できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第八章 傾いた未来予想図

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「受験票。えんぴつ。消しゴム。ハンカチ。マスク。お守り」
「ばっちり、大丈夫」
「忘れ物。おにぎり」

持ち物確認をしている勝行に、早起きして作った出来立てのおにぎりを渡す。すると勝行は「やばい、今食べたいよ」と嬉しそうに顔を綻ばせた。光もつられて微笑みながら「昼飯にならねえじゃん」と突っ込む。

「試験の間に、一個ずつ食べようかな」
「とりあえず三個入れておいたけど、足りるか」
「十分だよ、ありがとう。これを楽しみにして、試験頑張る」
「会場ではスマホ使えないんだっけ?」
「うん、何かあったら片岡さんに連絡して」
「わかった。つっても俺はスタ練してっから。俺のもきっと放置か、晴樹まかせだわ」
「だな、試験が終わったらすぐ車で迎えに行くよ。ピアノ弾いて待ってて」
「わかった」

今日の互いの行動を確認し、連絡の取り方も念入りに打ち合わせした後、当たり前のように軽くキスをする。

「じゃあ試験、頑張れよ」
「うん。保さんと村上先生によろしく」

全国共通の大学入試、本番初日。
灰色に染まる厳冬の空の下、勝行と片岡は足取り軽く試験会場へと向かって行った。光は二人の乗る車がマンションの窓から見えなくなるまでずっと見送り続ける。

あれから今日という日がくるまで、勝行は朝から晩までみっちり勉強していた。夜も光のベッドで添い寝しながら、いつまでも単語帳を捲っていた。
無理すると身体壊すぞと助言するも「光で充電してるから大丈夫」と謎のドヤ顔を見せる。そして体温高めの光の身体を抱き寄せながら呪文のように英語を唱えていた。
聴こえてくる声があまりに心地よくて光はすぐに眠ってしまい、勝行が本当にちゃんと寝たかどうかはわからない。
それでも、今日という日を万全のコンディションで迎えたようだ。迷いのない背中を見て、光はほっと胸を撫で下ろした。

「明日はもう一個おにぎり増やすか」

共通一次試験は正月明けてすぐ、週末の二日間に実施される。今日は文系の得意科目ばかりだが、明日は苦手な理数系だと聞いた。光は冷蔵庫の中身を片付けながら、今宵の晩御飯と明日のおにぎりの具材を手早く作り、タッパーに入れて保存する。
いつも通りの家事ルーティンをこなして、晴樹の迎えを待つ。週末の留守番にもだいぶ慣れてきた。こんな生活もあと一か月の辛抱だし、試験が一通り終わったら一度ドライブ旅に行こうと提案してもらえたので、光の気分も上々だ。
ケイが居た時のような激しい夜は過ごさなくなったけれど、勝行がくれるキスはいつも甘ったるくて幸せな気持ちになれる。それ以上のわがままは言わないでおこうと光も自制している。
すべてはあと一か月と少し。

「大学に受からない確率? 多分、一割くらいだね」
「へえ、随分自信あるんだな」

昨夜、布団の中でキスしながら尋ねた質問には、強気な答えがすらすらと返ってきた。

「万が一が怖いから勉強するんだ。油断は禁物だろ? でも必ず合格してみせる。だから第一志望が通ったら、勘当してくれていいって父には言った」
「勘当って。家から追い出されるってこと?」
「家のしきたりを破るからね。制裁があって当然だろ。相続権も血縁も全部捨てて、相羽の家には二度と帰らないつもりだ」
「あの使用人のみんなとも、会わないってこと?」
「……相羽家が俺をどう処遇するかによるけど。最悪はそうなるね」
「そっか……」
「たとえそうなっても、俺一人でお前を養えるくらいのお金はもう稼いだから。心配しなくても平気だよ」

不満げにため息をついたところ、別の心配事と勘違いされたのか。髪を撫でながら高校生らしからぬ言葉を告げられて、光は「はあ?」と素っ頓狂な声を上げた。

「とりあえずこのマンションは名義を変えて俺のものにするから、住むところは変わらないし。卒業しても、ずっと一緒に住んでてくれない?」
「……そ、そりゃ……出ていけって言われないなら……」
「よかった。一生愛してるよ、光」

勝行は嬉しそうに愛の言葉を囁きながら、光の身体中に吸いつき、沢山のマーキングを施していった。今日スタジオに行ったら、また保と晴樹に揶揄われるかもしれない。思い出しただけで顔が思わず火照る。

(あんのすけべ野郎……開き直ると変なとこまでキスしまくるし……甘ったるいことばっか言うし……)

とりあえず出かける前に一度シャワーでも浴びて、己の身体をチェックしておこう。勝行の残してくれた自分への愛情を見ておきたくなって、光は台所から出ようとした。その瞬間、目の前が真っ白にスパークした。

(……えっ)

狭心症で胸が苦しくなった時の感覚でもない。呼吸ができず、気管が詰まった時の辛さでもない。立ち眩みのような感覚に襲われて、光は思わずシンクに手をかけた。だが手指に力が入らない。膝もがくがくと震えている。

(な……なにこれ)

関節が思うように動かない。倦怠感だけでなく、身体中あちこちがずきずき痛むのだ。痺れっぱなしの指に視線をやると、指先から肌の色がなくなっていた。関節はうっすら紫に変色しているようにも見える。
気味の悪いその姿は目の前で息絶えた母親のそれにそっくりすぎた。光は思わず「ひっ」と声を引き攣らせ、弾みで台所に尻もちをついた。
だんだん心臓も苦しくなってきた。これはいつもの狭心症発作だ。よりにもよってなぜ、今ここで。
はあはあと荒れる呼吸を整えながら、光は必死に考える。
――どうする。
片岡も呼べない、勝行は大事な試験中。せめて晴樹に連絡したいけれど、スマホを部屋に置きっぱなしなのでそこまではなんとか這っていかねばならない。

(ちくしょ……なんで……なんで今、なんだよ……っ)

誰にも迷惑をかけずにすむ、五体満足な身体が欲しい。光は激しい頭痛と吐き気に襲われながら、床に突っ伏して泣いた。
それから目まぐるしい日常に追われてすっかり忘れていた、未解決の問題を今更に思い出していた。
クリスマス前に入院していた時の、主治医の忠告を。
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