サンドアートナイトメア

shiori

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第五話「ゴーストテクスチャー」2

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「お父さん、いかないで!!!」

 幼い頃の記憶、遠い日々の記憶。まだ心も身体も幼かった私。

 私は遠くに行こうとするお父さんに”いかないで”と訴えかけていた、今訴えなければ取り返しのつかないことになる、そういう理性だけは自然と働いていた。

 父が向かおうとしているオーストラリアが外国のどこにあるのかも、どんなところなのかもよく知らなかったけど、簡単に行けない遠い場所であることは理解できた。

 でも私はここで”一人にしないで”とはどうしても言えなかった。そう素直に伝えることが出来たならどれだけよかったか・・・、本当はそう言いたかったけれど、そばに”あの人”がいたから・・・、だから言えなかった。

 あの人に嫌われることだけは避けなければならなかったから、でも本当の自分の気持ちをちゃんと伝えられたなら、その勇気が私にあの時にあれば未来は変わったのだろうか。しかし、それでもきっと変わらなかっただろう。あれは避けられない運命だった・・・、そう思うことで自分を納得させるしかなかった。その頃の私は無力で、大人達が決めたことに従うことしかできなかったから。


 海外に出張に行く父を見送ることしかできなかった自分。

 そして”あの人”との二人の共同生活が始まった。


 最初は親切で優しかった”あの人”、お父さんは保育士として働く”あの人”を信じていて、”あの人”と一緒なら安心だと言葉を残し、行ってしまった。

 私にはどうしてと思う事ばかりだった。再婚したことも、海外に出張に行くことになったことも、それからずっと家に帰ってきてくれなかったことも。

 私のために再婚しただなんて、そんなのウソだと思った。

 望んでもいない新しい日々で、一体誰を、何を信じればいいのか見えなくなった。

 最初の頃は仕事が終わってすぐに帰ってきてくれた”あの人”も次第に帰りが遅くなり、気づけば帰ってこない日もあるようになった。

 部屋は汚れ、洗濯物が溜まっていく、ゴミも増えて、家中を澱んだ空気が覆っていくようだった。イライラする”あの人”もよく見掛けるようになった。無責任かつ残酷な罵声、その時ほど自分の弱さを恨んだことはない。

 逃げ出すことも、通報することも怖くて自分には出来なかった。

 それから、”あの人”の中の正義感が確実に崩れ去っていくのをただ見ていることしか私には出来なかった。

 きっとあの人にしかられることに慣れてしまった頃には私はもう壊れてしまっていたんだろう。


 どうしてと・・・、そう何度も思った。


 誰もこんなこと望んでいないのに、どうしてこんな醜い感情だけが膨らんでいくのか、その問いに答えてくれるような人はどこにもいなかった。

 そして、傷つきながらも、時が経ち、何の希望も考えられなくなった頃、いろんな人が介入した結果、あの人を失くして、”助かった”という気持ちと同時に、

 ”あの人”の記憶がある限り、どれだけ時が過ぎても私の心は永遠に休まることはない、大切にそばに置いている二匹の人形は、その心を慰めるために、必要としたほどだったから。

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