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序章 きみが灰になったとしても
第23話 おかえり、そしておやすみなさい
しおりを挟む「おかえりなさい、ノウト」
「ああ、ただいま」
「これ、わたしが作ったの。この料理を食べる権利、特別にあなたにあげるわ」
「やったー……って違うだろ」
「ナイスノリツッコミにゃ」
凶魔退治を終えたノウト達は一旦宿に戻ってからそれぞれの身支度をした。夜も深けてきたので血夜族のレンは空を飛んで単独で彼の家へと帰って行った。
ルーツァとシャーファは今回着れてきた兵士達への連絡伝達、またこの街の兵士ギルドへ今回の凶魔退治の報告をしに行っている。その間にノウトはチナチナとフィーユをミファナの家に様子を見に行っていたのだ。
「悪いな、ミファナ。いきなり二人押しかけさせて」
「いえいえ、全然ですよ。むしろ楽しい時間過ごせて幸せでした」
「ねー」
チナチナが生意気にも同意した。どんな神経してんだよ、こいつは。
「さ、ノウト。わたしたちが作った夕食食べていいわよ」
「チナチナが作ったやつは一目瞭然だな」
「さすがノウトきゅん、チナチナのこと好きすぎて全部お見通しなのにゃ」
「まぁ、間違いではないけど」
「にゃ、にゃはは。ノウト様はいつもそれにゃ」
「みんなで協力して作ったんだよね」ミファナがにこっと笑った。
「そうよ。好きなだけ食べていいわ」フィーユはいつも通りやけに偉そうだ。
「せっかくだし、みんなで食べないか? ルーツァとシャーファを待ってたら冷めちゃうから俺らだけになるけど」
「そうですね。それがいいです」
「にゃはは。それならチナチナがこれもらうにゃ!」
「っておいチナチナ! それ俺が狙ってたやつだぞ」
「もう、行儀悪いですよ、二人とも」
「二人して子供っぽいんだから」
フィーユは呆れたように言ったけど、その顔には楽しさが滲み出ていた。フィーユとチナチナは意図せず着いてきてしまったが、結果として楽しそうだから、まぁ別にいいか。彼女らの笑顔が見れるなら、ノウトはそれ以外何も望まないのだから。
◇◇◇
「それじゃ、おやすみ。三人とも」
「ええ。おやすみ」「また明日にゃ~」「おやすみなさい」
挨拶を交わして、ノウトは宿への帰路に着いた。
チナチナとフィーユはミファナの家に泊まることになった。それが一番安全だし、なにより彼女達がそうしたがっていた。楽しいのが一番だ。
雨が降ってるけど、傘は持ち合わせてないから、庇を通りながら宿へと向かう。そんな時だった。
「ノウト!」
後ろから声がした。何度も聞いた彼女の声だった。ノウトは振り向いた。髪を濡らしたフィーユが、そこに立っていた。
「どうしたんだよ、風邪引くぞ」
ノウトが上衣をフィーユに渡した。
「あ、ありがとう」
「おう」
フィーユがやけに素直だ。おかしいと思いつつも、ノウトはフィーユが本来こういう子だということを知っている。
「何か俺に用があるんだろ?」
「その、……はぁ……あのね、……」
走ってきたからフィーユは息切れしてる。
「どっか、落ち着くところ行くか?」
「ううん、…大丈夫。……はぁ、……大丈夫だから」
フィーユは顔を上げて、ノウトと目を合わせた。
「えっと……、その……」
何か、言いにくいことでもあるのか。フィーユはノウトの上衣を頭から被って、顔を隠すようにしている。ノウトは黙ってフィーユが何か言うのを待っていたけれど、
「やっぱ無理ぃ!」
フィーユは痺れを切らして叫んだ。
「明日ね! また明日会いましょう! その時はあなたに伝えるから!」
「お、おう?」
「それじゃ、おやすみなさい!」
「お、おやすみ~」
フィーユはここから逃げるように走って行った。追いかけようとも思ったけど、やめておいた。明日会えばそれでいい。
部屋に戻ると、ミカエルがベッドの上で寝ていた。今日一日は長かったから疲れているのだろう。ノウトもそろそろ眠らないといけない。寝ているミカエルを起こさないように、ゆっくりとベッドに横になる。
眠る前は今日一日のことを振り返るようにしている。
ロストガンとラウラに強くしてもらって、今はこうして誰かの役に立てて。フィーユやチナチナ、レンやルーツァ達と一緒にそれぞれの仕事をこなして。ノウトは幸せ者だ。幸せなはずだ。でも、どこか心に空っぽの穴が空いていて、そこから幸せが零れているような、そんな気がするんだ。いつからか胸がざわめく。不殺の戦術を鍛えて、ミェルキアを倒して。何一つ心残りはないはずだ。
でも、ああ。瞼を瞑ると、彼女の顔が頭に浮かぶ。泣いてしまいそうになるのをぐっと堪える。彼女に『生きて』と言われたから、ノウトは生きなくてはいけない。
生きて、そして救う。
ノウトがするのはそれだけだ。
◇◇◇
「どうしたの? アヤ」
「………へ?」
「浮かない顔してるよ。何か不安事?」
「不安事……」
ノウト──いや、濃野は周りを見渡した。十月の心地良い秋風がカーテンを揺らす。空き教室の黒板には何も書かれていない。木製の質素な机と椅子が教室の後ろの方で積み上げられている。
目の前にいるのは綺麗な女の子だ。神がひとつひとつのパーツを選んでつけたかのように美しい。見る人全てを魅了する容姿を持った女の子。
「有栖ちゃんを救けるんでしょ? ならやることは決まってるじゃん」
「……うん、分かってる。分かってるんだ。俺は、やることを知っている」
そうだ。俺はしなくてはいけないことがある。それは、……────。
「まぁ、アヤは優しいから。だから私が手伝ってあげるって話」
「樗木はいいのか?」
「私は全然。むしろこんな非現実的なこと出来て楽しいよ?」
「……楽しい?」
「うん。だってこの世はフィクションで溢れてるでしょ? 小説、映画、ドラマ、ゲーム、アニメ、マンガ。人は非現実的なものを本質的に好んで、切望してる。だからこの世界にはフィクションが溢れかえってる。みんなみんな、非現実的なことを望んでるんだよ。女の子が白馬の王子様をいつまでも待っているように、男の子が異世界に転生して最強の力を得て世界を救うことをいつも望んでいるのと同じで。普通じゃないことを望むのは人として普通のことなんだよ」
「……じゃあ、俺らがやってることも普通だって言うのか?」
「もちろん」
樗木はその端正な顔で頷いた。
「他の女神慿きを殺して最後の五人になる。そうすれば有栖ちゃんを救える。そうでしょ?」
そうだ。俺は彼女に救われた。有栖に生きる希望をもらった。だからこそ彼女のいない世界に希望を覚えることは出来ない。
「でも、人を殺すのは、それが正義だとしてもいけないことなんだ。俺は、それを知っている」
「あっそう」
樗木は───樗木茉白は興味無さそうに濃野から目を逸らした。そして、急に姿を消したかと思うと濃野の背後に立っていた。
「どうでもいい。どうでもいいよ。そんなこと、私はね。アヤがいれば──」
◇◇◇
雨が屋根にぶつかるその音で目が覚めた。
何か、夢を見ていた気がする。
いい夢か、悪い夢かも分からない。
いつもこうだ。何かを掴めそうなのに、掴めない。何か忘れていることを思い出せそうなのに。
『………ノウト……?』
ミカエルが眠たそうな瞼を開けた。
『どうしたの?』
「いや、何でもない。……急に目が覚めちゃって。起こしてごめん」
『何でもないならいいんだ。…ほわぁ……』
ミカエルが口に手を当てて、あくびをした。その時だった。
ドンドンドンッッ、と部屋の扉が強くノックされた。
「おいノウトッッ!! いるかっ!?」
ルーツァの声だ。何かあったのか。心臓が高鳴る。ノウトは駆けて、扉を開けた。
「ルーツァ、どうした?」
「はぁ、シャーファが! どうなってやがんだよこれ! はぁ……、雨のせいで鼻が利かねぇ! くそ!」
要領を得ない言葉がルーツァの口から零れた。ノウトがルーツァの肩を掴む。
「ルーツァ、落ち着け。深呼吸しろ。それから笑え」
ロストガンから習った呼吸法をルーツァに言うが、
「んな落ち着けるかよ! こっち来い!」
ルーツァに引っ張られてノウトは無理やり廊下を走らされた。肩の上にミカエルが乗っかった。
「これっ! この部屋! 見ろ!」
そこはシャーファが泊まっていた部屋だった。扉が両断されて、部屋の中が荒らされている。そして、
「……これ」
腕だ。片腕が床に転がっている。血の匂いが部屋を満たす。ああ。何が起きてる。分からない。意味が。よく。
「……落ち着け、ノウト」
小さく言って、自分を落ち着かせる。
大丈夫だ。
まだシャーファは生きてる。
だって彼女は強い。ノウトの何倍も強くて本気でやったらルーツァすら適わないだろう。夜に奇襲すれば勝てるという問題ではない。彼女は強いんだから。
「今宵は月が綺麗ですね~」
透き通った、それでいてのんびりとした声だった。
この場に似つかわしくない、木漏れ日のような間延びした声にノウトは気が抜けてしまった。
女の声だ。ノウトとルーツァは振り返る。
廊下の先から足音が聞こえる。こっちに、近付いてくる。何者だ。分からない。暗くてよく見えない。
「私、雨好きなんですよ~。服が濡れて、肌にぴとりと付くのがたまらなく好きなんです」
「……誰だ、アンタ」
ルーツァが声を振り絞って、言葉にした。
「──ずっと、どうしたらいいかなと、考えてたんです、私」
女の声が近付いてきている。その様相が少しづつ見えてきた。女は酷く若い。幼いとも言える。ノウトと同じくらいか、それ以下。
そして、両手に鞄のようなものをぶら下げている。手提げカバンの類いだろうか。
ひとつでは無い。複数だ。
「……どうしたら、お兄様の無念を果たせられるかなって」
「おい、こっちの質問に答えろテメェ……」
ルーツァが言った、その刹那、女が鞄のようなものをこちらに投げた。
「ふふふっ。これは私からあなた達への素敵なプレゼントです」
それらはノウトとルーツァの足許に落ちて、転がった。三つだった。
いや、三人だ。
ノウトは、ああ、だか、わあ、とか何か声を発した。言葉にはならなかった。
髪が長い。髪が。そう。鞄じゃない。これは、鞄なんかじゃ。違う。女性だ。女性の頭。これは生首だ。頭髪の色はそれぞれ異なっている。三者三様だ。なんだ、これは。認めたくない。いやだ。いやだ。これはきっと、現実じゃない。夢だ。悪い夢だ。さっき見ていた夢の続きに決まっている。だって、そうじゃなかったら、こんなこと、あっていいはずがない。ありえない。あってはならない。
彼女たちの名前を呼びたくはなかった。
呼んだら本当になってしまいそうな気がする。夢から覚めてしまう気がする。
それに、たぶん、彼女たちは返事をしてくれないだろうから。
それとも、答えてくれるだろうか。
彼女たちはどうしてか三人とも目を開けている。片方だけ開けていたり、両目を開けていたり、半分だけ開けていたり。何でだろう。
だめだ。全てが納得出来ない。おかしい。こんなの。こんなの。
「これ、その子がポケットに入れてたんですよ」
それは、真っ黒な箱だった。あれは、先日みんなで写真を撮る前にルーツァが彼女にあげたものだ。どうしてお前がそれを持ってる。おかしい。
女はそれを床に転がして、そして、背中から直剣を取り出して箱をぶっ刺した。ルーツァの贈り物は跡形もなくなった。
「あはは。大丈夫ですか? 元気ありませんね。大切なものだったんですか? お兄ちゃん」
「ブッ殺すッッッ!!!」
ルーツァが刀を抜いた。そして、閃く。目にも止まらぬ一閃が虚空を切り裂く。何が起きたのか、ノウトには見えなかった。
「ふふっ。それが魅刀のルーツァの全力ですか~?」
女はルーツァの刀を直剣で受け止めていた。
「お前! お前ッッ! お前ェェッッ!! 殺す! 殺す! 殺してやる!! よくも! よくもォォッッ!!」
「うるさいです」
「ころっ──」
ノウトはまばたきした。次の瞬間には、ルーツァの口に剣が突き刺さっていた。
「ふぃーゅ…ぉ……」
ルーツァはあの子の名前を叫ぼうとしたのだろう。だが、それを女は許さなかった。女の直剣はルーツァの口内から後頭部に達した。彼女はさらにそのまま股間まで斬り下ろした。ルーツァの身体は両断されて、左右に別れる。血と臓物が嘘みたいにこぼれた。その向こう側に女が立っていた。
ノウトはふらついた。立っているのもやっとだった。
その時、何かに躓きそうになった。
それは、フィーユの生首だった。
シャーファもいた。ミファナもいた。
いや、ちがう。
彼女たちはそこにいるけど、もう、どこにもいない。
「ノウトさんノウトさん。私、今嬉しいんです。お兄様が楽園で微笑んでる気がするんです」
女は茶色の髪をしていた。セミロングだ。ノウトは知っている。彼女の面影を、知っている。女の剣は黒かった。漆黒が剣を纏っていた。
女はあいつの妹だ。確信した。確信してしまった。
「ごめんなさい。魅刀のルーツァさんの質問、答えるの忘れてました~」
女は直剣を床について、片手を自らの胸に当てた。
「私はエヴァ・ネクエス。ミェルキアお兄様の愚妹です。……ってもうルーツァさんは死んじゃってましたね。うっかりです」
エヴァはそう言って、朗らかな笑顔で微笑んだ。
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