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第三章 恢復の旅路
第20話 仄かな光、小さき思い
しおりを挟むその部屋は薄暗かった。〈光〉の小型神機が部屋の隅に置いてある。いわゆるアンビエントランプ、環境照明というやつだ。壁の、或いは部屋の一部のみだけがほのかに照らされて、とても生活出来る空間とは言い難い。
だだ、この部屋が暗いのにもいくつか理由があった。
まず、単に暗い方が集中力が上がるから、というのが挙げられる。彼女──メフィの場合、小さい頃から暗い場所ばかりにいたからか、このくらいの明るさがちょうど良いのだ。
しかし、本懐は別にある。
それは凶魔が暗い場所を好むからだ。
過去、連邦が凶魔を使って襲ってきたのも天候が悪く、陽の光の出ていない日だった。また、凶魔がゴーレムを操ることが出来るのもこの習性が生きた結果だと言える。
凶魔は狭く、暗い場所を本能で求める為、自らの意思で、自ずとゴーレムに入っていく。それが面白い習性とも言えるが、その習性がまたひとつの仮説を生み出している。
その仮説を実証するにあたってメフィはまだ確信を得られていない。仮説は長い間、仮説のままだ。もしくは永久に───
「………ミカエル」
メフィが呟いた。そして、微かに光を孕んだ透明な容器を我が子のように撫でる。
その近くに眠るノウトの横顔は綺麗で、生きているようでも、死んでいるようでもあった。
「ノウトをどうか……」
この容器の中にあるのはノウトの魂だ。
そして、魂は記憶。ここにあるのは言わばノウトの序章を紡ぐ語り部。
彼にはやってもらわなくてはいけないことがある。彼にしか出来ないことだ。メフィは少なからず彼を好いている。この感情が何なのか、メフィは分からずじまいだが、嫌いではないのだと確信出来る。
メフィは自らの人生において、魔皇とラウラ以外の全てを信頼していない。いつ裏切られるか、いつ嫌われてしまうか。その理に常に脅えている。
だが、彼は──ノウトは信頼に足るかもしれない、そう思っている、気がする。
「……わしは……、いや、わたしは──」
──自らの心も分からない愚かで矮小な存在だ。誰かといると、常にそれを思い知らされる。ノウトにはいつも驚かされた。ノウトはフィーユやミファナを愛していた。それは本当だ。ノウト、あやつはフィーユやシャーファを殺した犯人を目の前にして、殺せるにも関わらず、殺さなかった。初め聞いたとき、こいつは頭がおかしいのか、そう思った。
人は復讐する生き物だ。
大事なものを奪われたとき、心は復讐に支配される。それは生き物としての本能だ。使命だ。
でも、ノウトは違った。
あやつはあろうことか大事な人を奪った相手さえも救おうとした。普通の人間はそんなことはしない。普通の、一般的な人間は復讐で人殺しはしないものの、心のうちでそいつを心から憎むだろう。そして、避けるか傷付けるだろう。ノウトは避けるでも傷付けるでもなく、真正面から殺人を犯したものを救おうとする。正直言って、大馬鹿者だ。大うつけだ。
「………ばかもの……」
……早く、帰ってこい。
心のうちでそう願った。
言葉にはしなかった。言葉にすると、もう帰ってこない気がしたからだ。会えない気がしたからだ。
今回のことも計算上、理論上では可能だと断言出来たが、実証したわけではなかった。メフィは自分のことを世界で何よりも信じている。そんな自分が自分の理論を信じないでどうする、メフィ。
すぅ、と初めからいたかのようにエスカ・ヴァン=メエルがメフィの隣に立っていた。
「ノウトきゅんの様子はどうだい?」
「……その呼び方、どうにかならぬのか?」
「失礼、彼とワタシはそういう仲だからさ」
「そういう問題ではないがの」
エスカの戯れ言をメフィは複雑な気持ちで受け流した。
「様態は変わっておらん」
メフィはノウトの首裏、うなじに目をやった。ノウトのうなじには腕程の太さのカテーテルが繋がっていた。あれは魂を行き来させる留置針、またそのチャンバーだ。
次に手首を見やった。透明な管がそこから伸びており、それを辿るとクレンメを経由して、ひとつの透明な容器に繋がっていた。その中には赤い球がある。あれは〈鮮血〉の小型神機、いわゆる生命維持装置だ。眠り続けているノウトはあれによって生命を保っている。
「見て分かるとおり、綺麗な顔で眠っておる」
「そうだね」
エスカは腕を組んで頷いた。
「あれから──どれくらい経ったんだ?」
「ノウトはあの日から、約半年間眠っておる」
「半年……」
エスカは頭の中で再考するように呟いた。
「キミの腕を疑う訳では無いけど、大丈夫なのかい?」
「大丈夫に決まっておろう。そも、時間のかかることは分かっておった。魂の結合、ミュトスとロゴスの親和は言葉で言い表すよりも複雑で、簡単とは言い難い。為せば成るというものではないのじゃ」
「どれくらいかかるんだい?」
「わからぬ」
メフィは即答した。
「わからぬって……。状況分かってるの? メフィ。ノウト君が『鍵』の隠し場所を思い出してくれないと──あの力がないと、不死王には勝てない」
「それは、わしも分かっておる。〈生〉の勇者、それに〈魂〉の勇者、そして〈時〉の勇者の死体を連邦に奪われた。それらを手にした不死王を野放しにすれば世界が危ういことは、わしが一番理解しているつもりだ」
「……そうだね。悪い、メフィ。焦っても仕方がないことは分かってるんだ。でも、事が起きてからじゃ遅いことも、ワタシは理解している。理解してしまっている」
エスカは歯を食いしばった。不死身の種族、血夜族の彼女をここまで苦しめるのは遺恨と悔恨だ。何事も失ってからでは遅い。
「……今は、ノウトを信じよう。わしらに出来ることはそれくらいしかあるまい」
エスカは小さく頷いて、いつもの余裕そうな表情をしてみせた。
そうだ、自分のことを一番に信じているメフィがノウトのことを信じないでどうする。
「──ノウト、信じておるぞ」
今度は声に出して、そう言ってみせた。
その声がノウトに届いたのか否か、それは彼のみぞ知る。
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