15 / 18
第15話 風が回る
しおりを挟む
貴族の集まりから数日後、私は再びラドラン卿の屋敷に招かれた。 今回は、少し格式の高い茶会。 果実パイはすっかり定番になり、私の焼いた「風の輪パイ」は銀皿に乗せられていた。
「アイリス殿。今日のパイも見事だ」
「芯の甘みが、まるで民の希望のようだな」
私は、笑顔で応えながら、空気の揺れを感じていた。 言葉の奥に、何かが潜んでいる。
そのとき、貴族の一人――細身で鋭い目をしたヴァルス卿が言った。
「希望か…だが、希望は時に“力”を求める。 隣国との関係が冷え切っている今、我が国が動くべき時かもしれん」
空気が、すっと冷えた。
「動く…とは?」
私は、果実を切りながら尋ねた。
「戦だよ。 王族が動かぬなら、我々が風を起こすしかあるまい」
私は、手を止めた。 でも、表情は崩さなかった。
「風は、誰かを傷つけるために吹くものではありません。 空気を整えるために、通すものです」
ヴァルス卿は、私をじっと見つめた。
「君は…何者だ? ただのパイ屋にしては、言葉が深い」
ラドラン卿が、すかさず言った。
「アイリスはただの平民に過ぎないよ。あまり詮索してくださらぬよう。だが、彼女には空気を整える力がある」
私は、深く一礼した。
「私は、ただの平民です。 パイを焼くのが得意な平民。ですので皆さんよりも心は平民。みんなのことは私の方がわかると思います」
その言葉に、空気が少しだけ揺れた。
「戦を望む者もいる。 だが、君がそれを止められるなら―― 我々は、もう少しだけ待ってみよう」
ラドラン卿が、静かに言った。
その夜、私は酒場でギルドの仲間たちに話した。
「貴族の間で“動き”の話が出ました。貴族たちは戦を考えてるみたい」
ミラは、パイをかじりながら言った。
「あなたの立ち位置、危ういわね。 でも貴族の中に入れたのはとてもいいことね。対話が出来るから」
その言葉に、私は頷いた。
「戦いになったら私は役に立てませんから。私が出来るのはパイを焼くことと食べること。まあ、空気を入れ替えることもできますけど」
ヴェルディアにきてから時間が経った。少しずつ争いを遠ざけることが出来ていると思ったけど、現実はそんなに甘くない。もっともっと頑張らないと。
◇
王宮の空は、今日も静かだった。 けれど、風が通らないわけじゃない。
むしろ、遠くから吹いてくる風が、胸の奥をそっと揺らしていた。
「…アイリスは、今頃ヴェルディアか」
私は、果実の木の下で手紙を見つめていた。 ミラが届けてくれた、アイリスからの手紙。 その文字は、彼女らしく、まっすぐで、少しだけ果実の香りがした。
ーーーー
レオ、ヴェルディアの空気は、少しずつ揺れています。
名前を呼び合う人が増えて、パイの香りが風に乗っています。
あなたが心配してくれていたこと、ミラさんから聞きました。
でも、私は大丈夫です。 あなたの空が、私の風を支えてくれていますから。
ーーーー
私は、手紙をそっと胸に当てた。
「…君は、いつもそうだ。 僕が何も言わなくても、全部わかってる」
アイリスがヴェルディアへ行くと聞いたとき、私は反対した。 「危険すぎる」「君が行くべきじゃない」 何度も言った。 でも、彼女は笑って言った。
「心配はいらないよレオ。ただの視察なんだから。でも、少し空気を換えてこようと思ってるけどね」
その言葉に、僕は何も言えなくなった。 彼女の風は、誰かを守るために吹くもの。 それを止めることは、僕にはできなかった。
「でも…心配なんだよ、アイリス」
私は、果実の木に背を預けて、空を見上げた。
雲がゆっくり流れていた。 その向こうに、ヴェルディアの空がある。
「君が“空気係”として、無理をしていないか。 誰かの渋みを全部受け止めて、疲れていないか」
でも、手紙の最後の一文が、僕の空をそっと晴らしてくれた。
『あなたの空が、私の風を支えてくれていますから』
「…なら、僕も風を起こさなきゃな」
私は、立ち上がった。 王宮の空気を整えるために、僕にできることを探す。 アイリスが遠くで風を通しているなら、僕もここで風を吹かせる。
「君の風が届いた。 だから、僕の空も動き出すよ」
その日、王宮の空には、静かだけど確かな風が吹いた。 遠く離れていても、同じ空を見ている。 そしてその空が、ふたりの風をつなげていた。
夕焼けの王子、レオ。 彼は今、遠くの風に想いを乗せて、 王宮の空を整えるために、そっと歩き出していた。
◇
「アイリス殿。今日のパイも見事だ」
「芯の甘みが、まるで民の希望のようだな」
私は、笑顔で応えながら、空気の揺れを感じていた。 言葉の奥に、何かが潜んでいる。
そのとき、貴族の一人――細身で鋭い目をしたヴァルス卿が言った。
「希望か…だが、希望は時に“力”を求める。 隣国との関係が冷え切っている今、我が国が動くべき時かもしれん」
空気が、すっと冷えた。
「動く…とは?」
私は、果実を切りながら尋ねた。
「戦だよ。 王族が動かぬなら、我々が風を起こすしかあるまい」
私は、手を止めた。 でも、表情は崩さなかった。
「風は、誰かを傷つけるために吹くものではありません。 空気を整えるために、通すものです」
ヴァルス卿は、私をじっと見つめた。
「君は…何者だ? ただのパイ屋にしては、言葉が深い」
ラドラン卿が、すかさず言った。
「アイリスはただの平民に過ぎないよ。あまり詮索してくださらぬよう。だが、彼女には空気を整える力がある」
私は、深く一礼した。
「私は、ただの平民です。 パイを焼くのが得意な平民。ですので皆さんよりも心は平民。みんなのことは私の方がわかると思います」
その言葉に、空気が少しだけ揺れた。
「戦を望む者もいる。 だが、君がそれを止められるなら―― 我々は、もう少しだけ待ってみよう」
ラドラン卿が、静かに言った。
その夜、私は酒場でギルドの仲間たちに話した。
「貴族の間で“動き”の話が出ました。貴族たちは戦を考えてるみたい」
ミラは、パイをかじりながら言った。
「あなたの立ち位置、危ういわね。 でも貴族の中に入れたのはとてもいいことね。対話が出来るから」
その言葉に、私は頷いた。
「戦いになったら私は役に立てませんから。私が出来るのはパイを焼くことと食べること。まあ、空気を入れ替えることもできますけど」
ヴェルディアにきてから時間が経った。少しずつ争いを遠ざけることが出来ていると思ったけど、現実はそんなに甘くない。もっともっと頑張らないと。
◇
王宮の空は、今日も静かだった。 けれど、風が通らないわけじゃない。
むしろ、遠くから吹いてくる風が、胸の奥をそっと揺らしていた。
「…アイリスは、今頃ヴェルディアか」
私は、果実の木の下で手紙を見つめていた。 ミラが届けてくれた、アイリスからの手紙。 その文字は、彼女らしく、まっすぐで、少しだけ果実の香りがした。
ーーーー
レオ、ヴェルディアの空気は、少しずつ揺れています。
名前を呼び合う人が増えて、パイの香りが風に乗っています。
あなたが心配してくれていたこと、ミラさんから聞きました。
でも、私は大丈夫です。 あなたの空が、私の風を支えてくれていますから。
ーーーー
私は、手紙をそっと胸に当てた。
「…君は、いつもそうだ。 僕が何も言わなくても、全部わかってる」
アイリスがヴェルディアへ行くと聞いたとき、私は反対した。 「危険すぎる」「君が行くべきじゃない」 何度も言った。 でも、彼女は笑って言った。
「心配はいらないよレオ。ただの視察なんだから。でも、少し空気を換えてこようと思ってるけどね」
その言葉に、僕は何も言えなくなった。 彼女の風は、誰かを守るために吹くもの。 それを止めることは、僕にはできなかった。
「でも…心配なんだよ、アイリス」
私は、果実の木に背を預けて、空を見上げた。
雲がゆっくり流れていた。 その向こうに、ヴェルディアの空がある。
「君が“空気係”として、無理をしていないか。 誰かの渋みを全部受け止めて、疲れていないか」
でも、手紙の最後の一文が、僕の空をそっと晴らしてくれた。
『あなたの空が、私の風を支えてくれていますから』
「…なら、僕も風を起こさなきゃな」
私は、立ち上がった。 王宮の空気を整えるために、僕にできることを探す。 アイリスが遠くで風を通しているなら、僕もここで風を吹かせる。
「君の風が届いた。 だから、僕の空も動き出すよ」
その日、王宮の空には、静かだけど確かな風が吹いた。 遠く離れていても、同じ空を見ている。 そしてその空が、ふたりの風をつなげていた。
夕焼けの王子、レオ。 彼は今、遠くの風に想いを乗せて、 王宮の空を整えるために、そっと歩き出していた。
◇
17
あなたにおすすめの小説
転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流
犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。
しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。
遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。
彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。
転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。
そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。
人は、娯楽で癒されます。
動物や従魔たちには、何もありません。
私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!
どうも、崖っぷち王女です~転生先が滅亡寸前の小国だった私は、幼馴染の騎士とクセモノな兄二人に囲まれながら【禁忌の術】で国を救います!
宮田花壇
ファンタジー
アストリア王国は滅亡の危機に瀕していた。隣国に領地を奪われ、痩せた土地にはまともに作物も育たない。
そんな国に王女として生まれたフェルトだが、実は彼女の中身は現世の日本から転生してきた普通の会社員だった。
「……このままいけば、この国はあと5年で滅びてしまう」
状況は崖っぷち。
こうなったらとフェルトは父からパクった魔導書を開くのだが、なんとそこに秘められていたのは教会により【禁忌】と認定されている大魔術で……。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
行商人さん、各地でなんやかんやして幸せを売る。
よもぎ
ファンタジー
「奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!」https://www.alphapolis.co.jp/novel/784518426/10903119 の、あれこれあった主人公の行商旅のエピソード集です。主人公は聖人ではありません。ふんわりゆるゆるの設定・世界観ですので、細かい事は気にしたら負けです。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
まあ、いいか
棗
ファンタジー
ポンコツ令嬢ジューリアがそう思えるのは尊き人外である彼のお陰。
彼がいれば毎日は楽しく過ごせる。
※「殿下が好きなのは私だった」「強い祝福が原因だった」と同じ世界観です。
※なろうさんにも公開しています。
※2023/5/27連載版開始します。短編とはかなり内容が異なります。
※2026/01/08ジャンル変更しました。
できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―
愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。
彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。
魔法は使えない。
体は不器用で、成長も人より遅い。
前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。
けれどこの世界には、
見守り支えてくれる両親と、
あたたかい食卓があった。
泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、
彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。
これは、
最強でもチートでもない主人公が、
家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す
生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。
……の、予定です。
毎日更新できるように執筆がんばります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる