あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

shirose

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第三章 恢復の旅路

第19話 覚悟

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 医務室は城の階下の方にあった。それに伴い、シファナと共に階段を降りていった。途中、すれ違った人達は皆、ノウトに挨拶をした。ノウトもそれに答えるように挨拶を返した。
 医務室は簡素な部屋だった。広くもなく、狭くもない個室に三つのベッドがある。

「ノウトきゅん、上着を脱いでください」

 ノウトは黙って上着を脱いで、用意されたカゴの中に入れた。

「ノウトきゅん、じっとしていてくださいね」

「……分かった」

 シファナがガーゼに消毒液を塗ったものをノウトの傷口に当てた。

「いっ……」

「ごめんなさい、ノウトきゅん。痛かったですか?」

「いや、大丈夫。ありがとう、シファナ」

「いえ、私は猫耳族マナフルですので魔法があまり使えなく、こういった応急処置をするので精一杯でして。治癒系の魔法を使える方は今しがた出払ってしまっているので」

「いやいや、全然助かったよ」

「そう言って頂けると嬉しいです」

 シファナは微笑みを浮かべた……んだと思う。表情の変化が乏し過ぎて少ししか口角が上がってないけど。

「包帯を巻きますので、今しばらくじっとしていてください」

「それくらい自分でできるよ」

「いえ、これが私の仕事なので」

 シファナはノウトの腰に腕を回すようにして包帯を巻き始めた。

「出来ましたよ、ノウトきゅん」

「ありがとう」

「さっきから礼しか言ってませんね、ノウトきゅん」

「それだけ感謝してるんだよ、俺は」

「そう、ですか……」

 シファナは目を逸らした。猫耳族マナフル特有の猫耳がぴょこぴょこ動いている。それを見ているのもいいと思ったが、今はそんなことをしている場合じゃないな。

「助かったよ。シファナ、それじゃ──」

「あの、……ノウトきゅん、魔皇様がお呼びになっていました」

「えっ、でも、ヴェロア……じゃない魔皇様ってもう寝室に行ったんじゃ」

「確かに寝室には行きましたが、まだお眠りにはなっていません。ぜひ、お会いしてください」

「……分かった」

 ノウトは頷いて、シファナと共に医務室を出た。
 そして二人で階段を上り、ヴェロアの寝室前まで辿る。前も、ここでシファナ達と出会ったんだよな……。

「では、私はここで」

「分かった。それじゃ、シファナ、色々ありがとう……ってまたお礼言っちゃったな、俺」

 シファナが小さく、ふふっ、と笑った。その笑顔を見れただけでも今までお礼を言って来てよかったと思えた。
 ノウトはヴェロアの寝室の扉をノックした。すると、前とは違って「いいぞ」と声が返ってきた。シファナと目を合わせた後に、扉をゆっくりと開けて、中に入った。

「お邪魔します、魔皇様」

「ははっ、そう固くなるな。ヴェロアでいい」

「分かった、じゃあ、ヴェロア」

「うむ。ちこう寄れ」

 ヴェロアはベッドに居た。薄いネグリジェを着ていた。綺麗だ、なんて不敬にも思ってしまった。
 ノウトはベッドの隣にあった椅子に腰を下ろした。

「ノウト、ユークにやられた傷は大丈夫か?」

「えっ……?」

「まさか気付いてないとでも思ったのか、あんな下手な嘘で」

「シファナが何も言わなかったからてっきり押し通せたかと……」

「はははっ」ヴェロアは明るく笑った。
「シファナも口に出していないだけで気付いていただろうさ。ユークは勇者を忌み嫌っているからな。ノウトと出くわせば戦闘が勃発することなど容易に考えられる」

「そうか。ヴェロアは俺の嘘に乗ったんだな」

「うむ。優しく暖かい嘘だったのでな。これは乗らざるを得ないと思ったんだ」

「……そうか」

 ヴェロアと話していると心がふわふわするというか、特段暖かい気持ちになる。

「ノウト、突然だが……」

 ヴェロアはにっ、と口角を上げた。

「魂とは何か、分かるか?」

 その質問を問うヴェロアには既視感があった。そりゃそうだ。以前、全く同じ質問をされたのを覚えている。

「記憶、だろ?」

「その通り、記憶だ。以前、私が聞いたのを覚えているようだな」

 ヴェロアは腕を組んだ。

「さて、ノウト。どこかおかしいと思わないか?」

「おかしい……?」

「ああ。私はこの異変に気付いて、ノウトのおかげで確信に至れたよ。やはりな、と」

「どういうことだ……?」

「思い出して欲しい。私が魂についてノウトに聞いたのはだ?」

「いつって……それは……」

 ──ああ。
 そうか。そういうことか。
 あれは、リアがニコによって焼かれ、ナナセによるタイムリープが起こる直前だった。そして、ノウトはあの後、あの日の朝へと戻った。つまり、この時間軸に生きるノウトは今まで一度としてヴェロアに会っていないのだ。
 それなのに、ヴェロアはあの時の記憶を持ち合わせている。つまり──

「ヴェロアもあのタイムリープを共にしていた、ということか」

「そういうことだ」

 ヴェロアがしかと頷いた。

「私は初め、何が起こったのかと自らの頭を疑ったがすぐに勇者の仕業であることに気付けた」

「まさか……ヴェロアも一緒に時間の歪みを共に体験していたなんて」

「私とノウト、二人の共通点が分かるか?」

 時間に関係する共通点。そんなの一つに決まっている。

「……俺とヴェロアは〈時〉の神機を使ったからナナセのタイムリープに巻き込まれていたってこと、なんだな」

「ああ、こうして私とノウトが意見を一致出来たからな。その説はほぼ確定と言っていいだろう。だから今後、そのナナセという人物が神技スキルを使う時はお互い気を付けた方がいいと言うことだな」

 そうか、ヴェロアはナナセが死んだということを知らないんだ。

「……ヴェロア、……〈時〉の勇者は……ナナセは死んでしまったんだ」

「………なんだと」ヴェロアは目を丸くした。「〈時〉の勇者という最高位の勇者が……どうやって……」

「俺たちを救けるために身を犠牲にしたんだ」

「そういう、……ことか」ヴェロアは目を瞑った。

「〈時〉の勇者、ナナセには一度も会ったことはないが、決してその名を忘れることはないだろう」

「ああ、俺も絶対、あいつのことは忘れないよ」

 ノウトが言うと、ヴェロアは控えめに微笑みを浮かべた。

「ノウト」

「ん?」

「お前は、これから記憶を戻すのだろう?」

「どうしてそれを……」

「それくらい私にはお見通しだ」

 ヴェロアはにっ、と笑った。その笑顔がなんだがとても儚いものに思えて、もう二度とヴェロアと会えないんじゃないかとそう思えてしまった。

「ヴェロア、その……」

「なんだ?」

「……身体、大丈夫なのか?」

「む、ああ、車椅子を使っていたことか」

 ヴェロアはにかっ、と笑った。

「問題ないよ。ちょっと疲労しているだけさ」

「そうか。無理は、……しないでくれよ。体調には気をつけて」

「分かっているよ」

 ヴェロアはそれだけを言って、ベッドに横になった。

「さて、私はそろそろ寝るよ。ノウト、お前も成すべきことがあるのだろう?」

「ああ、もちろん」

 ノウトが頷くと、ヴェロアは屈託のない笑顔で笑ってみせた。

「また、会えるよな。ヴェロア」

「ああ、会えるさ」



        ◇◇◇



「もう、よろしいのですか?」

「ああ、もう行くよ。メフィのところまで案内して貰えるか?」

「かしこまりました」

 ノウトはこれから、記憶を取り戻すことになる。それは、今のノウトが消え去ることに他ならないのではと微かにだが、ノウトは気付いていた。

 魂は記憶だ。

 つまり、記憶を上塗りすれば、今意識のあるノウトの人格はどうなってしまうのか。
 消滅してしまうのか。それとも今の魂と融合するのか。答えは分からない。メフィに聞けば分かるのだろうか。それを聞くのは、酷く恐ろしい。

 もし、───もし、消滅してしまうのならば、今からノウトが行おうとしているのは、今生きているノウトの“殺害”ということに他ならない。

 記憶が無いは、記憶が無くとも、自分がどういう人間なのか何となくわかった、
 俺は、人が傷つくのを恐れる人間だ。
 目の前で人が傷付いているのが許せない人間だ。
 初めにリアを殺そうとしてしまったのも、のちのちヴェロアが襲われるのが酷く恐ろしく感じたからだ。
 誰かを守る為に誰かの命を奪う。
 俺はこの矛盾に、ついには答えを出せなかった。
 だが、───これだけは言えるだろう。

 行動すれば救える命はある、ということだ。

 俺がフェイを倒したから。俺がニコを止めたから。
 その為に今生きている命がある。

 俺は、目覚めてから多くの人達に出会ってきた。

 ヴェロア。セルカ。フョードル。ジークヴァルト。レティシア。シメオン。カンナ。ミカエル。スクード。エヴァ。リア。レン。シャルロット。フウカ。ダーシュ。パトリツィア。ジル。ニコ。カミル。フェイ。ヴェッタ。テオ。アイナ。ナナセ。コリー。ウルバン。マシロ。メフィ。アガレス。スピネ。シファナ。ラウラ。リューリ。ミャーナ。モニム。オズワルド。ロストガン。ユークレイス。

 皆がみんな、それぞれの想いをその胸に抱えて生きていた。
 
 俺はたくさんの人達に出会って、たくさんの想いを受け取ってきた。
 そして、救われてきた。
 消えたくない、と思うほどに。

 それでも、俺はいつか、死ななくてはならない。

 俺らはみんな、死んでいく。

 目覚めてから、人生の最後の瞬間のことをよく考える。
 これが最後と知らずに、俺は俺の人生を終えるのだろうか。

 それとも、覚悟の上で?

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