できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第十一章 愛されるより、愛したい

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年の離れた兄だったが、一度だけ遊んでくれたことがあった。
両親――特に母親と長く暮らしていた兄。生まれてすぐ祖父母に育てられた勝行。兄弟が揃うのは四半期に一度の親族会のみ。兄は自作のパソコンを携えていて、食事時以外ずっと部屋に閉じこもっていた。彼は勝行が楽器にハマるのと同じくらい、パソコンゲームにのめり込んでいたのだ。
一度パソコンの使い方を教えて欲しいと思い、修一の部屋を訪問した。当時小学生だった勝行は、ゲームだけでなく表計算やネットサーフィン、プログラミングからハッキングまで出来る兄に驚き、本気で凄いと思ったものだ。彼が作ったオリジナルのカードゲームで何度も対戦し、大人の宴会がお開きになる深夜帯まで兄の部屋に入り浸った。

「お前も父さんに買ってもらえばいい。楽器演奏もパソコンでできるって知ってるか」
「えっ、パソコンで演奏?」
「今度おすすめの機種とソフト、調べて教えてやるよ」

そう言って勝行の頭を撫でた修一の笑顔は、あの日一度きりしか見ていない。だがそれは勝行の中に色濃く残った、唯一の思い出だった。


……
…………

逮捕される直前、父自ら修一を勘当したと聞いた勝行は「そこまでしなくても」と言いかけて口を噤んだ。自分がもし父と同じ立場だったら、同じことをしたに違いない。たとえ身内であっても、人の上に立つ人間はそうあらねばならないから。

「責任は親の儂にある。お前が気に病む必要はない」
「それでも……父さんの地位を脅かすことになったのは事実です。僕にも責任はあります。何らかの処罰を」
「これしきのスキャンダルで進退を迫られるようでは儂の力量不足としか思えん」

修行は勝行の申し出をきっぱり断り、力なく笑った。
軽度の火傷と擦り傷で済んだ勝行は、光が入院する外科病棟の個室に泊まり込んでいた。事件の対応に追われながらも見舞いに来た修行は、自分よりもやつれて見えた。
光は一時、薬の副反応で集中治療室に担ぎこまれるほどの重篤に陥ったせいか、夏休み前の不調に戻ってしまった。昏々と眠る彼の顔色はちっともよくならない。不可避の事件とはいえ、良心の呵責に苛まれる。

「おじい様は兄さんの脆い部分を見抜いていらっしゃったのでしょうか」
「あの子自身も自覚していたのだ。人前に立つよりはお前をサポートする方が向いていると言ってな。将来独立するためにも早めに事務所も構えて……順風満帆だと思っていた。どこでボタンをかけ間違えたのか、儂にはわからん」
「……」

大学受験を理由に修一は本家で祖父母に預けられ、勝行は入れ替わりで父と暮らすようになった。それまで父の元で自由に遊びすぎて、成績が芳しくなかったと聞いていた。本家では相当厳しい勉強漬けにされていたのだろう、成人の儀を迎えた頃に会った修一はやつれ、目が死んでいた。結局T大受験も失敗し、一浪から挽回を試みるも、兄が弁護士試験に合格した頃にはもう祖父はこの世に居らず、あの遺言書を書き残していた。
だが当時の勝行は、やっと祖父らの厳しい躾から解放された喜びで、兄の諸事情も祖父の意向も全く知ろうとはしなかった。吹奏楽を嗜み、DTMで作曲する楽しさを覚え、光のピアノに出会ったあの頃のことだ。

「おじい様とおばあ様を看取ったのは……兄さんですよね」
「そうだな。あの子は優しい子だった。勉強の傍ら、介護も担っていた」
「……」

跡継ぎとして認めてもらうために、趣味を全て捨てて祖父の言いなりになっていた兄は、一体どんな思いであの遺言書を見たのだろうか。もしこれが逆の立場だったなら――。

「父さんもきっちり休んでください、もう年なんですから。僕には介護できる余裕なんてないです」
「ああ……」
「兄さんの心傷には同情します。けれど僕は……光を傷つけた兄さんのことは一生許せない」

本当はあの場に居た全員を含め、今すぐ殺してしまいたい。だが光はそれを許さないし、相羽勝行として生きるためにもこの衝動を抑え続けなければいけない。勝行は黙って目を閉じる修行を見つめながら、すみませんと言葉を続けた。

「なので検察側につきます。最大級の処罰を求めて関わった人間すべてを糾弾する。家をないがしろにするつもりはありませんが、擁護もできません」
「ああ、それでいい。お前はそういう男だ。お前たち兄弟が法廷で闘う姿をこの目で見届けることができるだけ、幸せなのだと思っておくよ。……願わくば、修一が弁護士席でお前が検事席に立って臨む様を見たかったがね」

独りよがりの夢は叶わないものだ。残念そうにそう述べると、修行は「片岡の様子も見てくる」と言って出て行った。
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