37 / 165
第三章 たまにはお前も休めばいい
2
しおりを挟む
**
「兄弟って言うけど、絶対怪しいよねあの二人」
「もうあの光くんがべったりくっついて離れないの、可愛すぎて」
「あの子、すぐ一人でふらっとどこか行くから困ってたけど、お兄さんが来てからは随分大人しくなったわね」
「日向ぼっことか好きよねえ、丸まって寝てる姿は猫みたいだった」
「「「ほんと、かわいいよねー!」」」
ナースステーションは外科病棟の美少年アイドル・今西光の話でもちきりだった。数人の看護師が担当を取り合い、交代で用事もなく病室に様子を伺いに行っては勉強中のイケメン兄に笑顔を振りまかれ、ハアハアと息を荒げて戻ってくる。やれ検温タイムだの、点滴の様子を確認だのと無駄に部屋を行き来するあまり、ついには
「あの……次の検温時間はいつですか。その時までに起こしておきます」
とイケメン兄に気を遣われる始末。
「検温できてないんだって? 次は僕が巡回の時に測っておくから、看護師さんたちは他の患者さんをよろしく」
主治医にの心臓外科医・星野にも遠回しに咎められ、女子看護師たちは揃ってうぐぐと地団駄を踏んだ。前からあの問題児・今西光が入院するたび、誰が担当するかで揉めていたのだが——どうやら面倒ばかりで我儘だから嫌なのではなく、彼の麗しい姿を拝みたい看護師がポジション争いばかりしているらしい。しまいには「サインもらいたい」と騒ぐメンバーまで現れる始末。
「あの子はそうやって、誰かに追いかけ回されるのが一番苦手だと思いますよ」
「そ、そうですよね」
「そもそも、特定の患者さんばかり贔屓するような行為、看護主任にバレたら大変でしょう」
しょげる看護師たちを説教しながら、星野は「罪作りな子ですねえ」と苦笑した。
「けれどお兄さんの勝行くんがずっと付き添ってくれるおかげで、トラブルもなくなって助かっています」
「そうですか」
きっと相当仲のいい兄弟なのだろう。先日も部屋に様子を伺いに行った時、あの狭いシングルベッドに二人で眠っている姿を見かけた。
「彼のご家族は忙しいから、きっと寂しかったんだろうね。前の主治医の稲葉先生からも、小さい頃から一人で闘病がんばっていたと聞きました」
「そうだったんですね。夜お兄さんがいない時は、私たちが代わりに抱きしめてあげます!」
「——それは明らかに看護の範疇を超えている気がするけど。まあ……いざという時はよろしくお願いします」
小児科病棟のような患者対策ネタに花を咲かせるナースステーションから離れ、星野は病棟の廊下を一人歩き出す。するとばったり噂の人物に出くわした。
「あ、せんせー」
「やあ光くん、今からどこかに行くのかい」
素直にこくんと首を振る金髪少年・光の隣には、背丈の変わらぬ黒髪の義兄・勝行が手を繋いで立っていた。星野に深々と頭を下げ、綺麗な声で「こんにちは」と挨拶を交わす。後ろから「あらやだ、デートかしら」と女性看護師たちの下世話な噂話が聴こえてくるが、聞かなかったことにした。
「これから巡回診察ですか。病室に戻った方が……」
「いや、ここでいいよ。どうだい調子は。よく眠れてるかい」
「うん」
「目を見せて」
大人しく廊下で棒立ちする光のおでこに手を当て、髪をかき上げながら表情をよく観察する。
目の下のクマもない。頬の血色もいい。首筋には相変わらず虫刺されを掻き壊したようなうっ血跡が点在しているけれど、心配するレベルのものではないだろう。ついでに立ったまま聴診器を当て、心雑音の有無も確認しておく。ちらりと隣をみれば、心配そうな表情でじっとこちらの様子を伺う勝行の姿が見えた。
「元気そうで何よりだ。血液検査の結果も悪くなかったから、中庭に遊びに行ってもいいよ。熱中症にならないように、出る時間を守ってくれたら」
「マジで?」
ぱっと花が咲いたような笑顔を見せ、光は「早く行こうぜ」と勝行の手を強引に引っ張った。どうやら退屈のあまり、散歩に出かけるところだったようだ。
「えーと……勝行くんだっけ。光くんをよろしくね」
「はい、わかりました」
「夏休みはお兄さんが毎日いてくれてよかったね、光くん」
すると光は鼻をふふんと繋いだ手を持ち上げ、「ちげーよ、俺がこいつの面倒みてんの」と自慢気に言ってのけた。
「え、そうなのかい?」
「コイツ、ほっといたらずーっと勉強ばっかで休憩も取らねえから、たまには運動させねーと」
まるでペットの散歩にでも出かけているような物言いだ。勝行に視線をずらすと、「すみません」と目を細めて苦笑いしていた。その頬は少し赤らんでいる。
「いいね。息抜きは大事だよ」
「あっそうだ先生。屋上あがってもいい?」
「この時間の屋上はまだ暑いと思うが……」
「ちょっとだけ! コイツに見せるだけだから!」
「ま、待てって、光っ」
「光くんっ、もうすぐ夕食の時間だからね?」
「わーってる!」
引き止める余裕も与えないまま、光は勝行の手を引いて楽しそうに非常階段を駆けあがっていった。あまりに体調と機嫌が悪かったせいで一時期は起き上がることもできなかったというのに。すっかり元気にはしゃぐ様子に星野は苦笑するしかなかった。今度は興奮しすぎて熱を出さなければよいのだが。
「ああ、検温忘れてた」
「もう~星野先生ってばあ!」
「兄弟って言うけど、絶対怪しいよねあの二人」
「もうあの光くんがべったりくっついて離れないの、可愛すぎて」
「あの子、すぐ一人でふらっとどこか行くから困ってたけど、お兄さんが来てからは随分大人しくなったわね」
「日向ぼっことか好きよねえ、丸まって寝てる姿は猫みたいだった」
「「「ほんと、かわいいよねー!」」」
ナースステーションは外科病棟の美少年アイドル・今西光の話でもちきりだった。数人の看護師が担当を取り合い、交代で用事もなく病室に様子を伺いに行っては勉強中のイケメン兄に笑顔を振りまかれ、ハアハアと息を荒げて戻ってくる。やれ検温タイムだの、点滴の様子を確認だのと無駄に部屋を行き来するあまり、ついには
「あの……次の検温時間はいつですか。その時までに起こしておきます」
とイケメン兄に気を遣われる始末。
「検温できてないんだって? 次は僕が巡回の時に測っておくから、看護師さんたちは他の患者さんをよろしく」
主治医にの心臓外科医・星野にも遠回しに咎められ、女子看護師たちは揃ってうぐぐと地団駄を踏んだ。前からあの問題児・今西光が入院するたび、誰が担当するかで揉めていたのだが——どうやら面倒ばかりで我儘だから嫌なのではなく、彼の麗しい姿を拝みたい看護師がポジション争いばかりしているらしい。しまいには「サインもらいたい」と騒ぐメンバーまで現れる始末。
「あの子はそうやって、誰かに追いかけ回されるのが一番苦手だと思いますよ」
「そ、そうですよね」
「そもそも、特定の患者さんばかり贔屓するような行為、看護主任にバレたら大変でしょう」
しょげる看護師たちを説教しながら、星野は「罪作りな子ですねえ」と苦笑した。
「けれどお兄さんの勝行くんがずっと付き添ってくれるおかげで、トラブルもなくなって助かっています」
「そうですか」
きっと相当仲のいい兄弟なのだろう。先日も部屋に様子を伺いに行った時、あの狭いシングルベッドに二人で眠っている姿を見かけた。
「彼のご家族は忙しいから、きっと寂しかったんだろうね。前の主治医の稲葉先生からも、小さい頃から一人で闘病がんばっていたと聞きました」
「そうだったんですね。夜お兄さんがいない時は、私たちが代わりに抱きしめてあげます!」
「——それは明らかに看護の範疇を超えている気がするけど。まあ……いざという時はよろしくお願いします」
小児科病棟のような患者対策ネタに花を咲かせるナースステーションから離れ、星野は病棟の廊下を一人歩き出す。するとばったり噂の人物に出くわした。
「あ、せんせー」
「やあ光くん、今からどこかに行くのかい」
素直にこくんと首を振る金髪少年・光の隣には、背丈の変わらぬ黒髪の義兄・勝行が手を繋いで立っていた。星野に深々と頭を下げ、綺麗な声で「こんにちは」と挨拶を交わす。後ろから「あらやだ、デートかしら」と女性看護師たちの下世話な噂話が聴こえてくるが、聞かなかったことにした。
「これから巡回診察ですか。病室に戻った方が……」
「いや、ここでいいよ。どうだい調子は。よく眠れてるかい」
「うん」
「目を見せて」
大人しく廊下で棒立ちする光のおでこに手を当て、髪をかき上げながら表情をよく観察する。
目の下のクマもない。頬の血色もいい。首筋には相変わらず虫刺されを掻き壊したようなうっ血跡が点在しているけれど、心配するレベルのものではないだろう。ついでに立ったまま聴診器を当て、心雑音の有無も確認しておく。ちらりと隣をみれば、心配そうな表情でじっとこちらの様子を伺う勝行の姿が見えた。
「元気そうで何よりだ。血液検査の結果も悪くなかったから、中庭に遊びに行ってもいいよ。熱中症にならないように、出る時間を守ってくれたら」
「マジで?」
ぱっと花が咲いたような笑顔を見せ、光は「早く行こうぜ」と勝行の手を強引に引っ張った。どうやら退屈のあまり、散歩に出かけるところだったようだ。
「えーと……勝行くんだっけ。光くんをよろしくね」
「はい、わかりました」
「夏休みはお兄さんが毎日いてくれてよかったね、光くん」
すると光は鼻をふふんと繋いだ手を持ち上げ、「ちげーよ、俺がこいつの面倒みてんの」と自慢気に言ってのけた。
「え、そうなのかい?」
「コイツ、ほっといたらずーっと勉強ばっかで休憩も取らねえから、たまには運動させねーと」
まるでペットの散歩にでも出かけているような物言いだ。勝行に視線をずらすと、「すみません」と目を細めて苦笑いしていた。その頬は少し赤らんでいる。
「いいね。息抜きは大事だよ」
「あっそうだ先生。屋上あがってもいい?」
「この時間の屋上はまだ暑いと思うが……」
「ちょっとだけ! コイツに見せるだけだから!」
「ま、待てって、光っ」
「光くんっ、もうすぐ夕食の時間だからね?」
「わーってる!」
引き止める余裕も与えないまま、光は勝行の手を引いて楽しそうに非常階段を駆けあがっていった。あまりに体調と機嫌が悪かったせいで一時期は起き上がることもできなかったというのに。すっかり元気にはしゃぐ様子に星野は苦笑するしかなかった。今度は興奮しすぎて熱を出さなければよいのだが。
「ああ、検温忘れてた」
「もう~星野先生ってばあ!」
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる