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第七話「思い出の中の二人」3

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 その後、放課後の二年生の学年会議が静かに始まり、私は早く終わってくれないかなと思いながら、会議の様子を眺めていた。

 時々、意見を求められて回答したり、大丈夫かな? と思って各クラス委員に質問していると時間はどんどんと過ぎていった。

 時は過ぎて、同学年を相手にした会議も終わって、気怠そうにクラス委員や生徒会役員が引き上げていく。

 私はそのまま生徒会室に残って、黙々と事務処理を続けることにしたのだが、一人の生徒が机に突っ伏したまま寝ていた。


(……どこのクラスのクラス委員よ、会議中もずっと寝てたけど)


 今回の会議はクラス委員ごとに発言するわけでもなかったので、私は準備での疲れと生徒会長の逃亡(この際もう逃亡でいいだろう)による心労もあって、全員が誰かまで思考が回っていなかった。

「どこでも寝られるってある意味才能よね。さっさと起こさないといけないのだろうけど、まぁ、いいか、そのうち起きて帰るでしょう。さぁ、仕事仕事っと、早く終わらせて、晩ご飯食べに寮に帰ろう。昨日のカレー残ってるから食べないと」

 私は寝ている生徒が聞いてるわけないかと思って、だらしなく声に出しながら、パソコンを立ち上げて、また新しい資料の作成に入る。


「本当に、起きてこないわね。よっぽど疲れてるのかしら」


 資料作成に入って15分が経過し、それでも未だ微動だにせず眠り続ける男子生徒を見て、さすがに心配になってくる。

 思えば、他の生徒会の生徒たちも帰ってしまったから、この寝ている男子学生と二人きりになってしまったのだと気付いた。

 私ってば、何やってるんだろう……、早く追い返せばよかったのに、可哀想なのと面倒なのとごっちゃになって、放置したまま時間だけが過ぎて行ってしまっている。

(ちょっと、コツいたらビックリして起きるかな?)

 私はボールペンの反対側で男子生徒の肩を興味本位でコツいてみる。

(全然反応がない……)

 もっと他のところだったら起きるかなと思って、色んなところを私はコツいてみる。

 だが、努力の甲斐なく、男子生徒は熟睡しているためか起きてくれない。
 自然と男子生徒との距離が近づいてしまっていることに気づいた。

(ち、近いっ! 私ってば、何してるんだろう……)

 恋愛経験のない私にとって、緊張しても仕方のない距離だった。
 普段は見せないような、落ち着きのない私がいた。

(いつまでも、バカなことやってないで、さっさと起こして帰ろう……)

 さすがに準備でお昼も抜いていたから、お腹も空いてきたし、私は早く起こして残りの仕事を終わらせて帰ろうと決めた。


「もう、いい加減に起きなさーーーーい!!!!」


 自分でもビックリするくらい、普段出さないような大声と共に、私はノートで寝ている男子生徒の頭を平手打ちで叩いた。

(あっ、思わずやっちゃった!!)

 気持ちが入りすぎたのか、思ったよりもきつくやってしまった!!!

 やってしまった後で後悔しても遅いけど、もうこの際、諦めるしかない。だってずっと寝てるこの男子生徒の方が悪いんだから、こっちが非難される筋合いはないはず!!

「う、うううっ、なんだ、すごい頭がいたい、だれだよっ……」

 情けない声を出しながら、何度コツいても起きなかった男子生徒がお目覚めになる。
 男子生徒が頭を上げて、こちらを向いたとき、ようやく彼が誰かに気づいた。


「随分、熟睡してたわね、樋坂君」


 私は強気に恨めしい表情を作って、眠っていた樋坂君に向けて声を掛けた。

 確か樋坂君は同学年の演劇クラスの生徒、クラス委員じゃなかった気がするけど、そういえば先生に言われて来たとか言ってたっけ。

「あれ? 誰かと思ったら、副会長じゃないか、何やってんの?」

 私の気も知らないで、樋坂君は何事もなかったかのように口にした。

「もう会議は終わってるわよ、あなたが起きてくれないと、私、帰れないんですよ、分かりますか?」

 私は腕を組んだまま怒りを抑えて、出来るだけ丁寧に伝えた。

「なんだ、そっか、起こしてくれてサンキューな、んじゃ、俺は帰るわ」

 威圧感を与えたつもりだったが、効果はなく樋坂君はそう言って、立ち上がってすぐに帰ろうとした。
 
「ちょっと、待ちなさいっ」

 いきなり退出しようとするから、私は思わずカッとなって怒気を込めて樋坂君を止めた。

「あ? なんだよ……、帰って脚本の続きがあるんだよ」
「あなたね……、せっかく寝かせてあげたんだから、もう少しあるでしょう……」
「あ? そんなこと言われても、頼んだ覚えはねぇし」

 馴れ馴れしい態度に思わず私はついむきになってしまう。

「とりあえず、寝かせてあげたんだから、罰として私を手伝いなさい」

 私はたまらず言った。
 強引に私は明日までにしないといけない、アンケートの集計を樋坂君に任せる。
 樋坂君の目の前に山積みになった用紙が置かれる。

「今時、紙のアンケートなんて……」
「そこ! 愚痴を言わない、そんなこと私だって重々承知よ、先生から上がってきたものだから仕方ないの!」
「病欠の委員長の代わりに来させられたら、雑用までさせられることになるとは……」

 樋坂君は愚痴りながら、しぶしぶ席に座って作業を始める。
 私が一度コピーをするため席を立って戻ってきても、根は真面目なのか樋坂君は作業を続けていた。

 そのまま私がデスクに座って事務処理を再開し部屋に沈黙が流れると、少し申し訳ない気持ちが湧いてくる。
 そんな状況に耐えかねたのか、私を気遣ってか、樋坂君は口を開いた。

「お前さ……、なんで、一人でこんなこと遅くまでやってんの?」
「“お前”じゃないです」
「“うっ”、副会長さん」

 樋坂君が「おっかねぇなぁ」と言いたげな表情をしていた。

 私って、そんなに表情キツイのかしら……、眼鏡を掛けてるときは、自然と真面目そうに見えるのだろうけどそれはただの印象でしかないだろう。
 指定でもないのに制服まで着てきているから真面目な印象に見えるのだって言い訳にはならないとは思うけど、それだって真面目ぶりたいわけではなくて、着ていく洋服を毎朝考えるのが大変面倒だからで、そういう生徒は一定数いる。

 考えれば考えるほど、ちょっと複雑な気持ちだ。

「会長はもういないのよ、私が率先してやるしかないでしょ」

 私は疲れも相成って本音として思っていたことを軽く言った。諦めの感情が籠っていたと思う。

「会長、引っ越したんだっけ、そんなこと、全校朝礼で言ってたな……」
「そういうことよ、学園祭も近いから、遊んでる暇はないのよ」
「後輩とか同学年にやらせればいいじゃん」

 樋坂君はもっともらしいことを言ったけど、現実はそう甘くない。

「生徒会のほとんどが会長に付いてきた人ばかりだから、頼ろうにも勝手に帰っちゃってるのよ」
「そりゃ、理不尽だな……」

 樋坂君もこの状況を少しは理解してくれたようだ。

「そうよ、理不尽なのよ」

 私は肩こりと目疲れまで感じて、手を離して話していた。
 樋坂君もかったるそうにしながらも話に付き合ってくれている。

「俺もまぁ、委員長がインフルエンザにならなければ、こんなことしなくて済んでたからな……」
「誰かがやらないといけないのよ。後輩たちに任せて上手くいかなかったら私の責任にもなるから、簡単じゃないのよ」
「そういわれると、そうかもな……」

 樋坂君は納得したように押し黙った。
 偶然一緒になった樋坂君とこんな暗い話がしたいわけじゃないけど、もう、口に出してしまった以上仕方なかった。

 こんな愚痴、言わないようにしてたのに……。
 私は悪態をつきたくなるほど後悔していた。
 こんなことを平気で言っていたら次第に人が離れていってしまう。そう、ずっと思ってきたから。

「―――もう、大丈夫よ、帰ってもらって。後はやっておくから」

 私は罪悪感からたまらず言葉を掛けた。

「いいよ、もうすぐ終わる、気にすんな」

 同情を誘ってしまったからだろうか。樋坂君はそう言葉して作業を止めることはなかった。
 それから三十分くらい過ぎると、樋坂君は作業を終えて立ち上がった。

「お疲れ様」

 樋坂君が労いの言葉を掛けてくれる。私は樋坂君の様子に気づいて視線を上げた。

「うん、ありがとう、戸締りはしておくから」
「もう、外暗いけど、家は近いのか?」

 すでに陽は落ち、ベランダの先に見える外の景色はすっかり夜に変わっている。
 こんな時間まで学校にいるのは、活動的な部活動のクラスと、私くらいなものだ。

「私、寮で暮らしてるから、心配は無用よ」

 学園からすぐ近くの寮に私は暮らしている、だから夜遅くても困るようなことはない。
 先生もそれは承知で、私が遅くまで学園にいてもお咎めなしになっている。

「そっか、なら、遠慮なく帰ることにするよ」

 私の言葉に納得したのか、カバンを肩に掛けた樋坂君は生徒会室を出ていく。
 寮といっても5階建てのアパートの一室なんだけど、この際どっちでもいいか。
 一人残され静寂に包まれた生徒会室で、私は作業を終えてすぐさま戸締りをすると、その日は異様に疲れを感じながら帰路についた。

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