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最終話「太陽と月のメロディー」2
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部屋に戻り、ようやく落ち着いてきたところで奈美さんが食事を載せたトレイを持ってやってきた。
料理からは湯気が出ているのか、温かい蒸気と、美味しそうな匂いが漂ってきた。
昼間から何も食べていなかったためか、より一層空腹を感じた。
「さぁ、温かいうちに食べて。お腹空いていたでしょう」
「はい」
奈美さんの優しさが心に沁みた、本当に心配してくれて、無事でよかったと思ってくれているんだ。
私は用意してくれた料理を口に含んだ。
「あつつっ、ふぅ・・・、美味しいです」
少し熱かったけど、なんとか胃の中に流し込んだ。
空腹にはよく効く玉子がゆだった。
「ちょっと熱かったかしら」
「ビックリしました・・・、焦って食べるものじゃないですね」
そう言った私を見かねてか、奈美さんが息で少し冷まして口までスプーンを持ってきてくれた。
「どう、これなら食べれるでしょう?」
「なんだか恥ずかしいですね、自分で食べれるのに」
「今日だけよ、郁恵ちゃんには元気になってもらわないといけないから」
気恥ずかしかったが、奈美さんの気持ちは嬉しかった。
ずっと心配で見守ってくれていたんだろう、それだけで胸がいっぱいになった。
食事を摂ると体中から満たされた心地になった、不安や苦しみが少し柔らいだ気がした。
「奈美さんは、悲しいですか?」
静かな夜、私は布団に包まりながらも、奈美さんがいなくなる前に聞いた。
私からは奈美さんは落ち着いていて、こういうことに慣れているように見えた。
「真美ちゃんのこと?」
「はい」
「当り前じゃない、患者さんが元気でいてくれるのが、私たちの一番の願いなんだから、本当に残念でならないわ」
そういう言葉を言える奈美さんは健全だなと思った。
私はそこまで強くない、そこまで感情をすぐに整理できない・・・、ずっとどこかに傷跡を残して、忘れないよう留めておかなければならない、そんな気持ちがずっと心の中を蔓延っている。
だって真美は真美で、世界に一人しかいなくて、私の大切な友達だから。
だから私はこんなにも苦しい気持ちを大切にとっておきたいと思っている。
「いいのよ、悲しいときは、それをそのまま受け止めてあげても。だって悲しいと感じる心を失くしてしまったら、それは人としてあまりに寂しいことだわ。
だから今は、我慢しなくていいのよ」
「でも、奈美さんは我慢しているんでしょう?
それは間違いではないの? 簡単に受け止められる、受け入れられる奈美さんのような人が立派な人ではないの?」
私にはよくわからなかった、大人というものが。
「慣れてしまうのも、鈍感になっていくのも、必ずしもいいことではないわ。
でも、悲しいことがあっても、自分を見失わないことは大切なことだと思うわ」
「やっぱり奈美さんは強いです」
なかなか私にはそんな言葉は出てこないだろうなと思った。
奈美さんは私のことをそっと抱き寄せた。悲しみを共有するもの同士、ただ今はこうしていたかった。
「本当は今でも信じられないんです。私がひとりで海岸まで行ったこと。それ以外には考えられない、そう頭では理解していても。
真美が勇気づけてくれて、隣にいてくれて、だからあそこまでたどり着けたんだって、そう信じているんです」
自分でも不可思議なことを言っている、それはもう今更否定できない。
でも、私にはそういう風にしか考えられなかった。
「それならそれでいいんじゃない、わざわざ否定しなくたって」
「えっ? でもこんな非現実的な事、ありえないって思うでしょう?」
電話でも真美と一緒に海まで行ったことは否定されたのだ、奈美さんの言葉は矛盾しているように感じた。
「郁恵ちゃんの中には真美ちゃんがいる、それでいいんじゃないかしら」
「私の中に真美が?」
「そういう風に考えれば、一人で行ったと思ってもいいし、真美と二人だったと思ってもいい、そういう風に考えられないかしら?」
そんなオカルトな・・・、と思ったが、腑に落ちるところはあった。
「確かに、私の力だけで海に行けたんじゃない、そう考えれば、納得できるのかもしれません・・・」
私の中で真美は生き続けている、真美の死を正確に実感できない原因がそこにあるのなら、私はこの現実を乗り越えられるのかもしれない。
たとえば物語の完結は喪失そのものだ。節目として確定する現在、可能性だけで描かれることのない未来、その後の未来は誰にも分からない。想像の中に沈んでいく現実感はいつも、空想を愛するものを孤独にする。
私はそう、完結することにより、終焉を迎えることによって、一人一人、時間という概念の中で、忘却していく可能性を含んだ記憶達の事に、哀しみを抱かずにはいられないのだ。
時間とは残酷だ、気づけば忘れている、気づけばいないことに慣れていく。そうじゃないと、そんなの耐えられるはずないよと思っていても、自然と時の歯車が回ってしまう中で、耐えられる自分に気付いている。
喪失とは、その一瞬で終わることなく、耐えることのできてしまう自分という愚かさと共に、時間の輪廻の中で、私の脳内をのたうち回っていくのだ。
「砂絵のこと、真美から聞きました」
本当はそれを伝えるのに躊躇いはあった。
でも、私の覚悟を、想いをちゃんと知ってほしくて、伝えてしまいたかったから、話すことにした。
「恨んでいるかしら、本当の事を伝えなかったこと」
「いいえ、あの時の私には過ぎた願いだと自覚しています」
そう答えながらも、私はこれからのことを考えていて、私には、もう進むべき未来が思い浮かんでいた。
「奈美さん、一つお願いがあるんです」
「うん、遠慮しないで言ってみて」
「真美は、私に勇気をくれました。自分の足で外の世界へと歩みだす勇気を。
だから、私、父に手紙を出そうかと思います。
なかなか役に立てないだろうけど、一緒に暮らせるように、その気持ちを伝えようと思うんです」
私は今まで温めて来た自分の決意を述べた。
ここに至るまでに多くの時間を要してしまったけど、でも、今からでも遅くないだろうと思う。
「郁恵ちゃんがそれを望むのなら、私は協力するわ」
「ありがとうございます、奈美さん」
初めて自分の意思を持って気持ちが言えた気がした。
こんな気持ちになったのは初めてだ、自分から歩みだそうとしているだなんて。
自分でも信じられないくらいにドキドキとワクワクが一緒になって、私の中を包んでいる。
父は受け入れてくれるだろうか、今更一緒にだなんて。
でも、自分から伝えなければいけないのは本当だろう、そうでないと私の意思にはならない、私から変われば、父も私の気持ちを汲み取ってくれるかもしれない。私はそう願った。この気持ちが届くように。真美の手助けが無駄にならない様に。
料理からは湯気が出ているのか、温かい蒸気と、美味しそうな匂いが漂ってきた。
昼間から何も食べていなかったためか、より一層空腹を感じた。
「さぁ、温かいうちに食べて。お腹空いていたでしょう」
「はい」
奈美さんの優しさが心に沁みた、本当に心配してくれて、無事でよかったと思ってくれているんだ。
私は用意してくれた料理を口に含んだ。
「あつつっ、ふぅ・・・、美味しいです」
少し熱かったけど、なんとか胃の中に流し込んだ。
空腹にはよく効く玉子がゆだった。
「ちょっと熱かったかしら」
「ビックリしました・・・、焦って食べるものじゃないですね」
そう言った私を見かねてか、奈美さんが息で少し冷まして口までスプーンを持ってきてくれた。
「どう、これなら食べれるでしょう?」
「なんだか恥ずかしいですね、自分で食べれるのに」
「今日だけよ、郁恵ちゃんには元気になってもらわないといけないから」
気恥ずかしかったが、奈美さんの気持ちは嬉しかった。
ずっと心配で見守ってくれていたんだろう、それだけで胸がいっぱいになった。
食事を摂ると体中から満たされた心地になった、不安や苦しみが少し柔らいだ気がした。
「奈美さんは、悲しいですか?」
静かな夜、私は布団に包まりながらも、奈美さんがいなくなる前に聞いた。
私からは奈美さんは落ち着いていて、こういうことに慣れているように見えた。
「真美ちゃんのこと?」
「はい」
「当り前じゃない、患者さんが元気でいてくれるのが、私たちの一番の願いなんだから、本当に残念でならないわ」
そういう言葉を言える奈美さんは健全だなと思った。
私はそこまで強くない、そこまで感情をすぐに整理できない・・・、ずっとどこかに傷跡を残して、忘れないよう留めておかなければならない、そんな気持ちがずっと心の中を蔓延っている。
だって真美は真美で、世界に一人しかいなくて、私の大切な友達だから。
だから私はこんなにも苦しい気持ちを大切にとっておきたいと思っている。
「いいのよ、悲しいときは、それをそのまま受け止めてあげても。だって悲しいと感じる心を失くしてしまったら、それは人としてあまりに寂しいことだわ。
だから今は、我慢しなくていいのよ」
「でも、奈美さんは我慢しているんでしょう?
それは間違いではないの? 簡単に受け止められる、受け入れられる奈美さんのような人が立派な人ではないの?」
私にはよくわからなかった、大人というものが。
「慣れてしまうのも、鈍感になっていくのも、必ずしもいいことではないわ。
でも、悲しいことがあっても、自分を見失わないことは大切なことだと思うわ」
「やっぱり奈美さんは強いです」
なかなか私にはそんな言葉は出てこないだろうなと思った。
奈美さんは私のことをそっと抱き寄せた。悲しみを共有するもの同士、ただ今はこうしていたかった。
「本当は今でも信じられないんです。私がひとりで海岸まで行ったこと。それ以外には考えられない、そう頭では理解していても。
真美が勇気づけてくれて、隣にいてくれて、だからあそこまでたどり着けたんだって、そう信じているんです」
自分でも不可思議なことを言っている、それはもう今更否定できない。
でも、私にはそういう風にしか考えられなかった。
「それならそれでいいんじゃない、わざわざ否定しなくたって」
「えっ? でもこんな非現実的な事、ありえないって思うでしょう?」
電話でも真美と一緒に海まで行ったことは否定されたのだ、奈美さんの言葉は矛盾しているように感じた。
「郁恵ちゃんの中には真美ちゃんがいる、それでいいんじゃないかしら」
「私の中に真美が?」
「そういう風に考えれば、一人で行ったと思ってもいいし、真美と二人だったと思ってもいい、そういう風に考えられないかしら?」
そんなオカルトな・・・、と思ったが、腑に落ちるところはあった。
「確かに、私の力だけで海に行けたんじゃない、そう考えれば、納得できるのかもしれません・・・」
私の中で真美は生き続けている、真美の死を正確に実感できない原因がそこにあるのなら、私はこの現実を乗り越えられるのかもしれない。
たとえば物語の完結は喪失そのものだ。節目として確定する現在、可能性だけで描かれることのない未来、その後の未来は誰にも分からない。想像の中に沈んでいく現実感はいつも、空想を愛するものを孤独にする。
私はそう、完結することにより、終焉を迎えることによって、一人一人、時間という概念の中で、忘却していく可能性を含んだ記憶達の事に、哀しみを抱かずにはいられないのだ。
時間とは残酷だ、気づけば忘れている、気づけばいないことに慣れていく。そうじゃないと、そんなの耐えられるはずないよと思っていても、自然と時の歯車が回ってしまう中で、耐えられる自分に気付いている。
喪失とは、その一瞬で終わることなく、耐えることのできてしまう自分という愚かさと共に、時間の輪廻の中で、私の脳内をのたうち回っていくのだ。
「砂絵のこと、真美から聞きました」
本当はそれを伝えるのに躊躇いはあった。
でも、私の覚悟を、想いをちゃんと知ってほしくて、伝えてしまいたかったから、話すことにした。
「恨んでいるかしら、本当の事を伝えなかったこと」
「いいえ、あの時の私には過ぎた願いだと自覚しています」
そう答えながらも、私はこれからのことを考えていて、私には、もう進むべき未来が思い浮かんでいた。
「奈美さん、一つお願いがあるんです」
「うん、遠慮しないで言ってみて」
「真美は、私に勇気をくれました。自分の足で外の世界へと歩みだす勇気を。
だから、私、父に手紙を出そうかと思います。
なかなか役に立てないだろうけど、一緒に暮らせるように、その気持ちを伝えようと思うんです」
私は今まで温めて来た自分の決意を述べた。
ここに至るまでに多くの時間を要してしまったけど、でも、今からでも遅くないだろうと思う。
「郁恵ちゃんがそれを望むのなら、私は協力するわ」
「ありがとうございます、奈美さん」
初めて自分の意思を持って気持ちが言えた気がした。
こんな気持ちになったのは初めてだ、自分から歩みだそうとしているだなんて。
自分でも信じられないくらいにドキドキとワクワクが一緒になって、私の中を包んでいる。
父は受け入れてくれるだろうか、今更一緒にだなんて。
でも、自分から伝えなければいけないのは本当だろう、そうでないと私の意思にはならない、私から変われば、父も私の気持ちを汲み取ってくれるかもしれない。私はそう願った。この気持ちが届くように。真美の手助けが無駄にならない様に。
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