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序章 きみが灰になったとしても
第22話 驟雨を征く
しおりを挟むがたがたと揺れる車内。
大虎に引かれた車は轣轆を奏でながら、前へ前へと進んでいく。
ノウトはレン、ルーツァ、シャーファ、また帝国の魔人兵達と共に猫耳族の国モファナの辺境、ソマリスへと遠征に出ていた。ソマリスはかつてノウトの仲間の勇者が壊滅させた街のひとつだ。悔いの残る街だけど、ノウトは決して目を逸らしてはいけない。逃げちゃ駄目だ。きちんと、向き合わないといけないんだ。
「雨、凄いね」レンが言った。
『早く止むといいけど』ミカエルはシャーファの膝の上で丸くなっている。
「ワティラ、風邪引かないわよね」シャーファが心配そうに呟いた。
ワティラ、というのはこの車を引いている大虎の名前だ。
大虎は体長四メートル程の生物で、大陸ではよく移動手段として用いられている。
野生の大虎の気性はかなり荒く、素人では手懐けることもままならないが、猫耳族の限られた人物だけは大虎を飼い慣らし、操ることが出来る。シャーファと、そして意外なことにもラウラもそのうちの一人だ。
「大丈夫っしょ。ワティラは強い子だし」
「あなたねぇ。もう少し心配そうにしなさいよ」
「お前こそ自分の大虎なら信じてあげろよ」
「それとこれとは話が……いや、もういいわ」
シャーファは諦めたように口を閉ざした。
「もうすぐで着くから気抜くなよ」ノウトが雨の音に耳を傾けながら言った。
「凶魔の鎮圧化、だよね」レンが鞘に手を当てた。「骨が折れそうだ」
なんでも、ソマリスに現れた連邦の使役する凶魔が暴れているらしく、それを退治するのが今回のノウト達の役目だ。
なんの縁かあって、純白騎士団団長のミェルキアを倒した時と同じメンバーが今回は当てられた。この四人での戦闘は比較的慣れているのでノウトとしても戦いやすい。
「ミカエル、お前着いてきて良かったのか?」
『どうして?』
「どうしてって、……お前、凶魔だろ?」
そう、これからノウト達は凶魔を倒しに行こうとしている。ミカエルはそれを目の前で見ようというのだ。
『同じ凶魔でも関係ないよ。キミら人同士が争うのだってこの世界じゃ普通のことだろ? 同じ凶魔を目にして何か帰郷への手がかりを手に入れたいのさ』
ミカエルはノウトの目を見て、しっかりとそう答えた。
そこでがさっ、と車の後ろから音が聞こえた。積み荷の方だ。ノウトらは振り返って、音の鳴った方へと視線を向けた。
何か、いる。
「──誰だ」
レンが耐日服〈闇衣〉のバイザーを下げた。そして、音のした方へとゆっくりと歩いて行き──
「ぷはぁっ!」
「チナチナ!?」「フィ、フィーユ!?」
ノウトとルーツァが同時に叫んだ。なんと、そこに居たのはここにいるはずのない二人だったのだ。
「にゃははは!」「ふん、わたし直々来てあげたわよ」
「なんで、ここにいるんだよ……」
「ノウト様ごめんにゃ」
いの一番にミャーナが頭を下げた。
「勝手に着いてきちゃったのは謝るにゃ。でも、どうしてもフィーユが着いてくって……それで、止められにゃくて……」
ノウト達は地面が揺らぐ感覚に陥るながらも頭を抱えた。
『まさか二人が乗ってるなんてね……』
「……話は何となく見えてきた。どうする? 今から帰すしかないと思うけど」
「俺もその方がいいと思う。今回の遠征は危険だ」レンが腕を組んだ。
「でも、今すぐに往復出来る大虎はいないし、〈瞬間転移陣《ステラグラム》〉を使える魔術師も今回の遠征にはいないわよ」
……マジかよ。ああ、どうする。何が正しい。何をするべきだ。考えろ。考えろ。
「……フィーユ、訊いていいか?」
「ええ」
「どうして着いてきたんだ?」
「それは……」
フィーユは一瞬口ごもって、それから口を開いた。
「ノウト、あなたと一緒にいたかったの」
「……へ?」
「あとついでにお兄ちゃんとも」
「俺がついでかよ! まぁいいや! 大丈夫だフィーユ。何かあってもお兄ちゃんがシュババッと助けるからな。それに、今回は敵兵がいるわけじゃない。少ない凶魔を相手にするだけだ。戦場に来させなきゃ危ないことはないだろ」ルーツァが早口で捲し立てた。
「まぁ……それも一理あるが──」
ノウトはさっきのフィーユの言葉を理解するのに頭の労力を使い果たした。結局、フィーユがどうしてノウトと一緒にいたいのかは分からなかった。ただ、これだけは確かだ。
「やっぱり危険だ。帰した方がいい」
言うと、レンと目が合った。
「俺もそう思うけど、さっきシャーファが言った通り手段がないよ。今から取れる一番安全な選択肢はミファナの家に彼女らを留まらせてもらうことだ」
……それは、分かってる。それしかないのは最初から分かってるんだ。だけど、何だろう。胸がざわめく。正しいのかが分からない。違う。違うだろ。今は、やれることをやれ、ノウト。
「じゃあ、ソマリスに着いたらミファナの家まで送ろう。それでいいな?」
「いいわよ」
フィーユは何故か偉そうに言った。……どうして?
「ごめんにゃー、ノウト様」
「いや、乗ってたのに気付けなかった俺が悪い。二人は悪くないよ」
「いや……」
フィーユがおもむろに口を開いた。
「あなたは悪くないわ。いつだって」
その言葉が驟雨に紛れて、溶けて、ノウトの心に混ざっていった。
◇◇◇
ノウトの目の前を黒い一閃が走った。ノウトはそれをすんでで避ける。危ない。気を抜いたら駄目だ。チナチナとフィーユはミファナの家に届けた。もう不安要素は無いはずだ。集中しろ。雨は降ったり止んだりを繰り返している。くそ、煩わしい。
「シッ──っ!」
殺陣で凶魔の爪のような攻撃を止める。
「ノウト! 動きを止めるから仕留めてくれ!」
「分かった!」
レンが片手剣を振るって凶魔に斬り掛かる。
凶魔はそれぞれ形が異なる。人のような姿をしているものもいるし、動物に近いみためのものもいる。それとは反対に形容しがたい不定形の姿をしているものもいる。
凶魔は身体の奥にある核を壊すことで倒すことが出来る。ただ、ノウトの場合は別だ。
「つっ!」
「変われ! 俺がやる!」
ルーツァがレンと交代する。ルーツァは凶魔の片腕を切り落として、その場に伏せさせた。
「ウグァアアAアAAAA゛あぁAアアアッッ!!」
凶魔の悲痛なる叫び声が響く。
「今だ!」
ノウトは駆けて、飛び込むように凶魔に手を伸ばした。指先がそいつに触れると同時に、頭の中で唱える。
──弑逆。
その瞬間、凶魔の身体の内側からパキッと音がして、壊れた水槽のように凶魔が黒い液体を撒き散らしながら霧散していく。
「……よし」
「ナイス、ノウト!」
ノウトの神技を使えば、凶魔を一瞬で倒す──いや、殺すことが出来る。
「シャーファ、後は速いやつだけだ!」
「任せて!」
シャーファが槍の持ち手に右手を置き、もう片方の手を先端に持っていく。槍の構えのひとつだ。シャーファは深く呼吸をして、体勢を整えた。
異様に素早い凶魔が辺りを走り回っている。気を見計らって、どこかでノウトらを攻撃するつもりだ。でも、彼女なら。シャーファなら。
「ここ……!」
「ギャアアAAAアアッッ!?」
素早い獣型の凶魔の腹をシャーファの槍が貫通する。まだ霧散していない。核は壊れていないのだ。凶魔を超越するシャーファの槍撃をノウトは確認してから近付いた。そして、手を伸ばし、蠢く凶魔目掛けて弑逆を発動する。凶魔は途端に藻掻くのをやめて、空気中に溶けていく。
「……ふぅ……」
なんとか。なんとか、この地帯の凶魔は全滅させられた。ここまで来ると、逆に雨が心地よい。雨と汗と凶魔の体液で身体がびしゃびしゃだ。
「おつかれー」ルーツァが刀を鞘にしまった。
「宿に戻りましょうか」
「そうだね」
レンが頷いて、ノウトを見た。
「ノウト、どうかした?」
「ん、いや、何でもないよ」
ノウトは頭を振って、否定してみせた。
すると、ミカエルが遠くからこちらを見ているのが分かった。ノウトが手を振ると、ミカエルがぴょんと跳ねて合図を返してくれた。
凶魔がなんなのか、ノウトには分からない。魔法で身体が構築されていて、その外殻は柔らかいガラスのようなものに包まれている。
メフィでさえも凶魔の本質は分かっていないらしく、ミカエルが他の凶魔と違うのも、メフィがミカエルを保護していたら突然変異したことらしい。
凶魔はアンダーグラウンド、つまり地下で生まれる。
地下迷宮への扉は今は封じられていると言われているが、こんなにも凶魔に遭遇するならば、もしかしたらそんなことないのか。
分からない。この世界は分からないことだらけだ。
この世界に絶対と言える正解はない。
でも、絶対間違ってることはある。
その間違いを正すのがノウトの役目だ。
凶魔に襲われている人がいたら、凶魔を倒すしかない。そう、これでいい。これでいいはずなんだ。
ノウトは篠突く雨に打たれながら、虚空を仰いだ。
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