つまみ食いしたら死にそうになりました なぜか王族と親密に…毒を食べただけですけど

カムイイムカ(神威異夢華)

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第1話 食いしん坊のアイリス

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 王宮の厨房って、本当に戦場みたい。
 鍋の音、怒鳴り声、焦げた匂い。そんな中で、私はこっそりパイに手を伸ばした。

「アイリス!それ王妃様の晩餐よ!」
 
 同僚の声が飛んできたけど、私は肩をすくめて笑った。

「だからこそ美味しいのよ。味見って、大事じゃない?」

 ちぎったパイの端を口に入れると、バターの香りが広がって、思わず目を閉じた。うん、完璧。

 …だったはずなのに。

 その夜、私はベッドの上でのたうち回った。
 吐き気、めまい、冷や汗。まさか、あれに毒が?

 翌朝、王宮は騒然。王妃様の晩餐に毒が仕込まれていたって。
 でも王妃様は無事。代わりに、つまみ食いした私が病床に伏していた。

「面白い子ね」
 
 王妃様が、私の寝顔を見てそう言ったらしい。面白いって…毒食べたんですけど。



 毒って、しつこい。
 何日もふらふらしてる間、王妃様が毎日のように見舞いに来た。最初はただの好奇心だったんだと思う。

「あなた、なぜつまみ食いなんてしたの?」
 
 ある日、王妃様が静かに聞いてきた。

「…美味しそうだったからです」
 
 正直に答えたら、王妃様はふっと笑った。

「正直者ね。気に入ったわ」

 それから、王妃様は私にいろんな話をしてくれた。
 昔の晩餐会の失敗談とか、若い頃のいたずらとか。
 私は聞きながら、つい口を挟んでしまう。

「それ、王様にバレなかったんですか?」

「ええ、でも侍女にはバレたわ。彼女、今でも私の髪を結ぶときにため息つくのよ」

 そんなやりとりが、なんだか楽しくて。
 毒のせいで食欲が戻らない日でも、王妃様の話には耳を傾けた。



 ある日、王子様が見舞いに来た。
 王妃様に付き添って、少しだけ顔を見せるつもりだったらしい。

「君が…毒を食べたメイド?」

「はい。つまみ食いの代償です」

「…勇敢だね」

「食いしん坊なだけです」

 王子様は笑った。
 それから、庭で会うたびに少しずつ話すようになった。
 私の赤毛を見て、「夕焼けみたいだね」って言ったときは、ちょっとだけ顔が熱くなった。

 王妃様は、そんな私たちを見て微笑んでいた。

「あなた、王族に向いてるかもしれないわよ」

「私、食いしん坊のメイドですよ。王族なんて、遠すぎて見えません」

「でも、毒を食べてまで私を守ったのよ。意図せずとも」

 王妃様の目が、少しだけ寂しそうだった。



 回復した私は、厨房には戻らなかった。
 代わりに、王妃様の話し相手として、王宮の奥に呼ばれるようになった。

「つまみ食いが人生を変えるなんて、誰が予想したかしら」 紅茶を飲みながら、私はぽつりと呟いた。

「人生は、味見の連続よ」 王妃様は微笑んだ。

 私は、ちょっとだけ未来が楽しみになった。


 王宮の庭って、季節ごとに香りが違う。
 春は花、夏は草、秋は果実、冬は…寒い。
 私は今、秋の庭で王妃様とお茶を飲んでいる。
 毒を食べたメイドが、王妃様の隣で紅茶をすするなんて、昔の私が聞いたら笑うだろうな。

「アイリス、今日のパイはどうだった?」
 
「味見してないので、まだ評価できません」
 
「…あなた、懲りてないのね」

王妃様は呆れたように笑うけど、目は優しい。
 私は毒の一件以来、王妃様の“話し相手”という名目で、王宮の奥に出入りするようになった。
 でも、ただ話すだけじゃない。王妃様は、私の素直な感想を楽しんでいるみたい。

「王族って、もっと堅苦しいと思ってました」

「そうね、でもあなたが来てから、少し空気が柔らかくなった気がするわ」



 その日、王子様が庭に現れた。 彼は私を見ると、少しだけ微笑んだ。

「また夕焼けが咲いてる」
 
「私、花じゃなくて人間ですけど」

「でも、目立つよ。いい意味で」

 王子様は、私と王妃様のティータイムに加わった。
 最初は静かだったけど、私が「この紅茶、ちょっと渋いですね」と言った瞬間、吹き出した。

「君、遠慮って言葉を知らないの?」

「知ってますけど、使いどころが難しくて」

 王妃様は笑いながら、王子様に目配せした。

「彼女、正直でしょ?だからこそ、信頼できるのよ」

 それから、王子様は時々私に話しかけるようになった。
 王宮の行事の裏話、兄弟との喧嘩、好きな果物。 私は、聞きながら思った。

 この人たち、王族だけど…人間なんだなって。



 ある日、王妃様がぽつりと言った。

「アイリス、あなたが来てから、私も少しだけ素直になれた気がするの」

「え、王妃様でも素直になりたいと思うんですか?」

「ええ。王族って、いつも誰かの期待に応えなきゃいけないから。でもあなたは、誰の期待にも縛られてない。だから、自由で…羨ましいのよ」

 私は黙って紅茶を飲んだ。 王妃様の言葉が、胸にじんわり染みた。



 その夜、王子様が私を庭に呼び出した。

「ちょっとだけ、話したくて」

 月明かりの下、彼は言った。

「君みたいな人が、王宮にいてくれてよかった」

「毒を食べたメイドですけど?」

「それでも。いや、だからこそかも」

 私は笑った。 王宮の空気は、少しずつ変わっている。

 そして私も、少しずつ変わっている。

 赤毛のメイド、アイリス。 王族と笑い合う日々が、少しだけ心地よくなってきた。

 王宮の空気が、少しずつ変わっている。
 王妃様はよく笑うようになったし、王子様は時々、私に庭の果実を分けてくれる。
 毒を食べたメイドが、王族とお茶を飲む日々。
 それは、私にとって夢みたいな時間だった。

 でも、夢には影がつきものだ。



「アイリス、最近王妃様と随分親しいようだね」
 
 グレイヴがそう言ったのは、廊下の隅だった。
 銀髪の執事は、いつも通り無表情。でも、声の温度が少し低かった。

「はい。お話し相手として、呼ばれているだけです」
 
「だけ、ね。君のような子が、王宮の奥に入り込むなんて、珍しいことだ」

 私は笑ってごまかしたけど、背中に冷たいものが走った。



 その夜、王妃様の薬棚を整理していたとき、違和感に気づいた。
 瓶の並びが、昨日と違う。ラベルの筆跡も、微妙に違う。

「…これ、誰かが触った?」

 王妃様に報告すると、彼女は静かに頷いた。
 
「気づいてくれてありがとう。あなたがいてくれて、心強いわ」

 その言葉に、胸がぎゅっとなった。 でも同時に、王宮の空気がまた少し冷たくなった気がした。



 数日後、グレイヴが私を庭に呼び出した。
  月明かりの下、彼は静かに言った。

「王妃は、王宮の秩序を乱している。君は、彼女に近すぎる」

「秩序って…毒を盛ることですか?」

「君は、王妃にとって都合のいい存在だ。だが、王宮にとっては違う。 君が選ぶべきなのは、個人ではなく、体制だ」

 私は黙っていた。 でも、心の中では決まっていた。

「私は…王妃様の紅茶の渋みを正直に言える人間です。 体制よりも、目の前の人を信じたいです」

 グレイヴの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。



 翌朝、私はすべてを王妃様に話した。 薬のすり替え、庭での会話、グレイヴの言葉。

 王妃様は、静かに目を閉じて、それから言った。

「あなたの素直さが、私を守ってくれたわ。ありがとう、アイリス」

 その言葉に、私は泣きそうになった。
 でも、泣く代わりに紅茶をすすることにした。少し渋かった。



 グレイヴは、王宮を去った。 理由は“職務上の不正”。でも、私たちは知っている。

 王子様は、私に言った。

「君がいてくれてよかった。王宮が、少しだけ明るくなった気がする」

 私は、赤毛を揺らして笑った。
 王宮の空気は、また少し変わった。
 そして私も、また少し変わった。
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