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序章 きみが灰になったとしても
第36話 取り返しは
しおりを挟むこれでいいのか、合ってるのか。判然としない。いつからか、自分の出す答えに自信が持てない。
ノウトは仲間たちの待つ坑道へと戻ってきた。特に異常はなさそうだ。ノウトは城までのルートをとりあえず口頭で説明した。もちろんそれだけでは分からないから、あとでノウトが先導しなければならない。
「……っていう感じで、住宅街を通るのが一番安全かな。今の時間は人通りが少ないし」
「それは、予想通りだね。ありがとうノウト」レンが頷いた。
「おう」
ノウトはいつものように頷いたけど、どうだろう。いつも通りができているか不安だ。もしかしたら表情の変化でバレているかもしれない。バレているって、何を? スクードのこと? それとも、裏路地で一人の魔人に見つかってしまったこと? いや、どちらもだ。どちらに関しても不安が募る。このままでいいのか、良くないのか。
思いを募らせて、ノウトたちはその場を離れた。ここにいる仲間たちはみんな戦闘のプロだ。気配を消すことなんて、当たり前のようにやってのける。工場街をあとにして、なんの問題もなく住宅地に到達する。
ノウトが先行して、安全を確認してから皆を呼び寄せる形は変わらない。
人通りの多いところを避けているので、それなりに安心する必要はあるが、さきほどのようにはぐれている人は警戒しなければならない。
いないと思えても絶対はない。かといって、びくびくしていたら身動きが取れなくなる。見つけられてしまったら、もしくは見つけてしまったら、即座に対処すればいい。そのための仲間たちだ。
やけに喉が渇く。胃が痛む。手汗がやばい。
この先の通りは少し大きい。人並みも少しだけある。でも、さっき偵察した時は横切れそうだった。顔をちょっとだけ出して見てみると、人影は見えない。合図を送って、先に通りを横断する。周りを見てから、ラウラたちもノウトに続いた。
きりきりと胃が痛い。
時折、城の方向にはまっすぐ行かないで、横道を選んで進んでいく。どんな道だろうとしっかり様子を見てから入っていく。完璧はない。何が起きても狼狽えてはだめだ。
力が入りすぎているかもしれない。力むな。平常心を保て。自らを俯瞰するイメージ。俯瞰、俯瞰、俯瞰。落ち着け。気付いたら心がばらばらになってしまいそうだ。なんとか繋ぎ止めている。
夜の住宅地は人通りは少ないものの、誰もいないわけじゃない。ただいたとしても見つからなければいいだけだ。
もしかしたら、このまま城まで行けるかもしれない。そんな甘い考えをだいたい良くないことが起きる。まぁ、厳しい予想も割と当たったりするので、何をどう見込もうと結局は同じなのかもしれない。
「……誰かの声が聞こえる」ラウラが言い出す前からノウトもそんな気はしていた。
皆は黙って裏路地に隠れた。何が起きているかは分からないが、何かが起きている。その何かが悪い方向にある何かという可能性は低くない。
ノウトは四人を待たせて、暗殺を使い、翼をはためかせて屋根の上に登った。そこから見下ろすと、街中でぽつぽつとカンテラらしき光が動いているのが見えた。十とか二十とか、そんな数だ。近いものはここから百メートルも離れていない。さっきノウトが偵察した時は確実にいなかった。──これは、もしかして……。
ノウトは屋根から下りた。何をどう説明したものか、頭が働かない。何を言ったらいいのか分からなくて、口がぱくぱくと動く。突っ立っていると、ダーシュがノウトに詰め寄った。
「何、ぼうっと突っ立ってるんだ間抜け。何かあったなら早く言え」
「──まずいかもしれない」
「だからどうまずいんだ。要点を言え、要点を」
「……俺たち、探されてるかも」
ノウトが言うと、皆唖然とした。それから、一瞬の静寂が辺りを包んだ。
誰も文句は言わなかった。あくまでノウトのせいだとは思っていないのか、それともそれを見越して黙っているのか。
「まずはここから動こう。原因とか理由とかそういうのはどうでもいい」
ラウラが冷静な声で言った。
「ノウト、城までの道を教えて。あたしが先導する」
ノウトがラウラに手短に伝える。ラウラの先導は的確だった。耳がいいからノウトたちを探しているであろうやつらから逃れることが出来る。
ノウトのせいだ。探されてる原因は、すべてノウトにある。十中八九、全部ノウトが悪い。
殺さなかった。殺せなかったんだ。あの裏路地にいた彼を。睡眠針を刺した後、紐で縛って、放置した。結局、ノウトがやったのはそれだけだ。ノウトはまたしても殺すことを躊躇った。
その結果、目覚めた彼は自警団にノウトのことを通報した。それが今のこの状況を引き起こしているのだろう。
言い出すべきだろうか。言い出したところで、何も状況は変わらない。
ノウトのせいだとみんなは気付いているのか。ラウラは鋭いところがあるから、分かっていそうだ。レンも頭がいいからすぐに察しているはずだ。
ここで見つかったら、戦闘になってしまったらノウトたちは袋叩きだ。ここは完全に敵地で、囲まれている。逃げ場なんてない。……いや、ないこともない。瞬間転移陣だ。今ダーシュが背負ってるそれを使えば帝都へ一瞬で戻ることは出来る。ただ、またこの作戦を実行することは難しくなるだろう。それも、ノウトのせいで。
ノウトは後ろから右、とか前とか、左とか次に進む道を先頭に立つラウラに指示した。
やはりラウラはリーダーに向いている。当然だ。ラウラは帝国側の誇る血濡れの姫隊の元リーダーなのだから。ルーツァとシャーファがいなくなって、血濡れの姫隊も解散となってしまった。それも、ノウトのせいだ。彼らを守れなかったから。もう、フィーユも、ミファナも、この世にはいない。
曖昧な足取りで進んでいると、突然ラウラが足を止めた。見ると、城の裏手の方まで来ているようだ。さすがにここまで来ればノウトたちを探していたものも追いつけない。
「それで、どうやって中に入るかだけど──」
「待て、レン」ダーシュがレンの言葉を遮って前に出た。
「ノウトお前、さっきから変だぞ」
「……変?」
「俺が悪いとか独り言言ってたよな。それに何より、顔色が悪い。お前、何しでかしたんだ?」
「……あとで」
「あ?」
「そのことはあとで、言うよ。この仕事が終わったら、ちゃんと話すから。今はいいだろ」
「良くねえよ」ダーシュがノウトの胸倉を掴んだ。「いいわけねえだろ。ふざけてんじゃねぇぞおいコラ。そういう曖昧なのが俺は一番嫌いなんだよ」
ダーシュの鋭い目線がノウトを貫く。
じゃあ、……じゃあ、何を言えばいいんだよ。
スクードに会ったこと?
ミカエルと再会したこと?
不死王を殺すように言われたこと?
連邦の魔人にバレたのに対処を間違えたこと?
本当は、ノウトはあの時のことをずっと引きずってて、フィーユとミファナとシャーファとルーツァが殺されたことで、責任感と罪悪感と悲哀と遣る瀬無さと哀惜と絶望と怨嗟と憎悪と感傷を感じて心がボロボロボロボロ、グチャグチャのめちゃくちゃに細切れになってること?
そのせいで自分のやることなすことに自信がなくなって何もかも分からなくなっていること?
「……全部…」ノウトは泣いていた。「全部……、今言っても仕方ないだろ……っ」
ダーシュは軽く泡を食って、ノウトの胸倉から手を放した。
「仕方なくなんてない」
ラウラが、ノウトの目を真っ直ぐに見つめた。
「でも……!」ノウトの頬を涙が伝う。「言ったって、もう取り返しがつかない……っ」
絞り出す声でノウトが言うと、ラウラが軽く頬を緩めて口を開けた。
「取り返しがつくことなんてないよ」
ノウトは息を呑んで、ラウラを見た。
「今こうしてる全部が取り返しがつかない。でも、取り返しがつかない中で幸せを掴むしかないんだ」
ラウラがそう言ったのを聞いて、ノウトは鼻をすすって、涙を拭った。ラウラは気持ちを切り替えるようにパンッ、と手を叩いた。
「そういえばレン、あんた道中でフウカとキスしてなかった?」
「え?」
突然そんなことを言ったものだから、フウカとレンは同時に目を丸くした。直後、レンは何かを考えるように顎に手を当てた。
「ほら、ノウト。前見たよね?」
「……ああ、見たな」ノウトは情けなくも涙を拭きながら答えた。
「キスって接吻ですよね? 私とレンが?」
「はははっ」
何かに気付いたらしいレンが腹を抱えて笑い出した。
「分かった分かった。あの時のことか。キスはしてないよ、俺ら」
「キスは?」
「うーん、これ言うの恥ずかしいんだけどな」
レンは頬をぽりぽりと片手でかいた。
「俺たち血夜族が血を食事にするの知ってるだろ?」
「え、ああ、血夜族って言うくらいだしな」
「毎日摂取する必要は無いんだけど、週一は飲まないとどうしようもなく喉が渇いてくるんだ。渇きが限界に達すると、まぁ人によるんだけど、俺は人を襲ってしまう」
ノウトは少なくとも驚いた。いや、かなりびっくりした。そんなこと知らなかったからだ。
血夜族に聞いても曖昧な答えしか返ってこないし、ノウトは血の摂取を食事、またある種の娯楽程度にしか思っていなかった。
「血夜族は血夜族の血を摂取しても渇きが収まることがない。もちろん俺は遠征分以上の血を携帯してるから生きることには困らないんだけど」
レンはフウカを見た。フウカは理解しているのか理解していないのかよく分からない顔をしている。
「問題はフウカにあってさ。ほら、彼女血夜族と魔人族のハイブリッドって言ってただろ? 本当にハーフじゃないのか俺は知りたかったんだ」
レンは壁に背中を預けた。
「そこで、フウカの血を摂取して試したんだ。フウカは血夜族とのハーフなのか。それとも全くの別種族なのか。少しでも血夜族の血が入っていたら俺の渇きが薄まるからね」
「それで、結局どうだったの?」
「フウカは、少なくとも血夜族だった。フウカの血を飲んでも渇きが収まらなかったからね」
「なるほどねぇ」ラウラはうんうんと頷いている。
でも、まぁ正直フウカが血夜族なのか否かはノウトにとってどうでもいい話で、どちらかというと血夜族にとって血がどれだけ大事なのかの方が重要な事実だった。
「まぁ、つまりラウラとノウトが勘違いしたのは、俺がフウカの血を吸ってるところを見たからだと思うんだよね」
レンがそう言って微笑む。
「結局、フウカとレンはキスしてないってことね」
ラウラはどこか安心したように肩をなでおろした。
「そりゃね。それに俺、婚約者いるし」
「「……え?」」
見事にノウトとラウラの声がハモった。
「あれ? 知らなかった?」
「いやいやいやいや!」ラウラが首を振った。「今日イチでびっくりしたんだけど! なにそれアンタ婚約してたの!?」
「うん。まぁ、政略結婚ってやつだけど。ユニの王族のご息女の方とね」
「ユニって……」ノウトが首の後ろをかいた。「小足族の国か」
「そうそう」レンはポケットに手を突っ込んで、取り出した。透明な容器の中に赤い液体が入っている。「ちなみにこの血はその子のだよ」
「こっわ! アンタ婚約相手の血持ち歩いてんの!?」
ラウラが軽く悲鳴をあげるとレンは笑った。
「他種族と結婚した血夜族は基本そうだよ。さっきも言ったけど血夜族は生きるために他種族の血が必要だからね」
「知らなかった……」ラウラは本気で知らなかったようだ。
「フウカは知ってたのか?」
「もともと、お相手の方とお友達なので知ってましたよ」フウカがレンを見る。「古い友達なんです」
まさかの接点に、ノウトを丸くした。
「その人は、なんて名前なの?」ラウラが問う。
「シャルロットって言うんだ。早く帰って会いたいな」
「……まさかそんなに先に行ってるとは思ってなかった」
ラウラは少し引き気味だ。ノウトがそれに頷いて答えた。
「子供は……まさかいないよね?」
ラウラが聞くとレンはにっこりと笑う。
「どうだろうね」
そう言ってどっちとも言えない反応でまたしてもノウトとラウラを悶々とさせた。
「よし、それじゃ気を取り直して任務再開しよっか」
「って、……え?」
「なに? 休憩時間は終わりだよ?」
ラウラの切り替えがハイテンポ過ぎて、ノウトは着いていけてない。
「まだくよくよ悩んでんの、アンタ。しゃきっとしなさいな」
ラウラがノウトの背中を叩く。あくまで優しくだ。
「じゃあほら、ノウトを責めてる人~?」
ラウラが皆の顔を見渡した。
「何があっても責めないよ。俺ら一蓮托生だし」レンがいつもの笑顔をする「それに、友達だろ?」
「……ああ」ノウトが両手で顔を拭って、それから皆のことを見上げた。
「同じく、一蓮托生です。責める理由はありませんよ」
「俺も」ダーシュが腕を組んだ。「はっきり答えれば文句は言わない」
「ってさ」
皆がノウトを見て、応えてくれた。そうか。今までノウトはずっと自分本位だった。自分にだけ責任があって、何もかも自分でやる必要があると勘違いしていた。
ノウトはフィーユたち四人を守れなかった。
そのことがずっとしこりになって胸のどこかで叫んでいた。また失うんじゃないかと。また失敗してしまうのではないかと。
でも、今のノウトには仲間がいる。これから先どうなるかは分からないけど、大事なのは今だ。取り返しのつかないこのひと時を、一生懸命に生きるしかないんだ。
「ごめん、みんな。たくさん気遣わせて」
「ごめんはなし」ラウラが手を差し伸べた。「あたしたち、仲間でしょ?」
「ああ、そうだな」
ノウトはその手を取って、笑ってみせた。
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