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第一章 四つ葉のクローバーを君に
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ようやく心療内科から解放された光は、とぼとぼと病室に戻った。ドア越しに待ちわびていた人の背中が見える。
「勝行っ」
ぱっと目を輝かせると、光は勢いよくドアを開け中に入った。個室だから少々騒いでも怒られない。振り返った勝行は、物腰柔らかな笑顔を向けて「おかえり、ただいま」と声にした。
この音ならいくら浴びても気持ち悪くならない。目を合わせても、恐怖を感じない。手を繋いだら、むしろほっとする。やっぱり勝行は正義のヒーローか、魔法使いのようだ。光は半ば本気でそう思いながら、手を取り頬に口づけた。
「早かったんだな」
「うん、六時間目は自習になったからフケてきた」
「優等生の勝行が学校サボるとか……なんかあんま想像つかねーんだけど」
「なんだ。早く帰ってきて欲しかったんじゃなかったの? ならアイスでも食べてからくればよかったかな。急いで帰ってきたけど、お前部屋にいないし」
拗ねた物言いでツンと離れる勝行の唇が尖っていてかわいい。光は慌ててその身体を抱きしめた。
「しょうがねえだろ、診察だったんだ。つか、俺めっちゃくちゃ頑張って疲れた。充電させろ」
「そうだったのか。ていうか、暑苦しいんだけど。もう夏だよ」
「うるせえな……いいから早く」
「ちょっ……待てって」
やっとキスできる。そう思っただけで身体中の血が沸き快感を求めて我慢できなくなる。返事は待てない。
勢いよく勝行のネクタイを引き抜くと、勝行の首周りに籠る汗の香りが一気に押し寄せてくる。けれどどこか上品で、男臭くはない。香水のような――あの嫌いな煙草の匂いとは違う、甘いカフェオレのような香り。存外心地いいのだ。
「全くもう……」
首元に顔を埋めて甘える光の髪をよしよしと撫でながら、勝行はため息をつく。その表情は柔らかい。この間は本気で怒らせたかと思うほどに冷たかった声も、優しい温もりを帯びていた。
「光の身体、冷たくて気持ちいいな」
「ずっとクーラー効いてる部屋に閉じ込められてるし、寒いくらいだ」
「だから俺で暖を取るって?」
どちらからともなくベッドに腰掛け、互いの頬や鼻を軽く擦りつけ合うと、くすぐったくて笑みが零れる。それから勢いよく唇を食み、何度も吸い付き合う。チュッと音を鳴らして一度離れたけれど、まだまだ物足りない。
(こっちがいい……)
光は緩く開いた唇に再度触れ、舌先でお伺いを立ててゆっくりと侵入のお許しを得る。すると大人しく内側で待機していた勝行の舌が、一気に臨戦態勢に入った。まるでキス専用のスイッチを押したかのようだ。そこからは一気に攻守が一変する。
「んっ……ん、ぁ……」
硬口蓋を何度も舐め回され、じゅる、じゅぅっと激しい音が響けば響くほど、気持ち良すぎて光の思考回路はふわふわしてくる。さっきまでの疲労も、胸の苦みも、全部浄化されていくようだ。
快感に身を任せて身体から力が抜けていく光とは対照的に、勝行の腕はどんどん力を増していく。
「……っは……」
ポスンとシーツに倒れ込みながら唇を離す。二人の間に一筋の銀色の糸が垂れた。荒い吐息が、互いの頬をかすめ合う。蕩けた目で上にのしかかる勝行を見つめると、すっかり捕食モードに入った肉食獣の目をしていた。
光が一番好きなもの。それは音楽と、もうひとつ。
(……勝行のキス……なんか……日に日に上手くなってる気がする)
愛してると告白されたあの日。
「なら、べろちゅーしよう、したい」と提案した時は顔を真っ赤にして戸惑っていたのに。ディープキスどころか、挨拶のほっぺキスですら未だに「人前ではやめろ」と言ってすぐ恥ずかしがるくせに。
今ではすっかり「キスだけでイカせてやる」と言わんばかりの勢いで、情熱的な愛撫を施してくれる。だがこの声には出ない隠れた愛情表現は、光の性的欲求を満たしてくれる麻薬のような存在でもあった。
じわじわと変化し、急成長を遂げていく勝行の姿は、初めて出会った頃とはもう全然違う。最初は自分より背丈も低く、華奢な女の子のような外見だったのに、今ではうんと肉づき、男らしい体つきになった。身長はかろうじて負けていないが、体格は明らか抜かれている。
ギターを抱え続けてすっかり逞しく成長した腕。
ボイストレーニングを毎日欠かさないおかげで、割れた腹筋。
可愛い顔に似合わずそんなものを身につけた勝行は、軽々と光の身体を持ち上げると、ベッドのリクライニング姿勢に合わせてくれた。キスに夢中で呼吸が荒れていたから、喘息発作が出ないよう気遣ってくれたのだろう。
「苦しくない?」
「ん……」
「じゃ……もう少し、がんばったご褒美」
「んぁっ……あ、あ……気持ちぃー……」
ピアノの高音域のような声が勝手について出る。
勝行は唇から這うようにゆっくり光の首筋を舐め回す。時折吸い付き、耳を食み、もう一度唇を奪い、むき出しの肌を余すことなく捕食していく。まるで獣に食べられているかのような感触が、光にはたまらなく気持ちよかった。
「ここ、気持ちいい? これが好きなの?」と小さな声で丹念に反応をうかがっているのが聴こえてくる。
「好き……かつゆきの……す、き……」
「うん」
「おかえりぃ……」
「……うん、ただいま」
うわごとのように零した言葉に、甘い声と口づけが返ってくる。光は無意識に両腕を伸ばし、勝行の頭を抱えて離れないよう閉じ込めた。
もう何も考えたくない、大好きな人と、大好きなキスを貪って、うんと愛されて。ふにゃふにゃに蕩けてBGMに流されながらこのまま眠りにつきたい。
そうすればさっきまでの苦い時間も全て忘れることができる。悪い夢も見ずにすむのだ。
温かい勝行の腕の中で、光はすとんと意識を手放した。
ようやく心療内科から解放された光は、とぼとぼと病室に戻った。ドア越しに待ちわびていた人の背中が見える。
「勝行っ」
ぱっと目を輝かせると、光は勢いよくドアを開け中に入った。個室だから少々騒いでも怒られない。振り返った勝行は、物腰柔らかな笑顔を向けて「おかえり、ただいま」と声にした。
この音ならいくら浴びても気持ち悪くならない。目を合わせても、恐怖を感じない。手を繋いだら、むしろほっとする。やっぱり勝行は正義のヒーローか、魔法使いのようだ。光は半ば本気でそう思いながら、手を取り頬に口づけた。
「早かったんだな」
「うん、六時間目は自習になったからフケてきた」
「優等生の勝行が学校サボるとか……なんかあんま想像つかねーんだけど」
「なんだ。早く帰ってきて欲しかったんじゃなかったの? ならアイスでも食べてからくればよかったかな。急いで帰ってきたけど、お前部屋にいないし」
拗ねた物言いでツンと離れる勝行の唇が尖っていてかわいい。光は慌ててその身体を抱きしめた。
「しょうがねえだろ、診察だったんだ。つか、俺めっちゃくちゃ頑張って疲れた。充電させろ」
「そうだったのか。ていうか、暑苦しいんだけど。もう夏だよ」
「うるせえな……いいから早く」
「ちょっ……待てって」
やっとキスできる。そう思っただけで身体中の血が沸き快感を求めて我慢できなくなる。返事は待てない。
勢いよく勝行のネクタイを引き抜くと、勝行の首周りに籠る汗の香りが一気に押し寄せてくる。けれどどこか上品で、男臭くはない。香水のような――あの嫌いな煙草の匂いとは違う、甘いカフェオレのような香り。存外心地いいのだ。
「全くもう……」
首元に顔を埋めて甘える光の髪をよしよしと撫でながら、勝行はため息をつく。その表情は柔らかい。この間は本気で怒らせたかと思うほどに冷たかった声も、優しい温もりを帯びていた。
「光の身体、冷たくて気持ちいいな」
「ずっとクーラー効いてる部屋に閉じ込められてるし、寒いくらいだ」
「だから俺で暖を取るって?」
どちらからともなくベッドに腰掛け、互いの頬や鼻を軽く擦りつけ合うと、くすぐったくて笑みが零れる。それから勢いよく唇を食み、何度も吸い付き合う。チュッと音を鳴らして一度離れたけれど、まだまだ物足りない。
(こっちがいい……)
光は緩く開いた唇に再度触れ、舌先でお伺いを立ててゆっくりと侵入のお許しを得る。すると大人しく内側で待機していた勝行の舌が、一気に臨戦態勢に入った。まるでキス専用のスイッチを押したかのようだ。そこからは一気に攻守が一変する。
「んっ……ん、ぁ……」
硬口蓋を何度も舐め回され、じゅる、じゅぅっと激しい音が響けば響くほど、気持ち良すぎて光の思考回路はふわふわしてくる。さっきまでの疲労も、胸の苦みも、全部浄化されていくようだ。
快感に身を任せて身体から力が抜けていく光とは対照的に、勝行の腕はどんどん力を増していく。
「……っは……」
ポスンとシーツに倒れ込みながら唇を離す。二人の間に一筋の銀色の糸が垂れた。荒い吐息が、互いの頬をかすめ合う。蕩けた目で上にのしかかる勝行を見つめると、すっかり捕食モードに入った肉食獣の目をしていた。
光が一番好きなもの。それは音楽と、もうひとつ。
(……勝行のキス……なんか……日に日に上手くなってる気がする)
愛してると告白されたあの日。
「なら、べろちゅーしよう、したい」と提案した時は顔を真っ赤にして戸惑っていたのに。ディープキスどころか、挨拶のほっぺキスですら未だに「人前ではやめろ」と言ってすぐ恥ずかしがるくせに。
今ではすっかり「キスだけでイカせてやる」と言わんばかりの勢いで、情熱的な愛撫を施してくれる。だがこの声には出ない隠れた愛情表現は、光の性的欲求を満たしてくれる麻薬のような存在でもあった。
じわじわと変化し、急成長を遂げていく勝行の姿は、初めて出会った頃とはもう全然違う。最初は自分より背丈も低く、華奢な女の子のような外見だったのに、今ではうんと肉づき、男らしい体つきになった。身長はかろうじて負けていないが、体格は明らか抜かれている。
ギターを抱え続けてすっかり逞しく成長した腕。
ボイストレーニングを毎日欠かさないおかげで、割れた腹筋。
可愛い顔に似合わずそんなものを身につけた勝行は、軽々と光の身体を持ち上げると、ベッドのリクライニング姿勢に合わせてくれた。キスに夢中で呼吸が荒れていたから、喘息発作が出ないよう気遣ってくれたのだろう。
「苦しくない?」
「ん……」
「じゃ……もう少し、がんばったご褒美」
「んぁっ……あ、あ……気持ちぃー……」
ピアノの高音域のような声が勝手について出る。
勝行は唇から這うようにゆっくり光の首筋を舐め回す。時折吸い付き、耳を食み、もう一度唇を奪い、むき出しの肌を余すことなく捕食していく。まるで獣に食べられているかのような感触が、光にはたまらなく気持ちよかった。
「ここ、気持ちいい? これが好きなの?」と小さな声で丹念に反応をうかがっているのが聴こえてくる。
「好き……かつゆきの……す、き……」
「うん」
「おかえりぃ……」
「……うん、ただいま」
うわごとのように零した言葉に、甘い声と口づけが返ってくる。光は無意識に両腕を伸ばし、勝行の頭を抱えて離れないよう閉じ込めた。
もう何も考えたくない、大好きな人と、大好きなキスを貪って、うんと愛されて。ふにゃふにゃに蕩けてBGMに流されながらこのまま眠りにつきたい。
そうすればさっきまでの苦い時間も全て忘れることができる。悪い夢も見ずにすむのだ。
温かい勝行の腕の中で、光はすとんと意識を手放した。
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