できそこないの幸せ

さくら怜音/黒桜

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第十一章 愛されるより、愛したい

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「光くん……何を」
「あいつの夢は、俺がいないと叶わない。今じゃないと無理なんだ」
「勝行の夢?」
「WINGSだよ。俺たち二人のロックバンド。あれは遊びじゃない。勝行の、本気の夢だ」

修行は土下座する光を制しかけたが、必死にまくし立てる様子を見て黙り込んだ。

「大人になってからでも政治の勉強はできるんだろ。でもあいつと俺の二人で作る音楽は……WINGSは、今しかできない。俺が五体満足でいられる間しか」

まだ誰にも言ったことはない。周囲に期待されればされるほど、反応が怖くて言えずにいた。
光が一度も同じ譜面を弾かないのは、今日という時間に作った《音》を、その場限りで演奏するからだ。
一夜限りの生命を奏でて勝行に音を繋ぐのが自分の役目。
それをアレンジして形に残すのが勝行の役目。
勝行が作ったものは未来にずっと繋がるけれど、自分の手で生み出す音は――。

「あと五年……いや、俺の指が動かなくなるまででいい。勝行と一緒に音楽やること、許してほしい」
「光くん」
「今までいっぱい相羽家の世話になった。この恩は絶対に返す。この先の治療費も自分で稼いでなんとかするから……その代わり、この夢が終わるまでは勝行の傍に居させてほしい。それにあいつも俺が傍にいないと、いつまた変な暴走するかわからねえ。ぶっ壊れそうになった時は、俺が全力で止めてみせる。だから……」
「待て。暴走とはどういうことだ。君はあれの何を知っている」

話をぶった切る勢いで修行は質問を変えてきた。そういえば片岡はケイとの一件を知っているけれど、この人は知らないはずだ。光は顔を上げ、目も逸らさず言い切った。

「キレたら拷問も人殺しも平気でやる狂人の勝行。……相羽の血が流れる連中はみんなそうなんだろ」
「……なんだと」
「あの兄貴がやった誘拐騒ぎも、本当は勝行を従わせるためにやった懲罰なんじゃねえの。やりすぎてあんな結末になったけど……あいつが一人で勝行の部屋に籠ってる時、見てわかった。あれは俺にお仕置きする時の勝行と同じだって」
「……まさか」
「俺なら勝行がああなる前に止めてみせる。だから信じてくれ。親父さんだって、相羽家の跡取りがヤバイ罪犯したら困るだろ」
「儂の弱みを握って、取引をしようというわけか?」

突如修行の声色が変わった。冷ややかな瞳で見下ろされ、光は思わず眉を潜める。確かにこの言い方では駆け引きと思われても致し方ない。

「そういうつもりはないけど……」
「馬鹿正直な子だな。そこは嘘でも儂を脅すべきなんじゃないのか」

どこか余裕めいた表情で挑発する修行は、跪いたままの光の肩に手を置き、ぐっと力を込めてきた。革靴で踏まれるよりはましだが、骨がミシミシとひび割れそうだ。本能で背筋に悪寒が走る。
初めて、修行を「怖い」と感じた。
この男は勝行の父親。それと同時に、勝行を陥れた相羽家の現当主。ゲームで例えるなら、最後の最強ボスなのだ。だがここで怯むわけにはいかない。光は負けじと睨み返した。

「子どもと正面から向き合わないで、金と裏工作で誤魔化す親よりはよっぽどマシだと思うけど」
「面白いことを言うな。勝行は本当に君を信頼して、ボロを出しすぎたようだ」
「まあな。お互いに命をかけて助け合うくらいには」
「なら君は、勝行を愛しているのか?」
「……え……も、もちろん」

ふいに風向きが変わった気がして、光は首を傾げた。咄嗟に出た言葉に嘘はないが、修行は二人の関係をどこまで知っているのだろうか。

「たとえ愛し合っていても、結婚はできないし恋人にもなれない。それでも?」

突然言われた質問の意図が分からず、光は返答に詰まった。
男同士だから?
犯罪者の息子だから?
病気を患っているから……?
理由はいくらでも思いつくが、修行の表情はどこか言い辛そうなものに見えた。

「あれは既に相羽家の当主になることが決まっている。私はただのつなぎ役に過ぎない。音楽を続けようがなんだろうがあの子は血族を統率し、存続させる義務がある。どういうことか、わかるな?」
「……子ども、作る……ってこと……?」
「そうだ。相羽家の人間は、本当に愛した人間とは結ばれない。そういう呪われた家系だ」

愛した人間こそ手に入れるために執着し、異常なほど束縛し、やがて壊れる。手に入らなかった人間を狂ったように求め、二度と人を愛せなくなる。だから子孫は安全な枠の中にいる都合のいい人間とかりそめの婚姻関係を持ち、意図的に作るという。
修行の淡々とした説明がバカげていると蹴散らしたくても、心当たりがありすぎて笑えない。なんて悲しい呪いなのだろうか。勝行が自分の性癖を忌み嫌い、光を抱きたくないと拒否していた理由がやっとわかった気がして、光はへたりと床に座り込んだ。

「その様子だと、修一と勝行の母親が違うことも知らなさそうだな」

『跡取りを作れって言い出すよきっと。家のために子どもを残せって。俺と兄さんは、そんな理由で生まれてきたんだ』

以前、勝行がそう言っていたことを思い出す。あの時は何が何でも相羽の呪縛から逃げてやるといわんばかりの口調だった。だが今はもう修一がいない。後継者として決まってしまった状況で、彼はどう対抗するつもりなのだろうか。

(でも……だからこそ、俺が何とかして助けてやりたい……)

「勝行は先代に似ている。最愛の男を何度も牢屋に閉じ込めて飼い殺した、冷酷な父にそっくりだ。このままだと、君も二の舞になりかねない。しかも君以外の他の女を抱くんだ。それでもあの子の傍にいると言えるのか。君にそれほどの覚悟があるのかと聞いている」
「あるよ」

光は俯いたまま、即座に返答した。むしろこれでよかったかもしれない。いつ来るか分からない死を恐れずに済むのだから。

「奴隷でも使用人でも弟でも、なんでもいい。俺は勝行の傍にいられたらそれでいいんだ」
「……そうか……」
「ちょうどいいじゃん。俺、どうせ長生きしねえから。俺が居なくなった頃にはいい奥さんができて、孫も生まれて。相羽の当主として生きる勝行が見られるよ……きっと。だから……だからやっぱりさ。今だけでいいから……俺にもちょっとくらい、いい思い出、作らせて。そしたら星野センセが言ったみたいに、幸せになれる、から……」

涙腺が緩んでいるのが自分でもわかる。声が震えて、上手く言葉にできない。それでも必死に歯を食いしばって笑顔を作り、修行を見上げた。

「本当にそれでいいのか? 泣くほど辛いだろうに」
「……でも……親父さんだって、泣きそうな顔してるじゃんか……」
「君が本当にうちの子だったら……あの子はもう少し違う人生を歩んでいたかな」

修行はそう言いながら、恰幅のいい身体で光を抱きしめ、何度も何度も頭や背中を撫でてくれる。光はこれ以上泣きたくなくて、そのスーツに顔を擦りつけた。
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