魍魎倶楽部

煌矢

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化け猫騒動

2.仲間集め―ケイ・カズサ―

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「客?オレに?」

 久々の休日、たまには帰って来いと言う父親の言うことを聞いて実家に戻っていたケイ・カズサは、客人が来たと言う女中の言葉にはじめ、軍学校の同級生が遊びに来たのだろうかと思った。
 カズサの父は、武官である。
 が、ただの武官ではない。武官の中の武官、ただ一人しかなれないと言われる大将の位置に居るのだ。
 堅至国では、父親の身分が全てを左右する。父親が貴族ならば子も貴族。軍人ならばその子供は軍人にしかなれない。
 どう頑張っても、それ以上の出世は望めないのだ。
 ところが、その身分の中にも上下がある。貴族では、大臣。軍人では大将がその頂点となる。
 これにも、父親の身分が関係してくる。
 そんな中、カズサの父は一代で下級軍人から大将にまで上り詰めた、いわば英雄とも呼べる存在であった。 
 堅至国では、上の者が下の者のところへ行くことに制限はないが、下の者が上の者を突然訪ねることは許されていない。
 つまり、軍人の中では一番身分が高い家の子だと言うことになるカズサを家まで訪ねて来る者などほとんどいないのだ。
 来るとすれば、余程大切な用事がある場合だけ。
 カズサ自身はそんなことにこだわったことは一度もないが、周りは違う。
 たとえ軍学校でどれほど仲が良かろうと、実家へ招こうとした途端彼らはしり込みしてしまう。寂しいが、仕方のないことだった。
 そんなカズサに、客?
 誰だろうと思う間もなく、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべた古参の女中は「エキ大臣のお嬢様ですよ」と囁いた。
 ますます分からないと、カズサは首を捻った。
 エキ大臣とケイ大将とは、犬猿の仲として有名だ。
 何かと頭の固いケイをエキが倦厭しているのだが、ケイの方も権力欲の強いエキを苦手にしている節がある。
 彼らは宮殿内でもたびたび意見を対立させていた。
 そのエキの娘が、カズサに一体何の用だと言うのだろう。

「客間の方へお通し致しました」

 首をかしげながらも女中の言葉に従って客間へと向かう。

「あ、そうだ。お茶は茉莉花茶にしてあげて。女の子はそういうの好きでしょ?」

 その途中、後を付いてきていた彼女を追い払うように飲み物を注文する。以前、母が女の子は特別な飲み物が好きだと言ったのを覚えていたのだ。
 おしゃべりだが有能な女中は、「畏まりました」と頭を下げて厨房へと駆けていった。
 客間の前で、カズサは一つ大きく深呼吸をする。ゆっくりと二度、人差し指の第二関節を使って扉を叩いてから、押し開けた。
 客人は、何の音もしない空間で静かに座っていた。
 高い位置で括った長い黒髪が、さらりと布地の上を滑る。
 ゆっくりと上げられた顔を、その強い眼差しを見て、カズサは思わず呼吸を忘れた。少女が立ちあがる。

「ケイ・カズサ様ですね」

 低めの声が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。どこのものかは知らないが、微かになまりがあるような気がした。

「わたくしは、エキ・マアサと申します。文官の長をしております、エキ・ユウラの娘にございます。本日は、カズサ様にお願いがあって参りました次第でございます」

 エキ家には三人の娘が居る。
 うち二人は、とうに国内の有力貴族の元へと嫁いでおり、姓が変わっている。離縁されたと言う話は聞かないので、エキという姓を名乗る彼女は最後の一人ということだ。
 確か、エキ大臣の三女は、天子の第二夫人候補の筆頭に名を挙げられていたはずだ。
 頭の片隅にあった情報を必死で引き出し、カズサは目の前で静かに頭を下げた少女をじっと見つめた。
 相手はカズサのことを知っている。今更自己紹介も必要ないだろう。

「お願い、と申しますと?」

 どうぞお座りくださいと椅子を薦め、自らも腰かけながら、カズサは尋ねた。
 顔を上げたマアサは、まっすぐカズサの目を見たまま微動だにしない。
 もう一度薦めるとようやく椅子には腰掛けたものの、視線が外れる気配はまるでなかった。

「先日、天子様が私に、自治組織の長となるよう命じられました」

 少女は、カズサの目を捕らえたまま、真剣な顔をして話し始める。
 その内容は、カズサにしてみれば信じられないものだった。
 堅至国には、常人と呼ばれる何の力も持たない人間の他に、人の血を啜る吸血族、天候を操る雪女の一族や、人並み外れた怪力を持つ人狼などが居る。
 また、常人の中にも色々な者がおり、中には魔を祓う力を持つ者や、念じるだけで物を動かすことができる人間すら居ると言う。
 そのような人智を外れた人間たちを集めて、自治組織を作ろうと天子が言い出したのだ。
 そして、カズサもその自治組織の創立者の一人に選ばれたのだと言う。
 だが、とマアサは言った。

「わたくしには、そのような特別な力はございません。特別な力のある人々を纏められるとも思いません。ですから、自治組織の長は、どなたか他の方にお任せしたいのです。ですが、長にはわたくし以外の方をと進言しても、天子様はお聞きいれくださいません。でも、わたくしには無理なのです。どうか、一緒に天子様を説得してはくださいませんか?」

 瞳を潤ませ、少女は首を振る。この細い肩に、どれほどの重圧がかかっていることだろう。
 しかし、天子の命は王命も同じ。カズサは父から、王に逆らうなと常々言われている。
 天子か、少女か。
 悩みに悩み、カズサは結局、少女の前に膝を折った。

「申し訳ありません、オ……私は、常々父より王には逆らうなと言い含められております。天子様のお言葉は、王のお言葉も同じ。天子様があなたを支えよとご命じになられるのなら、私はそれに従います」
「………………………………チッ」

 少女の足下で腰を折り、正式な礼をするカズサの耳に、有り得ない音が届いた。
 今の音は紛れもない、舌打ちだ。
 恐る恐る顔を上げると、先程までの上品な貴族の娘はもうどこにも居なかった。
 鬼のような形相で、口元を歪めた少女はくだらないと吐き捨てる。

「何が天子様のお言葉だ、要するに上に逆らう勇気がないだけの臆病者じゃないか」

 頼った私が馬鹿だったと首を振るマアサ。これにはカズサもカチンときた。

「臆病者ってなんだよ!」
「臆病だから臆病者と言ったのだ。何か文句があるのか、臆病者」

 言い返してはみたものの、どうやら口では彼女に勝てそうもない。ただひたすら、「臆病者じゃない」「臆病者だ」の堂々巡りを繰り返すばかりだ。
 そうして、どれほどの時間が過ぎただろう。

「もういい」

 マアサがそう言って立ち上がった時、窓の外はもう夕闇に包まれていた。

「貴様に頼ろうとした私が馬鹿だった」

 向けられたのは、あからさまな侮蔑だった。
 どういう意味かと問いかける間もなく、マアサは衣紋掛けに掛けられていた外套を手に取る。そして、長い黒髪を揺らして振り返り、ぞっとするほど綺麗な笑みを浮かべた。

「馬車を呼んでいただけますかしら?わたくし、歩くことに慣れておりませんの」



 バン!と派手な音を立てて、座布団が木製の扉に当たる。押さえきれぬ興奮を荒い呼気と共に吐き出し、カズサはたった今投げたばかりのそれを拾い上げた。

「どうしたの、カズサさん」

 レイカ夫人が、おろおろとカズサと扉を交互に見る。心底心配そうな彼女の様子に、少々やり過ぎたかと少年は反省した。

「何でもないよ、母さん。ちょっと、嫌なことがあっただけ」
「嫌なこと?」

 精一杯の笑顔を作って、レイカに向き合う。あまり体の丈夫でない彼女に、心労を与えるのは良くない。それでも、レイカは心配そうにカズサを見つめる。 

「私では、お話を聞くことはできないのかしら」

 半ば潤んだ瞳に見つめられて、勘弁してくれと言いたくなった。
 この夫人は、いつもそうだ。
 一見、とてもおとなしくてしおらしい。にも拘らず、時に驚くほど強引で、自分の意思を曲げないところがある。
 だからこそ、軍人一家の女主人が務まっているわけだが、それをカズサが知る由もなかった。

「母さんが心配するようなことじゃないよ」
「そうですとも。奥様、カズサ様はお友達とちょっと喧嘩をしてしまっただけなのです。お相手が女性なだけに殴り合いに発展させることもできず、ただ口でやり込められてしまったのが悔しくて仕方がないのですよ」
「なっ……!」

 心配しないでと笑ってみせたその背後から、年配の女中の声が届く。彼女は、マアサを客間へ案内し、お茶を運んだ張本人だ。二人のやり取りも多少は目撃している。
 何を言い出すのかと叱りつけたかったが、

「まあ、そうなの?」

 夫人が微笑みながら首を傾げるから、結局は何も言えなくなってしまう。

「素敵、青春だわ。私も、あなたくらいの年のころは、よくお父様をやり込めたのよ」

 カズサが何も言えずに口を開閉させるのを、どう勘違いしたのかレイカは微笑みを深くする。

「父さんを?」

 自分のことよりも、何気なく彼女の発した一言が気になって、カズサは身を乗り出した。
 カズサの父、ケイ大将は、堅物で人一倍責任感が強い男だ。と、同時に負けん気も強い。
 しかし普段ならば、たとえ誰に何を言われてもフンと鼻で笑って終わりなのだ。それが、この優雅を絵に描いたような夫人にやり込められていたとは意外だった。

「ええ、そう。あの人は口下手ですからね、口喧嘩でならいつも私が圧勝だったの。女性を相手に手を挙げるような人ではないから、喧嘩で負けたことは一度もないわ」

 懐かしげに眼を細めるレイカ。
 先ほどまで八つ当たりの対象だった座布団を大事に抱え込んで、カズサはレイカの隣に腰を下ろした。

「ねえ、聞かせて?」

 誰からも恐れられているケイ大将が負けるという話も魅力的だが、それ以上にこの母の武勇伝を聞いてみたくて、カズサはレイカの肩口に頭を凭せ掛け、甘える。

「もちろん」

 微笑んだ夫人は、一度静かに目を閉じて語り出した。
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