できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第十章 Trust me,Trust you

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大事な息子を奪われた上、命の危険に晒されている。だからそれは当然の反応だ。
それでも突き付けられた言葉のナイフは、光の心臓を木っ端微塵に切り刻む。
自分はここに居てもいいのだろうか。どうして誘拐されたのが自分じゃなくてあの男なのだろう。今すぐ暴れ狂いたい衝動を抑えたくて、光は唇を強く噛んだ。

「お疲れのようですね。貴方らしくない発言ですよ」

冷静に、どちらを咎めることもなく片岡がぽつりと零した。修行は「わかっている」と苦虫を噛み潰したような顔を見せる。その様子は落ち込み悔しがっている時の勝行にそっくりだった。片岡は静かに小声で話を続ける。

「もしや犯人は、今西桐吾の残党ですか」
「……っ!?」
「警察が去年の事件を疑っていると。光さんから何か情報を聞き出せないかと、私にも何度か尋ねられました。これ以上光さんに隠すことはできないと思います」
「うむ……」

桐吾の名前が出た瞬間、光の中で何かが繋がった。
身代金目当てでもない、受験妨害でもない。事件にはもう一つの可能性があったはずだ。後ろから片岡の腕を引っ張り、光は修行の前に一歩踏み出した。

「去年、俺を助けたせいで、あいつが狙われたってことか?」
「……まだわからん。だが誘拐犯から《一年前の復讐》という言葉が出てきた。君が監禁されていた麻薬密売組織を摘発したことしか、今のところ思い当たる節がない」
「やっぱり……」

修行の言葉通り、自分が勝行に出会わなければ。助けてもらわなければ。こんなことにはならなかったに違いない。
どんなに彼から逃げても、殺されそうになるたび走って助けにきてくれた。物理的に離れようとしても、予想もしない執着心で光をねじ伏せ、他の誰にも奪われたくないと泣きながら。狂うほどに光を求め、人を殺めそうになったことも。

『お前を愛した人間は皆死ぬのよ。みんな不幸になるの』

ずっと呪いのように沁みついて離れない、死ぬ間際の母の声が光の脳を何度も駆け巡る。これだけは絶対に回避しなければならなかったのに。目の前の幸せに溺れて、完全に抜け落ちていた。噛み締めすぎた唇からは、血が滲んできた。

「光さん、思いつめないでください」
「そうだ。悪かった……さっきの言葉を取り消すことはできないだろうが、君を傷つけてしまったな」

大人たちの言葉は、ただの気休めにしか聞こえない。光はさっきまで頭を捻って考えていた救出策を必死に思い出していた。

「おれ……俺とあいつを、人質チェンジできねえのか」
「光さん?」
「あいつらの目的は……もしかしたら……そうだ、あいつら、猿みたいにサカってばかりで、酷いことしかしてこねえ。金目当てなんかじゃない、復讐なんだったら、絶対そうだ!」
「落ち着いて。奴らの目的が何だって?」
「俺が……俺がされたこと。おんなじこと、される……っ。あの連中なら、捕まえた奴をメタクソに殴って、人をオナホか便器みたいに扱ってくる……っ。勝行がそんなんされるなんて冗談じゃねえ! なあ、俺とあいつを交換しろって交渉してくれよ、今すぐ!」

光は堰を切ったようにまくし立てた。今まで大人には言わなかったことも、全て。拙い話し方で伝わったかどうかわからないが、片岡と修行は驚き立ち尽くしていた。
だが桐吾がいない時を見計らい、光を集団で犯し続けたあの連中がもし勝行を拘束しているのだとしたら、一刻も早く助け出さなければならない。

「親父が居ない以上、奴らはマジで何するか分かんねえ。だから俺が!」
「ダメだ」
「なんで!」
「……光くん。君はまだ子どもだ。勝行も大事だが、君にまでこれ以上危険なことをさせるわけにはいかない。相手がそんな連中なのであれば、尚の事」
「……な……なんで……」

こんなところで、突然優しい父親のようなことを言わないで欲しい。どうせ保護したことを後悔しているくせに。そう言いたかったけれど、光の喉からは上手く言葉が出なかった。代わりに零れるものは、大粒の涙ばかり。

「自分だけを犠牲にするんじゃない。悲劇のヒーロー気取りでは何も解決せん。いいか光くん、戦いというものは、仲間と連携して作戦を立てて行うものだ」
「そうですよ光さん、時間の猶予がないからこそ、今から作戦会議、第二弾を急がねば!」

修行に抱きしめられ、片岡に拳を突き立てられて、光は大きく目を見開いた。零れた涙が、恰幅のいい修行の肩にじわじわ沁み込んでいく。

「以前言いましたよね。私たちは、勝行さんの味方ですよ」
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