トキトキの町のアクア

カムイイムカ(神威異夢華)

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第四話 猫になりたい

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 ここはアクアの好きな町、トキトキ。

 トキトキ川が流れるすぐ横に寄り添うように出来た町。

 アクアはいつも通り、ウィルの向かい側の家の屋根で眠っている。

「ふふ、気持ちよさそうねアクア」

「にゃ~」

 その家の窓から声をかける少女、クラリス。十歳程のクラリスは赤毛でとても元気、男の子にも負けないクラリスはアクアを見てほほ笑んでいる。

「あ~あ、私も猫になりたいな~。そうすれば一日中、自由に屋根の上とか木登りしていられるのに」

 窓に寄りかかってアクアに伝えるように話すクラリス。彼女はアクアを羨ましく思っているようだ。

「にゃ~ん」

 アクアはそんなクラリスにそっぽを向いた。猫は猫で大変なんだぞといった感じ。

「ふぁ~、アクアを見ていたら私も眠たくなっちゃった。お母さんもいないしお昼寝しよ~っと」

 クラリスはアクアの言葉を聞けるはずもなく、そう言って大きい欠伸を一つ、大きすぎてアクアもびっくり、まん丸お目目でクラリスに見入ってしまった。

 布団にくるまって眠りに入っていくクラリス。とても気持ちよさそうに寝息をたてていく。






「ふにゃ~・・・、!?」

 クラリスが眠りから覚める、変な声が出て驚いた。まるで猫のような鳴き声。なんという事だろう、クラリスは赤毛の猫になってしまったようだ。

「ようやく起きたにゃ」

「にゃにゃ!」

 驚いているとアクアが布団から出てきて言葉をしゃべった。クラリスは驚いて声をあげるがその声は猫の声で言葉になっていなかった。

「猫になりたいんじゃなかったのかにゃ? してあげたのに喜ばないんだにゃ~」

「にゃにゃ!?」

 アクアの言葉にクラリスは驚愕する。混乱して両手で頭を抑えた。

「にゃにゃにゃ~」

「うるさいにゃ~、それよりも猫を楽しむにゃ」

 アクアはクラリスの言葉にならない猫語にうるさいと耳を抑えて歩き出した。窓を飛び越えて屋根の上へと向かうアクアにオドオドしながらクラリスはついていった。

「どうにゃ? ここからの景色は最高なんだにゃ」

「にゃ~・・・」

 夕日が落ちてきて地平線に沈む、ユラユラと揺れる太陽の光が最後の力を振り絞っているように見える。
 クラリスはその光景に、目を輝かせた。自分の家の屋根からこんな風景が見えるなんて思いもよらなかった。

「ついてくるにゃ、次はご飯にゃ」

「にゃっ!」

 夕日が沈むとアクアが動き出した。屋根を飛び降りて、裏手の方へと歩いて行く。クラリスは猫の初心者、屋根から降りるのに苦労して、何とかアクアに追いつく。

「何をしているにゃ、遅れると食べられないにゃ~」

「にゃっんにゃ・・」

 アクアの口ぶりにクラリスはだってと言い訳を告げるがにべも言わさずにアクアはあるお店へと歩き始めた。

「おっ、来たか。おいっ、母さん、アクアが来たぞ~」

「は~い」

 お髭もじゃもじゃの酒場の店主さん、確か名前はメギスンさん。アクアを見るとメギスンさんは奥さんに声をかける。

「ん? 今日はお友達も一緒なのか?」

「あら~、この町にもう一匹、猫がいたのね~。綺麗な赤毛さん」

 二人は私を見て、撫でてくれた。あんまり酒場には行ったことなかったけど、とても優しそうな二人。今度、お母さんとお父さんにお願いして、食べに来ようかな。

「じゃあ、今日はお祝いだな」

「ええっ、そうね。お肉マシマシのパスタよ~」

「卵もつけとけ」

「分かってるわよ」

 ミートソースのスパゲッティーに溶き卵がかけられる。熱々なのか、卵が凝固していって、火山に雪がかぶさったようになっていった。

「さあ、どうぞ~」

 アクアやクラリスよりも大きいスパゲッティの山、クラリスは戸惑っていたけど、アクアはその山に飛びついて食べ始めた。クラリスは爪を上手く使って、パスタを巻き巻き、一口、口に入れるとパーッと顔を輝かせて、次々と口に運んでいった。
 豚バラのようなお肉を一枚二枚、口に運んでいるとアクアも真似するように一枚二枚、最後の一枚に及ぶとアクアは鼻でクラリスに譲った。クラリスは照れ臭そうに鼻をかいお肉をペロリ。二人は数分でパスタを食べつくしていった。

「ははは、美味しいか? 綺麗にくってくれてありがとな」

「ふふ、可愛い子、さしずめルビーちゃんかね」

 クラリスとアクアをそれぞれ撫でて、食べ終わったパスタの皿を洗い場に持って行く二人。クラリスをルビーと名付けると微笑んだ。

「もう行っちまうのか?」

「うにゃん」

「おう、また来いよ」

 アクアとクラリスはメギスンさん達に一つ頷くと去っていった。メギスンさん達は手を振って見送っている。

「美味しかったかにゃ?」

「にゃにゃ!」

「んにゃ? 何を言っているにゃ? クラリスはいないにゃ、いるのはルビーにゃ。お母さんとお父さんはクラリスのいなくなった家で暮らすにゃ」

「にゃ!?」

 クラリスはアクアに美味しかった、お父さんとお母さんに言って食べに行きたいといった。しかし、アクアからは残酷な言葉がぶつけられる。これからクラリスは猫になり、猫として暮らすのだと。

「にゃにゃ!」

「猫になりたいって言ったのはクラリスだにゃ、それを今更、元に戻りたいなんて勝手にゃ」

「にゃにゃ~!!」

「うるさいにゃ~、勝手にするにゃ。これからは一匹で暮らせにゃ、いつまでも一緒にいると思うにゃ」

 アクアの冷たい言葉がクラリスの胸に突き刺さった。クラリスはただただ、猫になって自由に遊びたかっただけなのに、まさか、こんなことになるとは夢にも思っていなかった。
 クラリスは一匹で泣き出してしまう。

「あらあら、赤毛の猫ちゃん? アクアのお友達?」

 いつの間にか、自分の家の前まで歩いてきていたクラリス。鳴き声を聞いてクラリスのお母さん、アリスがクラリスを抱き上げる。

「ふふ、泣かないでクラリスのような綺麗な赤毛さん、そんなに泣いていたら、喉が枯れてしまって綺麗な声が聞けなくなっちゃうわ」

 抱き上げて頬をすり寄せてくるアリスにクラリスは更に涙を流した。クラリスは人間には戻れないというアクアの言葉を思い出してしまったのだ。人としてお母さんを抱きしめる事ができない、人として温もりを感じる事ができない。猫になりたいと安易に考え、口に出してしまったせいでこんなことになってしまった。彼女は後悔で涙をながしていく。

「アリス、クラリスが見つかったのか?」

「いいえ、でも、クラリスのような赤毛の猫さんを見つけたわ」

「おいおい、クラリスのようなって・・・、ほんとにクラリスのような赤毛だな。それに顔も何だかクラリスみたいな・・・おかしな感じだな」

 二人は家をくまなく探した。いつもなら二階で寝ているはずのクラリスが、いなかったので探していたのだ。クラリスのお父さんクランは、猫になったクラリスを見て首を傾げている。

「とりあえず、寒くなってくるだろ。猫と一緒に中に入ってろ。俺は町長にクラリスの事を言いに行ってくるから」

「はい、お願いします」

 クランは町長の元へと走っていった。実は人がいなくなるのはそんなに珍しくないトキトキの町、最後には見つかるのでそれ程大事ではありません。

「クラリスったらどこに行ったのかしら」

「にゃにゃ~」

 アリスに抱かれて、クラリスは家の中へと入った。クラリスは困惑しているアリスに泣いて抗議をしている。
 私はここにいるよお母さんと。しかし、アリスは気づかない。まさか、自分の子供が猫になってしまっているなんて誰が考えられるだろうか。

「ふふ、大丈夫よ。この家にいれば、何も怖くないわ。守ってあげる」

 アリスはクラリスを抱き寄せる。耳元でアリスはクラリスに優しく囁く、クラリスはより一層、涙を流した。

「あらあら、寝ちゃったのね」

 泣きつかれたクラリスは抱き寄せられた、アリスの温もりで意識を手放してしまう。アリスはクラリスの頭を一撫でして、クラリスを部屋に連れていった。

「ふふ、あの子が戻ってきたら驚くかしらね」

 クラリスの自室に彼女を戻したアリス。自分の子供が戻った時の事を考えて笑ってしまっている。アクアの事が好きだったクラリスの事だから飛んで喜ぶのではないかと思っているようだ。

「にゃ~」

「あら、アクア。クラリスはいないのよ」

「にゃ」

 窓からアクアが現れてクラリスの横へと降りてきた。アリスは部屋の主がいないことを告げるがそれを聞いてもアクアはその場に居座った。

「ふふ、やっぱり、お友達だったのね。じゃあ、アクア、泣き虫さんをよろしくね」

「にゃ~」

 アクアに声をかけて出ていったアリス。二匹の猫が並んで横になっているのを見て、口が緩んでしまうアリス。本当は二匹とも抱き上げてしまいたいと思っていたが眠っている子もいるのでアリスは部屋を後にした。

「にゃ~・・・」

 寝言を告げるクラリス。布団の上で寝そべるクラリス、猫の寝方ではないものでお腹丸出しで可愛らしい。

「みっともないにゃ~。でも、これでわかったにゃ。猫になったら、アリスやクランが泣くだけだにゃ」

「にゃ~・・・」

 涙が目元を光らせるクラリスにアクアは告げた。クラリスの口元はミートソースで汚れていて何ともだらしがない。

「猫は綺麗好きにゃ、お前は猫には成れないにゃ」

 アクアはそう言って窓から外へと出ていった。








「ただいま、町長に言ったんだが、すぐに戻ってくると言われたよ」

「そうなの? じゃあ、心配はないのかしら?」

「ああ、町長が言うんなら大丈夫だと思うが、心配だ」

 クランは帰ってきてそう告げる。しかし、子供がいなくなったのだから、心配だ。
 二人は俯き加減で話し合っている。

「そう言えば、さっきのクラリスみたいな猫は?」

「あの子ならクラリスの部屋よ。あの子が戻ってきた時に驚かせようと思って」

「そうか、じゃあ、俺も抱きしめようかな」

「あら、ダメよ。今、寝てるんだから」

「そうか・・・、一度だけ?」

「一度も二度も一緒でしょ、もう・・」

「ははは、冗談だよ」

「お父さん、お母さん・・・」

 冗談を言っていると二階からクラリスが降りてきた。二人はクラリスを見て涙を浮かべた。

「「クラリス」」

「お父さんお母さん。ごめんなさい!」

 クラリスは無事に人に戻ることが出来た。三人は抱き合って喜びを分かち合った。
 アクアはちょっとした教訓を与えるだけ、苦しめたいわけではなかった。






「お母さん、ここだよ」

「あら、酒場じゃないの」

「クラリスにはまだ早いんじゃないのか?」

「お酒じゃないよ。パスタがとっても美味しいんだから~」

 それから次の日、クラリスは早速、メギスンさんの酒場にやってきた。

「アクア~、美味しいよね~」

「にゃ~あ~」

 クラリスはアクアの食事の時間にやってきて、アクアにウインクをした。クラリスはアクアが何を言いたいのか理解して、前よりもアクアの事が大好きになった。たまになら猫になってもいいよと冗談のように告げたりもするようになった。
 この日からメギスンの酒場はレストランとしても繁盛していく。

 とても平和で豊かな町トキトキ、トキトキ川のせせらぎが今日も町に響いていく。
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