王女、返品します。

煌矢

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1章

お姫様、拾いました。

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「ユタ、少しいいかな?」


 キーツは、自宅兼宿屋の一室をノックし、鍵なぞかからない扉をほんの少しだけ押し開けた。

 商店街の一角に、グラスローゼという名の酒場宿がある。
 “ガラスの魔女”ロゼッタが、夫のキーツとともに営む酒場兼宿屋だ。どこにでもある民家を改装した安宿で、近隣の男どもがぬるいエールを求めてやってくる憩いの場でもある。

 しかしこの店一番の特徴は、ロゼッタ手製の耐熱ガラスで作られた器にある。
 国一番……いや、世界一の技術を持つだろう人間に与えられる“魔女”の称号をもつ彼女にかかれば、この程度の加工は朝飯前のことなのだが、人々は世にも珍しいガラスの器に盛って出される熱々の煮込みに夢中になるのだ。
 そして、端境国には珍しい燃えるような赤毛の美女に熱を上げる者も少なくない。

 グラスローゼの夫婦には四歳と二歳の娘がいて、姉がサリ、妹がルネという名だ。
 母親そっくりの赤毛と父親そっくりの顔立ちのサリと、母親似の愛らしい顔立ちのルネは、共に活発で、少し目を離したすきに虫や鳥を捕まえてきては自慢げにユタたちに見せてくれた。

 ロゼッタとキーツにはそれぞれ弟が一人ずついて、キーツの弟のハルは兄の店を手伝う傍ら、自分でも屋台を持っている。売っているのはもっぱら携帯食で、安くてうまいと冒険者たちの評判は上々であるらしい。
 
 商売を始めたいと、家を出る兄に無理やりついてきたハルは、キーツがロゼッタと結婚すると早々に家を出て一人暮らしを始めてしまった。
 対して、ロゼッタの腹違いの弟であるユタはいつまでも姉夫婦の家に居候を決め込んでいて、いつまで経っても出ていく気配がない。

 自立した弟のことも心配だが、自立しない義弟のことはもっと心配だとキーツは思っており、時折こうして声をかけることにしているのだ。


「げ、義兄さん、ちょっと待って」


 げ、とはなんだと思いながら、キーツは少しだけ開いた扉の隙間から室内を覗き見る。相変わらず汚いが、特に普段と違うところはないように思う。


「なんだ、なにか見られちゃまずいものでも拾ってきたのか?とにかく開けるぞ。あまり時間がないんだ」


 そろそろロゼッタが工房から帰ってくる。そしたら夕食の支度をして、仕込んである肉を煮込まなければ。

 キーツは思い切って扉を開き、そして固まった。

 慌ててキーツを押しとどめようとするユタの奥、ベッドの上がこんもりと盛り上がっている。あまり高さのないベッドの端から長い髪が垂れて床に広がっていた。


「や、あの、これは……つまり、ねっ」


 なにが、ねっだ。


「ここは連れ込み宿じゃない。さっさと出て行ってもらいなさい」

「いやいやいや、ちょっと待ってよ義兄さん!このこはさ、そういうんじゃないんだって。そこの路地裏で倒れててさ、とりあえず連れてきて寝かせて今から義兄さんを呼びに行こうと思ってたところでさっ」


 慌てて言い繕うユタをちらりと見やって、キーツはため息をついた。それなりに長い付き合いだ、ユタの言うことが嘘かどうかくらいは見抜けるつもりだ。そして、この感じは嘘をついているわけではなさそうだ。

 しかし、犬猫ならまだしも、人間を拾ってくるとは……。


「わかった、わかった。拾ってきちまったものは仕方ないから、医者を呼んできてくれ」


 俺は仕込みに戻るからと、キーツは踵を返し……かけてふと振り返った。床に広がった髪の色は、この辺りでは珍しい青みがかった黒だ。以前、人伝に聞いた噂を思い出し、キーツはユタの部屋に踏み込んだ。


「んななななに、義兄さん!」


 ユタの声がひっくり返る。薄い布団をめくって、女の姿を見たキーツは「ああ……」とため息をついて天を仰いだ。


「お姫様だ」
「お姫様って」


 ユタはきょとんとした顔で瞬きを繰り返した。キーツはそんなユタをじろっと睨み、


「そのままの意味だよ。国王と王妃の一人娘のタイ様だ」


と呑み込みの悪い義弟に告げた。
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