サンドアートナイトメア

shiori

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第三話「静寂が覚める前に」3

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  外の世界に出ると、生暖かい温度の外気が身体を包む。

 まだ日が出ていないとはいえ、夏真っ盛りのこの時期は朝方でも生ぬるく蒸し蒸しとしている。

「はぁ、緊張した。本当に誰にも気づかれてないよね?」

 私は外に出られた安堵と共に、不安になって真美に聞いた。実際こんなにうまくいくとは思わなかった。

「大丈夫よ、ワクワクしてきたでしょ?さぁいきましょう」

 私はうんと頷いて、真美の言葉を信じて先へ進むことにした。

 この時間だとバスもタクシーもない、駅までは徒歩で行かなければならない。それは私にとって簡単なことではない。

 初めての場所へ行く、初めての場所を歩くということはそれだけで大変なことだ。慣れた場所なら歩いた距離で大体どの辺りか分かるので、道が間違っていればすぐに分かるし迷って混乱したりもしない。

 もちろんまったくリスクがないわけでもない、視えないということはどうしようもない事故だってある。歩きスマホをする人にぶつかることやブロック床に無造作に置かれた自転車に妨害されたり、自分ではどうしようもない事故はある。

 でも、少なくとも知らない道を歩くのに比べればマシだ。
 横断歩道にしても、あらかじめここは音が鳴る横断歩道だと知っていれば安心して渡ることが出来る。そういったことも含めて初めて歩く道だと探り探り歩くことになる。危険は常にあると心に刻んでおかなければならない。

 初めて歩く道はあらかじめ目的地まで徒歩何分かといった情報が大事になる。それに従って行き過ぎないようすることが重要だ。

 駅まではゆっくりと歩いても5分ほどで到着する。元々多くの人が通ることが想定されている場合はしっかりと順序に沿ったブロック床が置かれ、歩道も舗装されて狭くもなく、突然自転車と交錯したりもしないので比較的に楽だ。それに今は朝早い時間だから人通りも少なくて、人とぶつかる可能性も低くて好都合だった。

 特に問題が起こることもなく駅に辿り着いて改札をICカードを使って通る。


 電車を待っている時間はとても緊張する。周りの様子が分からないだけに、ちゃんと乗れるのか、本当に久々の外出で緊張しっぱなしだ。

 朝の少し冷たい風を受けながら、アナウンスの声に耳を傾けたり、向かい側の線路を電車が通り過ぎる音と風を感じたり、普段は感じることのない感覚に、身体は過敏に意識を高ぶらせる。

 やがて電車が到着し、繋がれた手に導かれるように私は電車に乗車した。

 普段、一人で乗る時などはどこの座席が空いているか分からないので扉の傍で立って目的地まで待っているけど、今は真美がいるので空いている座席にすぐに座ることが出来た。


  この日を迎えるまでに駅の名前は全部覚えていた。

 自分の記憶とアナウンスの音声が合っていることを一駅着くたびに確認して安心感を覚えながら、列車は一駅一駅、目的地へと近づいていく。

 私は胸が熱くなった。早朝であるのに眠気もない。

 退屈な日々を溶かすように、やり過ごすように、海岸までの道順を覚えて今日この時まで準備を続けてきた。人間目的があれば自然と頑張れてしまえるものなのかもしれない。


 何回か乗り換えて、段々と空気が変わっていくのを、それだけの旅路をめぐってきたのだと思いながら、昼前には列車の改札を抜けてバスに乗り換えた。


「ここのバス、一時間に一本しかないんだって」

 そう真美に言われて思わず私は笑ってしまった。とんてもない田舎までやってきたものだ。

「それは乗り過ごしちゃったら大変ね」

「本当、ここで暮らす人たちは私たちの知らない苦労をずっとしてきたのね」

「でも、ここのバス停に座ってずっと日向ぼっこするのもいいかも」

「郁恵はのんびり屋さんね」

「そうかな?」

「でも、それくらいの方がいいのかもね。焦って何かをしようとしても、うまくいくとは限らないし」

 ちょっとだけ情緒的なやり取りだなと思った。真美にはそういう事があったのかもしれない。それだけ私たちは遠いところまで来てしまったことを実感していた。


 バスに乗り込んだが、客人は私たちだけみたいだ。


「目的地に着いたらピンポン鳴らさないといけないのかな?」

 バスに乗るのなんて久々だ、なんだか不安になって来たので私は真美に聞いた。

「降りるところは終点だから、鳴らさなくても平気よ」

 そういえばそうだった。そんなことを打ち合わせの時にも話した気がする。緊張やら焦りですっかり頭から抜けていた。

 バスが舗装された道路を走る。よく揺れる車内で酔わないようにするので必死だった。

「もうすぐだね」


 やがて訪れる旅の終着を告げるように、真美はそう言って私の手を握った。それだけで私には真美が”ここにちゃんといるよ”と伝えてくれているような安心感があった。
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