できそこないの幸せ

さくら怜音

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第十章 Trust me,Trust you

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誰かに依存しなければ生きていけない。誰かの力を借りなければ、息をすることもできない。
それを「できそこない」だと思い続けてた光にとって、片岡と修行の言葉はにわかに信じがたいもので。だが思い起こせば、ここ一年足らずの間にあった色んな出来事のすべてが、人の手を借りて手に入れたものだったことに気づく。
そしてそれを誰かに咎められたことは、一度もない。

(人を信じるとか……信じないとか……愛するとか、助けるとか。ややこしいし難しい。みんなこういうの、学校で習ってんのかな……)

光は片岡と修行に見守られながら、警察の事情聴取を受けることになった。
一年前、桐吾の経営する社屋の倉庫で監禁された時に何があったのかをもう一度尋ねられる。わざわざ聞かなくてもいいだろうに。――そう思いながら、光は輪姦の事実を口数少なめに答えた。あの時襲ってきた連中の顔も殆ど覚えていると言えば、大人たちは「なぜもっと早く教えてくれなかったのだ」と色めきだった。

犯人の殆どは既に麻薬に関する罪状で服役中だ。未成年への淫行強制が証明できれば逆送で増し刑にできると聞いた光は慌てて「お……俺の親父がいない時にヤラれた。あいつは俺を助けてくれたから……だから……」と弁明し、これ以上は無理だと口を噤んだ。

(ダメだ。全部言ったらやっぱり……)

真実をうまく語れない。自分も数多の事実をひっそりと消して生きてきた。光は吐き気が収まらなくなり、机に突っ伏して嘔吐くように喉を鳴らした。すかさず片岡が「ここまででお願いします」と聴取を中断させる。

「続きは主治医の同伴と許可を得てからにしてください。とにかく今は、誘拐犯に残党がいる可能性に絞って捜査方法を模索すべきかと」
「それもそうでした」

片岡は刑事相手でも毅然とした態度でてきぱきと話を続けていた。元警察官だと言っていただけあって、頼りがいがある。

「今西桐吾の腹心の一人が、まだ指名手配中でして。日系ブラジル人で、元マフィアの一員。社員には殺し屋と呼ばれていた男です。あの会社の連中は、殆どがその殺し屋に脅されて仕方なく脱法ハーブの流通を管理していたと供述しています。我々は勝行さんを拐取した連中の中心に、奴がいるのではないかと目星をつけているのですが」
「……殺し屋……?」

自分も危うく殺されそうになったからすぐに思い出した。監禁されていた事務所から抜け出した際、追いかけられて逃げ道を失いタイマンを張った。殴打で光に眼鏡を粉砕され、激高した男だ。
そういえば、自分を犯した連中の殆どはあの男が「始末した」と言っていた気がした。大量の血の匂いを沁みつけて帰ってきたことも思い出す。

「俺を襲ってきた奴らは、ほとんどそいつに殺されてるはずだ。どこでどうやったのかは知らないけど……眼鏡のやせ男だろ」
「知っているか、光くん。顔も覚えている?」
「……うん」

指名手配の似顔絵を見せられ、間違いないと確信する。そういえばこの男から銃で撃たれそうになった時、彼を取り押さえてくれたのは警察ではなく相羽家の護衛たちだった。その合間を縫って、勝行が手を伸ばし助けにきたのだ。あの時捕まえきれず逃げられたのであれば、相羽家への恨みを抱えている可能性も否めない。
そのことだけなら上手く伝えられる。光はどうにか持ち直した身体を片岡に支えてもらいながら、自力で倉庫から逃げ出したこと、外で襲われて相羽家の護衛や勝行に助けてもらったことを話した。
その情報はまさにビンゴだったようで、警察側も一気に捜索が進展すると喜んだ。

「勝行さんが自ら助けに行ったと聞いたのは空港ホテルでの一件だけだったので」
「まさかその前にも接触があったとは」
「現在、総員で渋谷内の聞き込みを続けてます。身代金の期限は明後日なので、それまでに潜伏場所を特定して包囲を」
「あさって……? それじゃ遅すぎる、あいつ受験が!」
「受験はあとで何とでもなります。それより慎重に動かねば、相手は本物のマフィアですよ」

片岡に最もなことを言われて、光は返す言葉を失った。
ならばせめてその渋谷での捜索に自分も加わりたい。家でのうのうと待っているなんて性分に合わない。だがそれを言っても、修行は首を縦に振ってくれなかった。
気づけば修行の後ろには兄・修一も立っていた。話もひとしきり聞いていたようだ。

「ホントにあのばか弟は……部下一人のためだけに、危険なことばかりしでかしてますね。周りの迷惑も顧みず」
「そうだな。一族の頭になるには相応しくない、愚鈍な行動だった」
「なっ……なんだと」

それが勝行を馬鹿にしている言葉だとすぐにわかった。親子だというのに、二人はどうしてそこまで勝行に厳しいのか。光は反論しかけたが、片岡に強引に止められた。その様子を冷ややかな目で見ていた修一は、「俺の弟を危険な目に晒した張本人が何を偉そうに」と睨みつけてきた。
言葉ではあんなに勝行に冷たいのに、本当はやっぱり大事な家族だとでも言うのだろうか。どちらにせよ、何と反論すれば正解なのかわからなくて、光は黙って片岡の隣に座るしかできなかった。

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