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第16話 王族へ
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「アイリスさん、また貴族の屋敷から注文が来てますよ!」
ルカが、果実の箱を抱えながら笑っていた。
「“風の輪パイ”、今や貴族の集まりには欠かせないってさ」
カイが、皿を磨きながら言った。
私は、少し照れながらパイ生地を伸ばしていた。
「ただのパイなのに…風って、どこまで届くんでしょうね」
そのとき、酒場の扉が静かに開いた。 入ってきたのは、王宮の使者だった。
「アイリス殿。ヴェルディア王宮より、正式な招待状をお持ちしました。 王子殿下が、あなたの“風の味”に興味を持たれたとのことです」
私は、手を止めた。
「王宮…ですか?」
「はい。貴族の間で広まった“風の輪パイ”が、王族の耳にも届きました。 殿下は、あなたの空気の通し方に一目置かれているようです」
その言葉に、酒場の空気がふわりと揺れた。
「アイリス、ついに王宮か…」
ミラが、紅茶を飲みながらぽつりと呟いた。
「でも、王宮にいたことは伏せてるんですよね?」
ルカが心配そうに言った。
「うん。今の私は、ただのパイ屋です。 風を通す者として、素直に向き合うだけです」
数日後、私は王宮へ向かった。 ヴェルディアの王宮は、白い石造りで、静かな風が流れていた。
「アイリス殿、お待ちしておりました」
案内された広間には、若い王子が立っていた。
彼の名は、シリル。 穏やかな瞳と、どこか風を読むような静けさを持っていた。
「君が、あのパイを焼いた人か」
シリル王子は、微笑みながら言った。
「はい。名前を呼び合うことで、空気が整うんです。 それを、パイに込めて焼いています」
「面白い考えだ。 我が国は、風が止まって久しい。 君の風が、少しでも揺らしてくれるなら――それは、価値がある」
私は、果実パイを差し出した。
「渋みもあります。 でも、芯は甘いです。 それが、私の焼き方です」
シリル王子は、一口食べて、目を細めた。
「…確かに、芯が優しい。 君の優しさ、気に入ったよ」
その言葉に、私は胸が少しだけ温かくなった。
王宮の空気は、まだ重たい。 でも、風は確かに届き始めていた。
王宮の庭園は、静かだった。 果実の木々が揺れるたびに、風が少しだけ香りを運んでいた。
私は、焼きたてのパイを籠に入れて、シリル王子のもとへ向かった。
彼は、白い石のベンチに腰かけ、遠くを見つめていた。
「今日のパイは、芯を少し甘くしてみました。 風が通るように、優しく焼いてあります」
シリルは、パイを受け取りながら、静かに言った。
「君の風は、いつも柔らかい。 でも、僕の周りは…風が通らない」
悲観的な言葉、とても悲しそう。
私は、隣に座りながら尋ねる。
「何か、あったんですか?」
シリルは、しばらく黙っていた。 そして、ぽつりと呟いた。
「父は、民を見ていない。 彼にとって民は、数字でしかない。 声も、顔も、名前も…空気の一部ですらない」
私は、パイを一口かじりながら言った。
「それは…風が止まっている状態ですね。 空気が重くて、誰も呼吸できない」
「僕は、そんな空気を変えたい。 君のように、名前を呼び、話を聞き、風を通したい」
その言葉に、私は目を見開いた。
「シリル王子…それは、簡単なことではありません。 でも、風は誰でも起こせます。 名前を呼ぶだけで、空気は揺れますから」
シリルは、パイを見つめながら言った。
「君のパイが貴族の間で広まったのは、味だけじゃない。 君が風を通したからだ。 僕も、そんな風を起こしたい。 父とは違うやり方で、民と向き合いたい」
私は、そっと頷いた。
「それなら、まずは名前を呼んでみてください。 誰か一人でも、心を開いてくれたら――風は通ります」
シリルは、静かに笑った。
「君の風、僕の空に届いたよ。 今度は、僕が誰かの空に風を吹かせる番だ」
その夜、王宮の空気は少しだけ揺れた。 王子の心に風が通り、止まっていた空気が動き始めた。
ヴェルディアの王宮の一角に、民との対話の場が設けられた。 それは、シリル王子が自ら準備したものだった。
「名前を呼び合い、声を聞く。 それだけで、空気は変わるはずだ」
彼は、そう言って、広間の扉を開いた。
私は、果実パイを並べながら、空気の流れを感じていた。 町の人々は緊張しながらも、少しずつ集まり始めていた。
「アイリスさんのパイがあるなら、話すのも悪くないかも」
「名前を呼ばれるって、こんなに嬉しいんだな」
風は、確かに通り始めていた。
そのとき――広間の奥の扉が、重々しく開いた。
「…何の騒ぎだ」
現れたのは、ヴェルディア王。 シリル王子の父であり、民を“管理対象”としてしか見ていない男。
空気が、一瞬で凍った。
町の人々は言葉を失い、貴族たちは顔をこわばらせた。 シリル王子は、静かに立ち上がった。
「父上。これは、民との対話の場です。 彼らの声を聞き、町の空気を整えるためのものです」
王は、冷たい目で広間を見渡した。
「民の声など、風に流れるだけのもの。 空気を整える? くだらん。 王族が民に頭を下げるなど、秩序を乱す行為だ」
私は、パイ皿をそっと置いた。 空気が重い、私も口が重くなる。
でも、止まるわけにはいかない。ここが私の戦場だもの。
「王様。 風は、誰かが頭を下げることで通るものではありません。 名前を呼び合い、声を聞くだけで、空気は柔らかくなります」
私の言葉を聞いた王は、私を見下ろすように口を開く。
「貴様は何者だ。 王族でもない者が、風を語るな」
シリル王子が、静かに言った。
「彼女は、ただの平民です。でも、誰よりも空気を整える力を持っています。私は彼女を始めてみた時に軽くなるのを感じたんです」
王は、しばらく黙っていた。 広間の空気は、張り詰めたまま。
でも――その中で、誰かがぽつりと呟いた。
「美味しいです。アイリスさんのパイ、今日も芯が甘くて」
その言葉に、空気が少しだけ揺れた。
王は、広間を見渡し、静かに言った。
「…風など、気まぐれなものだ。 だが、その気まぐれが秩序を乱さずに空気を柔らかくするのなら――見届ける価値はあるかもしれんな」
そして、彼は広間を後にした。
その瞬間、空気がふっと軽くなった。
シリル王子は、深く息を吐いた。
「…風が、言葉が通ったかもしれない」
私は、パイを差し出しながら言った。
「王様も何かを感じてくれたのかも。少し思うところがあったから聞いてくれた」
その日、王宮の空気は確かに揺れた。 止まっていた風が、少しだけ動き始めたのを感じた。
ルカが、果実の箱を抱えながら笑っていた。
「“風の輪パイ”、今や貴族の集まりには欠かせないってさ」
カイが、皿を磨きながら言った。
私は、少し照れながらパイ生地を伸ばしていた。
「ただのパイなのに…風って、どこまで届くんでしょうね」
そのとき、酒場の扉が静かに開いた。 入ってきたのは、王宮の使者だった。
「アイリス殿。ヴェルディア王宮より、正式な招待状をお持ちしました。 王子殿下が、あなたの“風の味”に興味を持たれたとのことです」
私は、手を止めた。
「王宮…ですか?」
「はい。貴族の間で広まった“風の輪パイ”が、王族の耳にも届きました。 殿下は、あなたの空気の通し方に一目置かれているようです」
その言葉に、酒場の空気がふわりと揺れた。
「アイリス、ついに王宮か…」
ミラが、紅茶を飲みながらぽつりと呟いた。
「でも、王宮にいたことは伏せてるんですよね?」
ルカが心配そうに言った。
「うん。今の私は、ただのパイ屋です。 風を通す者として、素直に向き合うだけです」
数日後、私は王宮へ向かった。 ヴェルディアの王宮は、白い石造りで、静かな風が流れていた。
「アイリス殿、お待ちしておりました」
案内された広間には、若い王子が立っていた。
彼の名は、シリル。 穏やかな瞳と、どこか風を読むような静けさを持っていた。
「君が、あのパイを焼いた人か」
シリル王子は、微笑みながら言った。
「はい。名前を呼び合うことで、空気が整うんです。 それを、パイに込めて焼いています」
「面白い考えだ。 我が国は、風が止まって久しい。 君の風が、少しでも揺らしてくれるなら――それは、価値がある」
私は、果実パイを差し出した。
「渋みもあります。 でも、芯は甘いです。 それが、私の焼き方です」
シリル王子は、一口食べて、目を細めた。
「…確かに、芯が優しい。 君の優しさ、気に入ったよ」
その言葉に、私は胸が少しだけ温かくなった。
王宮の空気は、まだ重たい。 でも、風は確かに届き始めていた。
王宮の庭園は、静かだった。 果実の木々が揺れるたびに、風が少しだけ香りを運んでいた。
私は、焼きたてのパイを籠に入れて、シリル王子のもとへ向かった。
彼は、白い石のベンチに腰かけ、遠くを見つめていた。
「今日のパイは、芯を少し甘くしてみました。 風が通るように、優しく焼いてあります」
シリルは、パイを受け取りながら、静かに言った。
「君の風は、いつも柔らかい。 でも、僕の周りは…風が通らない」
悲観的な言葉、とても悲しそう。
私は、隣に座りながら尋ねる。
「何か、あったんですか?」
シリルは、しばらく黙っていた。 そして、ぽつりと呟いた。
「父は、民を見ていない。 彼にとって民は、数字でしかない。 声も、顔も、名前も…空気の一部ですらない」
私は、パイを一口かじりながら言った。
「それは…風が止まっている状態ですね。 空気が重くて、誰も呼吸できない」
「僕は、そんな空気を変えたい。 君のように、名前を呼び、話を聞き、風を通したい」
その言葉に、私は目を見開いた。
「シリル王子…それは、簡単なことではありません。 でも、風は誰でも起こせます。 名前を呼ぶだけで、空気は揺れますから」
シリルは、パイを見つめながら言った。
「君のパイが貴族の間で広まったのは、味だけじゃない。 君が風を通したからだ。 僕も、そんな風を起こしたい。 父とは違うやり方で、民と向き合いたい」
私は、そっと頷いた。
「それなら、まずは名前を呼んでみてください。 誰か一人でも、心を開いてくれたら――風は通ります」
シリルは、静かに笑った。
「君の風、僕の空に届いたよ。 今度は、僕が誰かの空に風を吹かせる番だ」
その夜、王宮の空気は少しだけ揺れた。 王子の心に風が通り、止まっていた空気が動き始めた。
ヴェルディアの王宮の一角に、民との対話の場が設けられた。 それは、シリル王子が自ら準備したものだった。
「名前を呼び合い、声を聞く。 それだけで、空気は変わるはずだ」
彼は、そう言って、広間の扉を開いた。
私は、果実パイを並べながら、空気の流れを感じていた。 町の人々は緊張しながらも、少しずつ集まり始めていた。
「アイリスさんのパイがあるなら、話すのも悪くないかも」
「名前を呼ばれるって、こんなに嬉しいんだな」
風は、確かに通り始めていた。
そのとき――広間の奥の扉が、重々しく開いた。
「…何の騒ぎだ」
現れたのは、ヴェルディア王。 シリル王子の父であり、民を“管理対象”としてしか見ていない男。
空気が、一瞬で凍った。
町の人々は言葉を失い、貴族たちは顔をこわばらせた。 シリル王子は、静かに立ち上がった。
「父上。これは、民との対話の場です。 彼らの声を聞き、町の空気を整えるためのものです」
王は、冷たい目で広間を見渡した。
「民の声など、風に流れるだけのもの。 空気を整える? くだらん。 王族が民に頭を下げるなど、秩序を乱す行為だ」
私は、パイ皿をそっと置いた。 空気が重い、私も口が重くなる。
でも、止まるわけにはいかない。ここが私の戦場だもの。
「王様。 風は、誰かが頭を下げることで通るものではありません。 名前を呼び合い、声を聞くだけで、空気は柔らかくなります」
私の言葉を聞いた王は、私を見下ろすように口を開く。
「貴様は何者だ。 王族でもない者が、風を語るな」
シリル王子が、静かに言った。
「彼女は、ただの平民です。でも、誰よりも空気を整える力を持っています。私は彼女を始めてみた時に軽くなるのを感じたんです」
王は、しばらく黙っていた。 広間の空気は、張り詰めたまま。
でも――その中で、誰かがぽつりと呟いた。
「美味しいです。アイリスさんのパイ、今日も芯が甘くて」
その言葉に、空気が少しだけ揺れた。
王は、広間を見渡し、静かに言った。
「…風など、気まぐれなものだ。 だが、その気まぐれが秩序を乱さずに空気を柔らかくするのなら――見届ける価値はあるかもしれんな」
そして、彼は広間を後にした。
その瞬間、空気がふっと軽くなった。
シリル王子は、深く息を吐いた。
「…風が、言葉が通ったかもしれない」
私は、パイを差し出しながら言った。
「王様も何かを感じてくれたのかも。少し思うところがあったから聞いてくれた」
その日、王宮の空気は確かに揺れた。 止まっていた風が、少しだけ動き始めたのを感じた。
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