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序章 きみが灰になったとしても
第35話 正しき解
しおりを挟む「ッ……」男は一瞬驚いて、それから何かを叫ぼうとした。
ノウトは条件反射的に飛び出して、彼に飛びかかった。引き倒して、首を絞める。起き上がったままだと、抵抗されて暴れられた時に後頭部などの危険な箇所を壁や地面に打ちつけてしまいかねない。寝技に持ち込んでしまえば、あとは基本大丈夫だ。
男の首に、ノウトの右腕がしっかりと食いこんでいる。その右腕に左腕で關を掛けているので、ちょっとやそっとでは外れない。
男は苦しみながらも抵抗して、ノウトを殴ろうとするか、引っ掻こうとした。それをなんとか守りながらも、袖の中に仕込んだメフィお手製の睡眠針を滑らせて、男の首に刺した。男はびくんと痙攣して、死んだように白目を向いた。もちろん、死んではいない。全身から力が抜けている。ふりではない。確実に気絶している。
ノウトは一呼吸置いて、その場で立ち上がり、立ち去ろうとして、頭を振った。
彼は確かに気を失っている。だが、いつかは目を覚ます。それは一時間後か、もしくは十分後かもしれない。起きてしまったらノウトのことが広められてしまう。
さすがにこのままにしてはおけないよな……? どうにかしないと。──どうにかって? 動けないようにする? 縛る? それとも、───……。
いや、それこそだめだ。人を殺してはいけない。殺せば、また悪いことが起きてしまう。ミェルキアを殺したときのように不幸が舞い降りてしまう。
だけど、この男が目を覚ませば、何が起きるかは瞭然だ。もしかしたらノウトたちは大地掌握匣を奪えなくなるかもしれない。
──ならば、殺すしかない?
「……くそ」ノウトは掌底で額をとんとん叩いた。
迷いが。正解が。道筋が。躊躇いが。
この魔人の男は一人だった。
表通りではなく、わざわざ裏路地にいて、地面に散らばる花びらを見てうずくまっていた。
彼は花束を誰かに渡そうとしたが、拒否されてしまった。だから花束はばらばらになってしまい、ここで座り込んでいた。
そんな想像が働いてしまった。いや、違う。だから何だ。仲間の命には変えられない。ノウトは見られてしまった。生かしていおいたら危険だ。殺そう。さくっと。弑逆を使うだけだ。殺ろう。殺るべきだ。
──まぁ、そんなこんなで、ノウトは暗殺を使いながら裏路地を出て、違う場所へと移動した。一度あったことは二度目もありえる。
大丈夫だ。処置は適切だった。大丈夫、問題は無い。気をつけなくてはいけないのは分かるが、ああ言うこともある。ああ、びっくりした。ほんとに。気をつけよう。うん、もちろんだ。
屋根の上で周りを見渡す。誰もこちらには気づいていない。そりゃそうだ。二年間もロストガンに鍛えられて暗殺は極地に至っている。
仲間たちのもとへ戻ってくる時だった。ふと、屋根伝いにそれぞれを見ると、ある建物が目に入った。場末の工場街のひとつの建物の上、屋根に誰かが座っている。そして、しきりに辺りを見回している。
何かを探しているようだ。なんだ? 何をしている? もしかして、ノウトを探している? バレたのか? さっきのさっきで? まさか、そんなわけ……。
結果的にはそのまさかだった。
ノウトはゆっくりと屋根に佇むやつに近付いた。近づくにつれて、その姿がはっきりしてくる。思い出した。そうだ。王都でまた会おうと約束をしていた。暗殺を解除して、彼の隣に降りる。
「おっ!?」
彼はこちらを見て驚いた声を上げた。同時に嬉しそうだった。
「いやー焦ったすよー。そういやこっちで落ち合う方法伝えてなかったなーって」
「俺が飛べるって知ってたのか?」
「ま、これでも情報戦は強い自信あるんで」スクードはそう言ってにひひと笑った。
「とりあえず会えてよかったっす。伝えたいことがまだあったんです」
「俺も、聞きたいことあるし、会えて良かった」ノウトがスクードの横に腰かけた。
「そういや、俺がここにいるの、疑問に思わないんすか?」
「それは、屋根の上にいるって意味か?」
「いやいや。前会った時はここからだいぶ離れたとこにいたんで、普通に考えてノウトたちと並走して進まないと俺がここにいるのはおかしいってなりますよね」
「どうせ瞬間転移陣使ったんだろ?」
「わっ、ご明察」
「それくらいは俺も分かるよ。連邦の瞬間転移陣だから俺達が使うわけにもいかなかったって理由もわかる」
ノウトが言うと、スクードは少し驚いた顔をした。
「ノウトは頭がいいっすね」
「馬鹿にしてないか? それ」
「違いますよ、言い方に語弊があったっすね」
スクードは頭の後ろに手をやって髪をかいた。
「そんなことより、前から聞きたいことがあったんだ」
「なんすか?」
「スクードがあの場で待ち伏せしてたってことは、俺たちがここに来ることを予期してたってことだろ? なんで来ることが分かってたんだ?」
「あー、それはっすねー……」
スクードは珍しく口を濁した。
「俺の打ったその〈殺戮〉の剣──黒刃の剣にちょっと細工をしてまして」
「あー……。何となく察した」
「ま、それは追々ってことで」スクードがうーん、と腕を組む。「前会った時ってどこまで話しましたっけ? ……あれ、会ったら言おうって思ってたことがあるんすけど」
スクードが頭をひねった。ノウトは眼下に映る街並みを眺める。
「不死王を殺せって、スクード言ってたよな」
「あっ、それ言いました」
「何か軽いな、お前……」
「ああ、ごめん」スクードが頭を軽く下げた。楽観的なやつだ。
「……俺さ、確かに不死王のことを少なからず恨んでいるんだ。フィーユやミファナたち──大切な、人を俺は不死王のせいで失った。でも、殺すのは、違う気がする。それじゃ同じなんだ。復讐の負の連鎖を断ち切らなくちゃ、駄目なんだ」
ノウトが言うと、スクードは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「……ノウトは本当の意味で勇者なんすね」
スクードは茶化すように言わずに、ただ真面目にそう答えた。そして、ノウトと目を合わせる。
「でも、俺は、あいつのいる世界が憎くてたまらない……。怒りの炎で身体が焼き尽くされてしまいそうなんすよ」
「………」
ノウトは押し黙った。喉の奥の方が熱い。何か言うべきか。何を言うべきか考えていると、先にスクードが話を始めた。
「……不死王が死ねば、魔皇が再び大陸を統一できる」
この大陸は一度、過去の魔皇によって統一された。しかし、そこに現れた勇者を自称する者たちによって、魔人は二つに別れてしまった。
勇者から逃れるために南に遷都した反魔皇派の不死王率いるガランティア連邦王国、そして勇者を迎え撃つ魔皇派の魔帝国マギアとその周辺の諸国域。
「確かに、不死王がいなくなれば連邦王国は崩壊してなくなるかもしれないけれど、……だからってまた統一出来るかは分からない。勇者が不定期で襲ってくることもあるしさ」
「でも、不死王がいなくなれば、今の現状よりは良くなるはずっすよ」
聞いて、ノウトは自らの手首を握った。
「……スクードに、不死王を殺せと言われて、色々考えていたんだ。……本当に不死王がいなくなれば、世界は良くなるのかなって」
ノウトが街並みを見下ろした。
「不死王が戦争を仕掛けてくることは分かっているけど、ここに暮らす人々は不死王を支えに生きている。帝国も連邦側も等しく命は生きている。それを奪うことは俺には出来そうにないよ」
「ノウトはやっぱり良い奴っす」
スクードはノウトの言ったことに何も驚いていない。ただ小さく笑っていた。
「不死王は正真正銘の──真っ黒な悪っすよ」
はっきりとした口調でそう告げる。
「──ここに来るまでに動く死体にでくわしませんでした?」
「あったよ。ゾンビってやつだろ?」
「よくご存知で」スクードが指をぴんと立てた「ゾンビについて、どこまで知ってます?」
「いや、全然。帝国側からじゃ全く耳に入れない情報だから、動く死体ってこと以外は特に」
「ま、普通そっすよね」
「彼らが何か、スクードは分かるのか?」
「あいつらは、極位魔人の成り損ないっす。極位魔人ってのがなんなのかは知ってますよね」
「……ああ、もちろん」
極位魔人というのは、首を切らない限り再生し続ける魔人族のことを指す。過去、ノウトはミェルキアやその他極位魔人と会ってきた。
「具体的にどんな手段で極位魔人をつくっているかは分からないっすけど、極位魔人化に失敗すると脳が壊されてゾンビみたいにあてもなく彷徨う廃人になっちゃうんす」
「彼らも、……もともとはちゃんとした人だったんだな」
ノウトが言うと、スクードは頷いた。
「……俺の姉貴も」スクードがノウトから目を逸らした。「極位魔人にされる実験に連れて行かれて、それで失敗して、ゾンビになった」
「……その人は今どこに?」
「それは分からないっす」スクードが眉を下げて笑った。明らかに無理をした笑い方だった。
「地下街に収容されているのか、それともあてもなく地上をさまよっているのか」
その横顔の哀愁がノウトを襲う。
ノウトはいつかの晩にゾンビに襲われた。もしかしたら、あの中にスクードの姉もいたのかもしれない。その可能性は低いけど、ゼロじゃない。ノウトは片手で自らの顔の下半分を覆った。
「不死王は人の命なんてどうでもいいと思ってるクソ野郎っす。あいつは不死身だから平気で他人を殺せるし、平気で人の幸せを奪う」
スクードはどこか怒りの籠った声で言った。
「俺は、あいつを殺したくてたまらない。俺から、家族を奪ったあいつを……」
怨嗟の炎がスクードの瞳を焦がす。
「とにかく、不死王がいなくなったあとは、もうほんとに、これでもかってくらいサポートするんで、どうか頼みますよ、ノウト」
スクードは真剣な眼差しでノウトを見た。ノウトは頼まれたら断れない性格だと自負している。だけど、こればかりは二つ返事は出来ない。
不死王がいなければ、フィーユたちは死んでいなかった。
スクードの姉もゾンビにされなかった。
戦争がここまで激化することも無かった。
スクードの言うことが本当ならば、不死王は世界を破壊しようとしている。その目的は分からないが、神機を集めて何かを企んでいることは事実だ。
不死王がいなくなれば、残る問題は勇者と、それからどう統一するかだけだ。
ここまで言うならば、スクードには何か手筈があるのだろう。
「ま、全部ノウト次第っすけどね。期待はしてますけど、責任を押し付けるつもりは全くありませんし。これは、勇者であるノウトにしか頼めない」
「…………」
やはり、ノウトはすぐには頷けない。殺してくれなんて頼まれるのは初めてだ。どうしたらいいのか。分からない。何も。
「ごめん、スクード。あれから、自分の出す答えに自信が持てないんだ。だから、その頼みには答えられないかもしれない」
言うとやはりスクードは驚かなかった。また怒りも焦りもしない。
「ノウトは優しいから、そう言うと思ってました」
どこかもの寂しそうだ。でも、この回答には後悔はしていない。出来ない約束をするものでは無いからだ。
「悪い、スクード。そろそろ行かないと。仲間が待ってる」
ノウトが振り返って言うと、スクードは懐から何か丸まったスクロールを取り出した。
「これは俺がつくった城内の地図っす。特注品っすよ」
ノウトは黙ってそれを受け取った。
「健闘を祈ってるっす、ノウト」
スクードはにっ、と笑って親指を立てて、ノウトを見送った。何が正解か分からないこの世界じゃ、敵を倒すことさえも正解かは分からない。
……なんて。我ながら自分のおかしさに笑ってしまいそうになる。
本当は、もう何も失いたくないだけなのに。
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