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第2話 渋み
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王宮の秋は、静かに深まっていく。
果実の香りが薄れ、風が少し冷たくなった頃、私は王妃様の部屋で、窓辺のカーテンを整えていた。
「アイリス、最近よく考え事をしているわね」
王妃様が、紅茶を口にしながら言った。
「…そう見えますか?」
私は笑ってごまかしたけれど、図星だった。
グレイヴが去ってから、王宮の空気は確かに柔らかくなった。
でもその分、私の中にぽっかりと穴が空いたような気がしていた。
「王宮に来てから、いろんなことが変わりました。私自身も」
窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。
「変わることは、怖い?」
王妃様の声は、いつもより少しだけ優しかった。
「…少しだけ。でも、嫌いじゃないです」
私はそう答えた。だって、変わったからこそ、今の私がいる。
その日の午後、王子様が庭に現れた。
秋の風に髪を揺らしながら、私に手を振る。
「アイリス、ちょっと散歩しない?」
彼の声は、いつもより軽やかだった。
私は頷いて、王妃様に一礼してから庭へ出た。
「最近、母上がよく笑うようになった。君のおかげだね」
王子様は、落ち葉を踏みながら言った。
「私はただ、紅茶の渋みを言ってるだけです」
そう返すと、彼は笑った。
「それができる人は、少ないよ。王宮では特にね」
風が吹いて、私の赤毛が揺れた。
王子様はそれを見て、また言った。
「夕焼けみたいだ」
私は、少しだけ顔をそらした。
「…王子様、私って、ここにいてもいいんでしょうか」
思わず口にした言葉に、自分でも驚いた。
王子様は立ち止まり、私の目を見た。
「君がいることで、王宮が少しだけ人間らしくなる。それって、すごく大事なことだと思う」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
その夜、王妃様の部屋で、私は紅茶を淹れながら言った。
「王妃様、私…王宮にいてもいいんでしょうか」
王妃様は、少しだけ驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「あなたがいることで、私は素直になれた。それだけで、ここにいる価値はあるわ」
私は、紅茶を差し出した。
王妃様は一口飲んで、ふっと笑った。
「今日は、渋みがちょうどいいわね」 その言葉に、私は思わず笑った。
王宮の空気は、また少し変わっていく。そして私も、また少し変わっていく。
赤毛のメイド、アイリス。
毒を食べた日から始まった物語は、まだ続いている。
そして今、私はようやくこの場所が、少しだけ“居場所”に思えてきた。
冬の気配が、王宮の石畳に忍び寄っていた。
朝の空気は冷たく、吐く息が白くなる。
私は、王妃様の部屋で暖炉の火を整えながら、指先のかじかみに小さく息を吹きかけた。
「寒くなったわね」
王妃様が、毛布に包まりながら言った。
「はい。厨房では、スープの鍋がずっと鳴ってます」
私は笑いながら答えた。あの騒がしい戦場のような場所が、少しだけ懐かしい。
「あなたがいなくなってから、味見係が減って困ってるみたいよ」
王妃様の冗談に、私は肩をすくめた。
「毒が入ってないなら、戻ってもいいかもしれませんね」
そう言うと、王妃様はふっと笑った。
その日の午後、王子様が私を呼びに来た。
「ちょっと、母上と一緒に来てほしい場所があるんだ」
案内されたのは、王宮の北側にある古い書庫。
普段は使われない場所で、空気がひんやりしていた。
「ここに、王宮の古い記録があるんだ。母上が、君に見せたいって」
王妃様は、棚の奥から一冊の古い日記を取り出した。
革の表紙には、王妃様の若い頃の名前が刻まれていた。
「これは、私が王宮に来たばかりの頃に書いていたもの。 誰にも見せたことはなかったけれど…あなたには、読んでほしいの」
私は、少しだけ戸惑いながらも、ページをめくった。
そこには、若き王妃様の孤独や、期待に押しつぶされそうな日々が綴られていた。
「…王族って、こんなに寂しいんですね」
思わず漏れた言葉に、王妃様は静かに頷いた。
「だからこそ、あなたのような人が必要なの。正直で、自由で、誰かの“役割”じゃなく、自分としてここにいる人」
私は、日記を閉じて、王妃様を見た。
「でも、私はただのメイドです。王族のそばにいる資格なんて…」
「資格なんて、誰が決めるの?」
王妃様の声は、いつもより強かった。
「あなたがここにいることで、私も王子も、少しずつ変わった。それは、誰にもできることじゃないわ」
その夜、私は自室で眠れずにいた。
窓の外には、初雪が舞っていた。
翌朝、王宮に一通の文が届いた。
王妃様から、正式な招待状。 内容は「王妃付きの話し相手として、正式に任命する」
私は、その紙を手にして、しばらく動けなかった。“話し相手”という名目は、今までは曖昧なものだった。 でも、これからは“役割”になる。
王子様は、私の戸口で待っていた。
「おめでとう。君が選ばれたんだね」 彼の笑顔は、どこか誇らしげだった。
「…選ばれるって、こんなに怖いんですね」
私は、紙を握りしめながら言った。
「君なら大丈夫。だって、毒を食べても笑える人だから」
私は、思わず吹き出した。
「それ、褒め言葉ですか?」
「もちろん。王宮で一番、信頼できる証拠だよ」
その日、王妃様の部屋で、私は正式に任命された。 紅茶の香りが漂う中、王妃様は言った。
「これからも、私の渋みを遠慮なく指摘してちょうだいね」
私は、深く一礼した。
「はい。遠慮なく、正直に」
王宮の空気は、また少し変わった。 そして私は、もう“ただのメイド”ではなくなった。
私、赤毛のアイリスは、毒を食べたことで始まった物語に入ったみたい。 今、王宮の一部として続いている。
そして、雪の舞う季節に―― 私はようやく、自分の居場所を見つけた気がした。
果実の香りが薄れ、風が少し冷たくなった頃、私は王妃様の部屋で、窓辺のカーテンを整えていた。
「アイリス、最近よく考え事をしているわね」
王妃様が、紅茶を口にしながら言った。
「…そう見えますか?」
私は笑ってごまかしたけれど、図星だった。
グレイヴが去ってから、王宮の空気は確かに柔らかくなった。
でもその分、私の中にぽっかりと穴が空いたような気がしていた。
「王宮に来てから、いろんなことが変わりました。私自身も」
窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。
「変わることは、怖い?」
王妃様の声は、いつもより少しだけ優しかった。
「…少しだけ。でも、嫌いじゃないです」
私はそう答えた。だって、変わったからこそ、今の私がいる。
その日の午後、王子様が庭に現れた。
秋の風に髪を揺らしながら、私に手を振る。
「アイリス、ちょっと散歩しない?」
彼の声は、いつもより軽やかだった。
私は頷いて、王妃様に一礼してから庭へ出た。
「最近、母上がよく笑うようになった。君のおかげだね」
王子様は、落ち葉を踏みながら言った。
「私はただ、紅茶の渋みを言ってるだけです」
そう返すと、彼は笑った。
「それができる人は、少ないよ。王宮では特にね」
風が吹いて、私の赤毛が揺れた。
王子様はそれを見て、また言った。
「夕焼けみたいだ」
私は、少しだけ顔をそらした。
「…王子様、私って、ここにいてもいいんでしょうか」
思わず口にした言葉に、自分でも驚いた。
王子様は立ち止まり、私の目を見た。
「君がいることで、王宮が少しだけ人間らしくなる。それって、すごく大事なことだと思う」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
その夜、王妃様の部屋で、私は紅茶を淹れながら言った。
「王妃様、私…王宮にいてもいいんでしょうか」
王妃様は、少しだけ驚いた顔をして、それから微笑んだ。
「あなたがいることで、私は素直になれた。それだけで、ここにいる価値はあるわ」
私は、紅茶を差し出した。
王妃様は一口飲んで、ふっと笑った。
「今日は、渋みがちょうどいいわね」 その言葉に、私は思わず笑った。
王宮の空気は、また少し変わっていく。そして私も、また少し変わっていく。
赤毛のメイド、アイリス。
毒を食べた日から始まった物語は、まだ続いている。
そして今、私はようやくこの場所が、少しだけ“居場所”に思えてきた。
冬の気配が、王宮の石畳に忍び寄っていた。
朝の空気は冷たく、吐く息が白くなる。
私は、王妃様の部屋で暖炉の火を整えながら、指先のかじかみに小さく息を吹きかけた。
「寒くなったわね」
王妃様が、毛布に包まりながら言った。
「はい。厨房では、スープの鍋がずっと鳴ってます」
私は笑いながら答えた。あの騒がしい戦場のような場所が、少しだけ懐かしい。
「あなたがいなくなってから、味見係が減って困ってるみたいよ」
王妃様の冗談に、私は肩をすくめた。
「毒が入ってないなら、戻ってもいいかもしれませんね」
そう言うと、王妃様はふっと笑った。
その日の午後、王子様が私を呼びに来た。
「ちょっと、母上と一緒に来てほしい場所があるんだ」
案内されたのは、王宮の北側にある古い書庫。
普段は使われない場所で、空気がひんやりしていた。
「ここに、王宮の古い記録があるんだ。母上が、君に見せたいって」
王妃様は、棚の奥から一冊の古い日記を取り出した。
革の表紙には、王妃様の若い頃の名前が刻まれていた。
「これは、私が王宮に来たばかりの頃に書いていたもの。 誰にも見せたことはなかったけれど…あなたには、読んでほしいの」
私は、少しだけ戸惑いながらも、ページをめくった。
そこには、若き王妃様の孤独や、期待に押しつぶされそうな日々が綴られていた。
「…王族って、こんなに寂しいんですね」
思わず漏れた言葉に、王妃様は静かに頷いた。
「だからこそ、あなたのような人が必要なの。正直で、自由で、誰かの“役割”じゃなく、自分としてここにいる人」
私は、日記を閉じて、王妃様を見た。
「でも、私はただのメイドです。王族のそばにいる資格なんて…」
「資格なんて、誰が決めるの?」
王妃様の声は、いつもより強かった。
「あなたがここにいることで、私も王子も、少しずつ変わった。それは、誰にもできることじゃないわ」
その夜、私は自室で眠れずにいた。
窓の外には、初雪が舞っていた。
翌朝、王宮に一通の文が届いた。
王妃様から、正式な招待状。 内容は「王妃付きの話し相手として、正式に任命する」
私は、その紙を手にして、しばらく動けなかった。“話し相手”という名目は、今までは曖昧なものだった。 でも、これからは“役割”になる。
王子様は、私の戸口で待っていた。
「おめでとう。君が選ばれたんだね」 彼の笑顔は、どこか誇らしげだった。
「…選ばれるって、こんなに怖いんですね」
私は、紙を握りしめながら言った。
「君なら大丈夫。だって、毒を食べても笑える人だから」
私は、思わず吹き出した。
「それ、褒め言葉ですか?」
「もちろん。王宮で一番、信頼できる証拠だよ」
その日、王妃様の部屋で、私は正式に任命された。 紅茶の香りが漂う中、王妃様は言った。
「これからも、私の渋みを遠慮なく指摘してちょうだいね」
私は、深く一礼した。
「はい。遠慮なく、正直に」
王宮の空気は、また少し変わった。 そして私は、もう“ただのメイド”ではなくなった。
私、赤毛のアイリスは、毒を食べたことで始まった物語に入ったみたい。 今、王宮の一部として続いている。
そして、雪の舞う季節に―― 私はようやく、自分の居場所を見つけた気がした。
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