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第四章 カミングアウト
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置鮎保という男は本当に苦手だ。なんでもできるくせに、横暴な仕事を押し付けてきた。それを嫌だと突っぱねれば、自分の「弱さ」や「未熟な部分」を遠慮なしにぶすぶすと突き刺してくる。
その掌で転がされるだけだとわかっていても、悔しくてつい挑発に乗ってしまう。
おまけに勝行にやたら崇拝されていることも知っていて、わざとマウントを取ってくる。まるで恋のライバルにでもなったかのように。
それでも。
「オレは、今西光をプロデュースしたくてスカウトしたのよ。INFINITYで初めてWINGSを見かけた時、絶対に愛されるべき子だと思った。だから何も怖がることはない、あんたの味方はここにいる」
本当に自分を必要としてくれる人間が、勝行以外にもいることを教えてくれる。要らない子だと蔑まされるだけの暗闇から救ってくれた男は、ここにもう一人いたのだ。
そしてその人は、光と同じ経験の持ち主でもあった。
「……俺、ちゃんと保に言わないとって思ってて言えてなかったんだけど。セカンドシングル作る時……捕まったスポンサーの会社で、色んな奴らと無理やりセックスさせられたんだ」
「それが、その……枕営業してたって、噂になってるって聞いて。でも俺、なんのことかわからなくて……」
光はずっと保に言えずにいたことを途切れ途切れに話した。自分のせいでまた不祥事が起きるかもしれないと素直に告げると、二人から代わる代わる抱きしめられた。
勝行に告白した時と一緒だ。可哀そうな子だと同情して、相手に怒りの感情をぶつけてくる。けれど保の話には続きがあった。
「あんたと同じ年の頃に、オレも好きじゃない男にヤラれたわ。相手は先輩。はっきり言って、胸糞悪かった。でも身体には……麻薬のように沁みついてしまって、忘れられなくなった」
「は? ……タモツ、も?」
「その時は自分が一体何者なのか、わからなくなった。男を好きになった自分は女になりたいのか、それとも同性愛者なのか――ってね。自暴自棄になってたけど、ハルはそんなオレを愛してくれてね。このままでいいんだ、って思えるようになったのは、ハルのおかげかな」
「……へえ……」
「そして光にとってのヒーローは勝行だったってわけね。よくわかったわ。話してくれてありがとう」
「ね、僕ってけっこうダメそうに見えて実は重要人物でしょ」
「それ、自分で言うことかよ」
真面目な話をしていたはずなのに、ちょいちょいと晴樹がおどけて笑いをとりにくる。部屋の空気は終始和やかなまま、光が何かを零すたび「わかるわかる」と相槌を打っては皆でコーヒーを啜り、ケーキを口に放り込む。
「キスすると落ち着くの、変……か?」
「変じゃないよ。それが光くんの可愛い魅力」
「勝行のことも好きだけど……最初に好きだと思った子は女だったし」
「性癖も好みも、成長と共に変わっていくものよ」
「ていうか女って誰? 超気になる」
「お前にはぜってー教えねえ」
とりとめのない話ばかり。うまく自分を語れない光の言葉を補完するかのように、保と晴樹の合いの手や閑話休題が途切れることなくずっと続く。おかげで会話はどこまでも弾んだ。
自分の性別を男女どちらにも属さない「無性」だと言う保の主張。
晴樹がアメリカや実家で沢山交流したLGBTの人たちの物語。世の中には色んな性自認を持つ人種がいて、セックスの嗜好や環境もそれぞれ違うこと。
それから音楽や芸術を通じて、大衆のステレオタイプを変えていこうと思っている保の夢。
「別に手法はなんでもいいの。人が当たり前だと思ってるものは、他人にとっては当たり前じゃないって、伝われば」
「保はとにかく、『ふつう』って言葉が嫌いだもんな」
「家庭とか学校で語られる『ふつう』は、古のメディアが作ってきたからね。それを全部、ぶっ壊してやりたい」
そんな他愛もない一言が、光には強く印象に残った。
「なら。ふつうじゃないことは、悪いことじゃない……?」
「いいか悪いかの判断こそ、マジョリティに左右されるからね。普通が好きな人たちは、普通じゃないことを嫌がる。逆もしかり」
「勝行くんに『普通じゃない』って怒られた? 真面目なクラス委員長が言いそうな定番セリフだ。ちょっとオツムが固いだけよ、どうってことないさ」
「ははあ、さてはドキュメンタリーで撮影入るから、キスするなとかべたべたするなって言われて凹んでるんだな、光は。勝行、そういうのほんと苦手だもんねー。『ふつうの友人』を偽装しろって言ってそう」
「ええっ何それ。かわいそうに。僕が代わりに沢山キスしてあげるよ」
「いいやめろいらねえっ」
「光がそんな風に甘えられる相手は勝行しかいないっていうのに。あの子も意固地だね」
保はくすくすと笑いながら、珈琲のおかわりを所望しかけて手を止めた。それから「もう一度撮影班を呼びつけていい? それからもうちょっとゲスト増やして、晩御飯もビッグパーティーにしちゃおう」とにっこり微笑んだ。
「えっ何それ」
「だってこの家、無駄に広いんだもん。光の料理の腕があれば余裕でゲスト呼んでホームパーティーができるわよ。そうやってみんなでわちゃわちゃしてるとこにカメラを回して、堂々とラブラブ、いちゃいちゃすればいい。光がみんなにうんと可愛がられているってこと、本人も自覚してないみたいだから。いい機会だと思わない」
「いいねそれ。ケータリングの費用は経費で落ちるの?」
「もちろん。勝行だって夜には戻るでしょ? きっとびっくりするわよ、クラッカーでも用意しておく?」
「やったね! じゃあ僕、寿司が食べたい。日本帰ってきてからまだ食べてない!」
あれよあれよという間に、保と晴樹は次の企画を進めていく。光はただ茫然と椅子に座って、二人が電話やチャットで仕事をしている様子を眺めていた。
そしてふと気づけば自宅のチャイムが何度も鳴り響く。慌ててインターホンの受話器を取ると、光の警護のために戻ってきたと思われる片岡が神妙な面持ちで立っていた。
「あの……光さん。お客様がお見えになっているのですが、通してもよろしいでしょうか」
「客?」
防犯カメラに映る人だかりを見て、光は口をあんぐりと開けた。
そこにはスーパーの袋を抱えて手を振る、INFINITYのオーナーやバックバンドのメンバーたちが全員揃って映っていた。
その掌で転がされるだけだとわかっていても、悔しくてつい挑発に乗ってしまう。
おまけに勝行にやたら崇拝されていることも知っていて、わざとマウントを取ってくる。まるで恋のライバルにでもなったかのように。
それでも。
「オレは、今西光をプロデュースしたくてスカウトしたのよ。INFINITYで初めてWINGSを見かけた時、絶対に愛されるべき子だと思った。だから何も怖がることはない、あんたの味方はここにいる」
本当に自分を必要としてくれる人間が、勝行以外にもいることを教えてくれる。要らない子だと蔑まされるだけの暗闇から救ってくれた男は、ここにもう一人いたのだ。
そしてその人は、光と同じ経験の持ち主でもあった。
「……俺、ちゃんと保に言わないとって思ってて言えてなかったんだけど。セカンドシングル作る時……捕まったスポンサーの会社で、色んな奴らと無理やりセックスさせられたんだ」
「それが、その……枕営業してたって、噂になってるって聞いて。でも俺、なんのことかわからなくて……」
光はずっと保に言えずにいたことを途切れ途切れに話した。自分のせいでまた不祥事が起きるかもしれないと素直に告げると、二人から代わる代わる抱きしめられた。
勝行に告白した時と一緒だ。可哀そうな子だと同情して、相手に怒りの感情をぶつけてくる。けれど保の話には続きがあった。
「あんたと同じ年の頃に、オレも好きじゃない男にヤラれたわ。相手は先輩。はっきり言って、胸糞悪かった。でも身体には……麻薬のように沁みついてしまって、忘れられなくなった」
「は? ……タモツ、も?」
「その時は自分が一体何者なのか、わからなくなった。男を好きになった自分は女になりたいのか、それとも同性愛者なのか――ってね。自暴自棄になってたけど、ハルはそんなオレを愛してくれてね。このままでいいんだ、って思えるようになったのは、ハルのおかげかな」
「……へえ……」
「そして光にとってのヒーローは勝行だったってわけね。よくわかったわ。話してくれてありがとう」
「ね、僕ってけっこうダメそうに見えて実は重要人物でしょ」
「それ、自分で言うことかよ」
真面目な話をしていたはずなのに、ちょいちょいと晴樹がおどけて笑いをとりにくる。部屋の空気は終始和やかなまま、光が何かを零すたび「わかるわかる」と相槌を打っては皆でコーヒーを啜り、ケーキを口に放り込む。
「キスすると落ち着くの、変……か?」
「変じゃないよ。それが光くんの可愛い魅力」
「勝行のことも好きだけど……最初に好きだと思った子は女だったし」
「性癖も好みも、成長と共に変わっていくものよ」
「ていうか女って誰? 超気になる」
「お前にはぜってー教えねえ」
とりとめのない話ばかり。うまく自分を語れない光の言葉を補完するかのように、保と晴樹の合いの手や閑話休題が途切れることなくずっと続く。おかげで会話はどこまでも弾んだ。
自分の性別を男女どちらにも属さない「無性」だと言う保の主張。
晴樹がアメリカや実家で沢山交流したLGBTの人たちの物語。世の中には色んな性自認を持つ人種がいて、セックスの嗜好や環境もそれぞれ違うこと。
それから音楽や芸術を通じて、大衆のステレオタイプを変えていこうと思っている保の夢。
「別に手法はなんでもいいの。人が当たり前だと思ってるものは、他人にとっては当たり前じゃないって、伝われば」
「保はとにかく、『ふつう』って言葉が嫌いだもんな」
「家庭とか学校で語られる『ふつう』は、古のメディアが作ってきたからね。それを全部、ぶっ壊してやりたい」
そんな他愛もない一言が、光には強く印象に残った。
「なら。ふつうじゃないことは、悪いことじゃない……?」
「いいか悪いかの判断こそ、マジョリティに左右されるからね。普通が好きな人たちは、普通じゃないことを嫌がる。逆もしかり」
「勝行くんに『普通じゃない』って怒られた? 真面目なクラス委員長が言いそうな定番セリフだ。ちょっとオツムが固いだけよ、どうってことないさ」
「ははあ、さてはドキュメンタリーで撮影入るから、キスするなとかべたべたするなって言われて凹んでるんだな、光は。勝行、そういうのほんと苦手だもんねー。『ふつうの友人』を偽装しろって言ってそう」
「ええっ何それ。かわいそうに。僕が代わりに沢山キスしてあげるよ」
「いいやめろいらねえっ」
「光がそんな風に甘えられる相手は勝行しかいないっていうのに。あの子も意固地だね」
保はくすくすと笑いながら、珈琲のおかわりを所望しかけて手を止めた。それから「もう一度撮影班を呼びつけていい? それからもうちょっとゲスト増やして、晩御飯もビッグパーティーにしちゃおう」とにっこり微笑んだ。
「えっ何それ」
「だってこの家、無駄に広いんだもん。光の料理の腕があれば余裕でゲスト呼んでホームパーティーができるわよ。そうやってみんなでわちゃわちゃしてるとこにカメラを回して、堂々とラブラブ、いちゃいちゃすればいい。光がみんなにうんと可愛がられているってこと、本人も自覚してないみたいだから。いい機会だと思わない」
「いいねそれ。ケータリングの費用は経費で落ちるの?」
「もちろん。勝行だって夜には戻るでしょ? きっとびっくりするわよ、クラッカーでも用意しておく?」
「やったね! じゃあ僕、寿司が食べたい。日本帰ってきてからまだ食べてない!」
あれよあれよという間に、保と晴樹は次の企画を進めていく。光はただ茫然と椅子に座って、二人が電話やチャットで仕事をしている様子を眺めていた。
そしてふと気づけば自宅のチャイムが何度も鳴り響く。慌ててインターホンの受話器を取ると、光の警護のために戻ってきたと思われる片岡が神妙な面持ちで立っていた。
「あの……光さん。お客様がお見えになっているのですが、通してもよろしいでしょうか」
「客?」
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