリューリの近くへと除けていく。
「なんだこいつらは」
ダーシュがミャーナとリューリを親指で指さした。
「この子らはあたしの仲間」
ラウラが少しだけ吹き出しそうな顔をしながら言った。
「そしてダーシュ。あんたの元部下」
「ラ、ラウラ様。こちらは本当にあのダーシュ様ですか?」
ダーシュや他のものの反応を待たずにリューリが手を使わずにひょいと立ち上がって口を挟んだ。
「うん」
「勇者のつくりだした幻覚という可能性もあるのでは?」
「ないない。あたしの直感でわかるし」
いや、直感かよ。
「それに、こいつ自身も勇者だよ?」
ラウラがダーシュの左手を手に取って、リューリとミャーナがそれを食い入るように見つめた。そこには勇者の印であるエムブレムが仄かに輝いていた。
「………ほんとですね」
「勇者の紋章がダーシュ様にも……」
二人は同時に「つまり……」と口に出してから顎に手を当てて考える姿勢をとった。
「どういうことですか……?」
「意味がわからないのですが……」
そして全く同じように、首をかしげた。まるで連動して動いているようだ。ラウラはダーシュをちらりと見てから、胸を張って、そして口を開いた。
「ダーシュが勇者になって生き返ったんだよ」
「そ、そんな馬鹿な話があるわけ……」
「じゃああんたらはこいつを見て、ダーシュじゃないってはっきり言えんの?」
「それは───」
リューリが口を閉ざした。そしてダーシュの方をちらりと、何か見てはいけないものを見るように、ダーシュをただ少しだけ視界に入れるようにした。それから目を瞑って瞼を揉む。そして、彼は手を下ろしてから毅然とした顔をした。
「………そうですね。どう見てもこの人は───いえ、この方は、ダーシュ様です」
「でしょ?」
「ええ。目付きから声から態度から、何から何までダーシュ様です。ですが、耳や尻尾だけではなく記憶も無くなってるのですね」
「そうだね、……うん」
ラウラが少しだけ悲しい顔をして笑ってみせた。
「どうやら、勇者に転生したら記憶が無くなるみたいだな」
ノウトの口からするりとそんな言葉漏れ出した。
直後、自分で自分が言ったことに疑問を持った。なんだ、……これ。なんだこの感覚は。身体の中を、頭の中を何かが通り抜けて、それがすっと胸のうちに収束していくような───
「転生……」
リアが呟く。
「なんか………」スクードが腕を組んだ。「なんか、どこかで聞き覚えがある気がする……その言葉……」
「───そうだ」
ノウトが何か確信を得たのか、言葉を紡いだ。
「そうだよ。俺達は転生した。勇者に転生したんだ。一回死んで、それから生き返った。だからみんな記憶がないんだ」
「どうしてかしら」ジルが目を薄めた。「急に、……腑に落ちた気がするわ」
「───転生……。僕たちはそれを夢見て、それに、………憧れていたような……」
カミルが顎を片手で触りながら言った。
「憧れていた……?」ニコがカミルを見た。「それってどういう───」
「ニコは何か知らないのか? “転生”について」
「知らないよ。ボクがアド様に教えて貰ったのなんてほんの少しだけだから。もし自分が一回死んだとして、どう死んだかも、どう生き返ったかもボクは知らない」
ニコはどこか落ち着いた口調で話した。
「ちょっと~」
すると、ラウラがノウトの腹をつんとつついた。それが妙にくすぐったくてノウトは一瞬でラウラに向き直った。
「あたしたち置いてかないでくれなーい?」
「ごめんて」
「ま、正解がどうであれここからは早く動かないとダメでしょ?」
「その通りだな」
なんだか、ラウラがこの中で一番冷静な気がする。リューリとミャーナはダーシュが生きていることがそれほど信じられないのか軽く放心状態だ。
「それで、俺たちはどうやって帝都まで行くんだ?」
ノウトが聞くと、リューリがノウトのことを見た。一秒かそれ以下の時間だったにも関わらず、ノウトの背筋を凍らす何かが、リューリの瞳にはあった。
「まず、オレ達はここをまっすぐ北に向かってカザオルまで行きます。そこでオズワルドらと合流し、そこから西へと進んで帝都へと向かいます」
ちらりと隣に立つスクードの顔を見る。今にも何か言いたげな顔をしていた。それを代弁したのはリアだった。
「ごめんね。地図みたいなのってないかな。ほら、わたしたちこっちの地理に弱くって」
「悪い、リューリ」
リアとノウトが頼むとリューリは後ろに振り返った。
「ミャーナ、地図」
リューリがミャーナに向かって言うと、ミャーナは思い出すかのように首をひねって、ぽんと手を叩いた。
「あっ、オズに渡したまんまだ」
「………チッ」
リューリが軽く舌打ちをした。
「申し訳ございません、ノウト様。地図は今ここにないので、ひとまずカザオルで待ってるオズワルド達に会いに行きましょう」
「わかった。オズワルド、な」
ノウトはもちろんオズワルドという人物のことを知らない。だが、ラウラに言われた手前、記憶が消えたことをリューリ達に悟られないようにしなければいけない。結構、きついんじゃないか、これ。
「とりあえず行き先は決まったわけだけど」
ラウラがリューリとミャーナに向き合った。
「二人ともここにいた勇者達の行方はわかった?」
「はい、もちろんです」
ミャーナがその答えに即答する。「ここにいた勇者」というのはもちろんフョードルやシャルロット、ヴェッタ達のことだろう。
「こちらをご覧下さい」
リューリが壁に向かって歩いて、棚の近くあたりで座り込んだ。
「ここの床、黒く焦げ目がついているのが分かりますか?」
「……ほんとだ」ニコが呟いた。
「ふんふん。なるほどねぇ」
ラウラが首の後ろに手をやりながら頷いた。
「ここで戦闘があったのは間違いないってことか。それも一瞬の攻防だったんだろうね」
「ええ。ここから移動せざるを得ない理由が何かしらあったのでしょう」
「もしかしたら───」
ラウラが思案気な表情をした。
「……そうですね。連邦が連れ去ったという可能性が一番大きいと思います」
「連れ……去った……?」
思わずノウトが声を漏らす。
「ご心配せずとも連れ去られたとしても彼らは無事だと思いますよー。勇者をみすみす逃す訳にもいかないでしょうから。連邦と何か取り引きをしてそれに勇者が応じたってところっすかねー」
ミャーナは尻尾を左右に振りながら言った。
「勇者を連れるメリットって……なんですかね?」スクードが手を挙げた。
「それは、あなた達が一番理解してるんじゃないですか?」リューリは鋭い視線でスクードを睨みつける。
「あなた達の能力ですよ。それを連邦は利用しようとしてるんです」
「だけど……、フョードル達が易々とその連邦のやつらに着いていくとは思わないな。お前の言う通り勇者には〈神技〉があるわけだし」
「ノウト様、相手はあの連邦ですよ? 何か特別な条件をつけて拐かしたに違いありません」
あの連邦と言われても、今のノウトにはあまりしっくりとは来ない。今のところ不死王とやらがトップにいる大きな国……という認識しかない。
「フョードル達が着いていくほどの条件……か」
「あんまり考えつかないですね。彼ってほら、傍若無人というか何があっても揺らがないというか、ここに来たであろう人をへらへらしながらぶん殴りそうですし」
カミルが顎を触りながら言った。それを聞いたスクードが小さく笑った。
「確かにそうっすね。なんだか懐かしいっすねー。みんなで自己紹介し合ったあの時が」
「あの時のフョードル凄かったよな。変なリーダーシップがあったっていうかなんというか」
「正直、ちょっとついて行きそうになっちゃいましたけどね」
ノウトの言葉にスクードが笑いながらうなずく。ふと、話が違う方向に行っていることに気付き、ノウトがちらりとラウラの方を見ると、意外にも彼女は怒っているような顔ではなく、むしろ微笑ましそうな表情をしていた。
「っと悪い。話がずれたな。それで、なんだっけ」
「なんだっけ、じゃないよまったく」
ラウラがにひひと笑いながらノウトの頬をつねった。一瞬身構えてしまったが、全然痛くなかった。
「あたしたちの第一目標はあんたら勇者を無事に帝都まで送り届けることだから、ひとまず連邦に行ったであろう他の勇者のことは保留。で、あたしらは帝都に行く。わかった?」
「おっけ、了解です」
「なんで敬語?」
「や、ごめん、なんとなく」
「謝らんくていいっつの。なんっか調子狂うなぁ」
いや、ラウラさん。あんたとは実質初対面なわけなんですよ。それを初対面じゃないように振る舞うのってなかなかにきつくって。というかあなたが俺に記憶がないことを悟られないようにしろって言ったんですよね、もうちょっとフォローしてくれます? とは心の中で思ってしまったが、口に出すことはできなかった。というか出来るわけがない。
「よし、とりあえずここ出ようか。ミャーナ、リューリ。荷物まとめて」
「承知しました」
「了解でーす」
言われた二人は後ろある大きめな背嚢へと荷物を詰め込み始めた。
「あんたらは準備は特にいらないでしょ?」
「は、はい」スクードが一瞬びくっとしてうなずいた。そこそこラウラに恐怖心を覚えているらしい。
「ラウラ様、準備完了致しました」
「よっし」
調子が良さそうなラウラは手を打った。そして、にっと笑ってから、
「じゃ、みんな無事に帝都まで帰るぞー!」
「「おおー!」」
ラウラに続いて声を上げたのはミャーナとリアだけだ。
……いやぁなんだか雲行きが怪しいなぁ、と思わざるを得ないノウトだった。
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