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前日譚
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(※おまけの前日談です。2人が仲良くイメプレの打ち合わせをしてます。対等な友人関係です。主従関係のままのほうがいい方は回避推奨)
「君は血を求めて夜這いをかけたということで、そこの窓から入ってもらう」
魔術師の自宅。窓を示して振り返った魔術師の視線の先では、牙を持つ友人が椅子に腰掛けていた。鳶色の魔眼が胡乱げに魔術師の示した先を一瞥した。
「窓から? どうして?」
「そのほうが雰囲気が出る」
「やれやれ。君は本当に何もわかっていない。我々吸血鬼がそんな野蛮な真似をするとでも? 我々がくぐるのは招かれた家の門だけだ」
「鍵代わりに針金を持ち歩く男がよく言う」
「狩りに使わない。そもそも夜這いなんて品のないことはしない。僕たちはただ囁き、……君達は自分から差し出す」
自然の摂理を説くような落ち着いた声音の指摘に、魔術師は唸った。友人の主張が正しいことを理解していたからだ。
「わかった。なら私が“お願い”するから、今回だけ」
「じゃあそこの扉から入るよ」
「……まあいい。そしたら、私が蔦やら根やらで君を巻くから」
「なぜ?」
「なぜって、拘束しないと進まない」
吸血鬼は堪えきれないようにくすりと可笑しそうに笑って、地面を這う根を掬い上げ指先で撫でた。
「友よ、こんなものは拘束とは言えない。少し引けば千切れるこんなものがなんの抑止力になると?」
「千切らないでくれ……」
「感覚を共有しているんだったね。踏まないように歩くのが大変だ」
「君の邪魔はしないように意識しているが、気を抜くと興味のある方へ向かってしまうんだ。つまり君がいると君の方へ。……私も受け取る感覚が多すぎて時々目が回る。解決すべき課題だ」
魔術師が床に目を落とすと、吸血鬼の方へ伸びていた無数の蔦や根は縮み、蠢きながら一斉に日向へ戻っていく。
「それで大人しく蔦で巻かれろと?」
「大人しくなくてもいいが、引き千切らない程度で」
「行儀よくしているよ。その後は?」
「好きにしてくれていい。私は君を適度に甚振って、適度に遊んで、その後はいつもどおりだ」
「適度に?」
吸血鬼は片眉を上げて、魔術師を見た。
「君が自分から膝をついて降参したくなる程度に。つまり一般的な魔術師が、捕らえた吸血鬼を尋問するとしたらこうするだろうといった具合だ。本当に嫌なら引き千切ってくれていい」
「その後はいつもどおり、か。その筋書きから魔術師が同衾を望むのは気が狂っているとしか思えないな。食事にきた吸血鬼を捕まえて、尋問して……その後一緒に寝る? 考えるだけで、頭が痛い」
「それは……途中から魅了されたということで」
魔術師は言葉を濁した。
「それならいっそ『若い新米魔術師と誘惑する吸血鬼』のほうが違和感はない」
「悪くない。それも面白そうだがら今度しよう。昔着ていたローブを探してみる」
2人は笑い合う。
魔術師はなにかを思い出したように、棚から酒瓶を出した。
「そうそう、試作品がそろそろいい頃合だった。君に試してほしくてね。蜂蜜と黒葡萄を基に、庭のクラリセージの花穂と、潮風を含んだローズマリーの若枝、夢を呼ぶアルテミシアの銀葉を漬け、スターアニスを砕いて沈めた。夜の生き物の舌にも合う夜空の味さ」
吸血鬼に差し出された盃の中でワイン色の液体が揺れた。甘いハーブの香りが部屋に立ち上る。
「薬草酒か。君のは評判がいいらしいね。気持ちは嬉しいが、我々の舌は血以外には……ん?」
吸血鬼は申し訳なさそうに続けようとした言葉を切った。薬草の中に微かな嗅ぎ慣れた香りが混ざっていたからだ。
「ほんの少しばかり血も加えた。血しか飲めないなら、この薬草酒は薄めた血ということにならないかな」
「言っておくが、竜血は血に含まれない」
「前に竜血樹の樹脂を君に与えてみたのは、ちょっとした言葉遊びさ」
「友よ、赤ければいいという単純な話ではないんだ」
首を振る吸血鬼の口元には笑みが浮かんでいた。
「それで今度はなんの血だ?」
「“飲んでからのお楽しみだ”」
吸血鬼は再び匂いを嗅いで眉を顰めてから、そっと少量を口に含む。その表情はより険しいものになる。
「……君の血だ。君の摘んだ薬草と、君の血の匂い。これでは……まるで君そのものを口にしているかのようだ」
苦々しげに呟きつつも吸血鬼が盃を手放すことはなかった。それ以上何も言わずに、盃を転がしては無言で少量を口に含む。
「私そのもの、か。少なくとも良い意味の比喩ではなさそうだが……そんなに酷い味だったか?」
「そうと言えたならどれだけ良かったか。魔法薬学者が作れば、ただの酒も媚薬に変わるらしい。君は星さえ砕いて瓶底に沈めてしまう。酷い魔術師だよ。こんなものを飲んでしまっては、牙が疼く……」
「本当に? ふふ、七晩漬けた甲斐があった。効果があるならこれも採用だ」
魔術師は上機嫌に酒瓶から少量を薬瓶に移し始めた。
「採用だって? まさか尋問の最中にこんな美酒を振る舞ってくれるのか」
「そのつもりだ」
「思っていたのと違うな。想像がつかなくなってきた」
「君にそう言ってもらえるなんて光栄だ」
薬瓶を満たして封をする魔術師は、吸血鬼の盃が既に綺麗に空になっているのを見て口元を緩めた。
「ああ、そうだ。辞めたいときの合図も決めよう」
「蔦を千切る以外の?」
「君じゃなくて、私が辞めたくなるかもしれないだろ」
「それもそうか」
吸血鬼は頷いた。
「始める合図は私が決めたから、終わりは君が決めてくれ」
「ふむ、ならば……」
吸血鬼は唐突に盃を置いて立ち上がった。なにごとかと目で追う魔術師の側に立ち、魔術師の手の上に手を重ねると身を屈める。魔術師は反射的に目を閉じていた。その額に軽い口付けが落ちるとともに吸血鬼の手が離れた。
「額への口付け。恥ずかしいほどの愛情と感謝を込めて」
魔術師は呆気にとられた後に額を押さえた。その指先がゆるく震えた。
「それが終わりの合図だって? 君がする必要に駆られるかもしれないんだぞ」
「僕は平気だ。君は苦手だろう、こういう飾り気のない表現は。君の熱の籠もった囀りは耳に心地良いが、君の饒舌を殺した姿を見てみたい」
「意地でも自分から白旗を上げないつもりか、強情な吸血鬼め」
「君は血を求めて夜這いをかけたということで、そこの窓から入ってもらう」
魔術師の自宅。窓を示して振り返った魔術師の視線の先では、牙を持つ友人が椅子に腰掛けていた。鳶色の魔眼が胡乱げに魔術師の示した先を一瞥した。
「窓から? どうして?」
「そのほうが雰囲気が出る」
「やれやれ。君は本当に何もわかっていない。我々吸血鬼がそんな野蛮な真似をするとでも? 我々がくぐるのは招かれた家の門だけだ」
「鍵代わりに針金を持ち歩く男がよく言う」
「狩りに使わない。そもそも夜這いなんて品のないことはしない。僕たちはただ囁き、……君達は自分から差し出す」
自然の摂理を説くような落ち着いた声音の指摘に、魔術師は唸った。友人の主張が正しいことを理解していたからだ。
「わかった。なら私が“お願い”するから、今回だけ」
「じゃあそこの扉から入るよ」
「……まあいい。そしたら、私が蔦やら根やらで君を巻くから」
「なぜ?」
「なぜって、拘束しないと進まない」
吸血鬼は堪えきれないようにくすりと可笑しそうに笑って、地面を這う根を掬い上げ指先で撫でた。
「友よ、こんなものは拘束とは言えない。少し引けば千切れるこんなものがなんの抑止力になると?」
「千切らないでくれ……」
「感覚を共有しているんだったね。踏まないように歩くのが大変だ」
「君の邪魔はしないように意識しているが、気を抜くと興味のある方へ向かってしまうんだ。つまり君がいると君の方へ。……私も受け取る感覚が多すぎて時々目が回る。解決すべき課題だ」
魔術師が床に目を落とすと、吸血鬼の方へ伸びていた無数の蔦や根は縮み、蠢きながら一斉に日向へ戻っていく。
「それで大人しく蔦で巻かれろと?」
「大人しくなくてもいいが、引き千切らない程度で」
「行儀よくしているよ。その後は?」
「好きにしてくれていい。私は君を適度に甚振って、適度に遊んで、その後はいつもどおりだ」
「適度に?」
吸血鬼は片眉を上げて、魔術師を見た。
「君が自分から膝をついて降参したくなる程度に。つまり一般的な魔術師が、捕らえた吸血鬼を尋問するとしたらこうするだろうといった具合だ。本当に嫌なら引き千切ってくれていい」
「その後はいつもどおり、か。その筋書きから魔術師が同衾を望むのは気が狂っているとしか思えないな。食事にきた吸血鬼を捕まえて、尋問して……その後一緒に寝る? 考えるだけで、頭が痛い」
「それは……途中から魅了されたということで」
魔術師は言葉を濁した。
「それならいっそ『若い新米魔術師と誘惑する吸血鬼』のほうが違和感はない」
「悪くない。それも面白そうだがら今度しよう。昔着ていたローブを探してみる」
2人は笑い合う。
魔術師はなにかを思い出したように、棚から酒瓶を出した。
「そうそう、試作品がそろそろいい頃合だった。君に試してほしくてね。蜂蜜と黒葡萄を基に、庭のクラリセージの花穂と、潮風を含んだローズマリーの若枝、夢を呼ぶアルテミシアの銀葉を漬け、スターアニスを砕いて沈めた。夜の生き物の舌にも合う夜空の味さ」
吸血鬼に差し出された盃の中でワイン色の液体が揺れた。甘いハーブの香りが部屋に立ち上る。
「薬草酒か。君のは評判がいいらしいね。気持ちは嬉しいが、我々の舌は血以外には……ん?」
吸血鬼は申し訳なさそうに続けようとした言葉を切った。薬草の中に微かな嗅ぎ慣れた香りが混ざっていたからだ。
「ほんの少しばかり血も加えた。血しか飲めないなら、この薬草酒は薄めた血ということにならないかな」
「言っておくが、竜血は血に含まれない」
「前に竜血樹の樹脂を君に与えてみたのは、ちょっとした言葉遊びさ」
「友よ、赤ければいいという単純な話ではないんだ」
首を振る吸血鬼の口元には笑みが浮かんでいた。
「それで今度はなんの血だ?」
「“飲んでからのお楽しみだ”」
吸血鬼は再び匂いを嗅いで眉を顰めてから、そっと少量を口に含む。その表情はより険しいものになる。
「……君の血だ。君の摘んだ薬草と、君の血の匂い。これでは……まるで君そのものを口にしているかのようだ」
苦々しげに呟きつつも吸血鬼が盃を手放すことはなかった。それ以上何も言わずに、盃を転がしては無言で少量を口に含む。
「私そのもの、か。少なくとも良い意味の比喩ではなさそうだが……そんなに酷い味だったか?」
「そうと言えたならどれだけ良かったか。魔法薬学者が作れば、ただの酒も媚薬に変わるらしい。君は星さえ砕いて瓶底に沈めてしまう。酷い魔術師だよ。こんなものを飲んでしまっては、牙が疼く……」
「本当に? ふふ、七晩漬けた甲斐があった。効果があるならこれも採用だ」
魔術師は上機嫌に酒瓶から少量を薬瓶に移し始めた。
「採用だって? まさか尋問の最中にこんな美酒を振る舞ってくれるのか」
「そのつもりだ」
「思っていたのと違うな。想像がつかなくなってきた」
「君にそう言ってもらえるなんて光栄だ」
薬瓶を満たして封をする魔術師は、吸血鬼の盃が既に綺麗に空になっているのを見て口元を緩めた。
「ああ、そうだ。辞めたいときの合図も決めよう」
「蔦を千切る以外の?」
「君じゃなくて、私が辞めたくなるかもしれないだろ」
「それもそうか」
吸血鬼は頷いた。
「始める合図は私が決めたから、終わりは君が決めてくれ」
「ふむ、ならば……」
吸血鬼は唐突に盃を置いて立ち上がった。なにごとかと目で追う魔術師の側に立ち、魔術師の手の上に手を重ねると身を屈める。魔術師は反射的に目を閉じていた。その額に軽い口付けが落ちるとともに吸血鬼の手が離れた。
「額への口付け。恥ずかしいほどの愛情と感謝を込めて」
魔術師は呆気にとられた後に額を押さえた。その指先がゆるく震えた。
「それが終わりの合図だって? 君がする必要に駆られるかもしれないんだぞ」
「僕は平気だ。君は苦手だろう、こういう飾り気のない表現は。君の熱の籠もった囀りは耳に心地良いが、君の饒舌を殺した姿を見てみたい」
「意地でも自分から白旗を上げないつもりか、強情な吸血鬼め」
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